第1話 悪魔から悪いニュースがやってきた
「婚約!?俺が?」
ある日の昼下がりのこと。
先日大怪我をしてしまった俺は、ようやくベッドから解放された頃、とんでもない話が兄から持ち込まれた。
「そうだ、お前の婚約話だ」
俺の兄が偉そうに腕を組み、話を続ける。
まあ、実際この人は偉いのである。この国の王位継承第一位、王太子なのだ。現在は議会制であり、王族は君臨しているだけという状況であるので、別に権力を握っているというわけではないが、偉いは偉い。それ以外にこの人のどこが偉いのか俺にはわからないが。
「今回の事故で怪我しただろう?婚約でもさせておけば、お前がもう少しおとなしくなって、こんなことなくなるんじゃないかってな」
今回の事故というのは、公務のために乗った馬車が転落し、あえなく俺が山中に投げ出されて大怪我をしてしまったというものだ。繊細な俺にとって、その怪我はめちゃくちゃ痛かった。
だが、婚約話がどうつながるんだ。
「あの事故は偶然転落して、偶然化け物に囲まれただけだろ!それが俺がおとなしくしていないこととどうつながってるんだ。第一、俺はおとなしい」
「嘘言うな、嘘を。お前があの事故の前後、色々裏で手を回していたのは知っているぞ。一番偶然じゃないと思っているのはお前のはずだ」
「ぐぬぬぬ……」
俺自身はおとなしくしていたのだ。ちょっと、周りの皆に頑張ってもらっただけだ。
ただ、兄の言う通りのところもあり、反論しづらい。
「で、だ。もうすでに婚約の準備は整っている。あとはお前と相手が書類にサインをすれば完了だ」
さらに格好つけて足を組もうとした兄は、机に足をぶつけていた。ざまぁみろ。
……って、ちょっと待て。
「いや、相手は誰だよ」
兄はいまだかつてないほど、ニヤニヤと嬉しそうにして言った。
「お前もよーく知ってる子だぞ」
「ま、まさか……」
とても嫌な予感がする。間違いなくする。
兄はゆっくりと続きの言葉を発した。
「イオリ・モノル侯爵令嬢だ」
「あああああああああ!くそがあああああああ!なんでだよ!寄りにもよってなんでソイツなの?アイツだって絶対反対するだろ!」
事件、事故、災害、天災、人災。どう表現していいか、わからないくらいの嫌がらせだ。
俺の胃にダイレクトアタックをしかける幼馴染の名前をあげられて、発狂してしまった。
しかし、この外道は取り乱す弟の姿を見て、
「ハッハッハ」
とても楽しそうだった。
「何笑ってんの!?」
「フンコロガシに集められた、かためた糞みたいな性格の弟が動揺しているのが愉快でたまらない」
「性格ねじ曲がりすぎじゃない!?」
この兄は外道というか精神が極限にねじくれすぎたあげく、ねじ切れてそのまま漂流してしまった何かなのかもしれない。
そして、死んでもやってやると言った感じの魂のこもった声で続ける。
「これは決定事項だ。イオリ嬢が来年学園を卒業したら結婚だ。……その間にもし国外逃亡しても地の果てまで追いかけてやる。仮にイオリ嬢とお前がそれぞれ別々に逃げたら、恋の逃避行だって噂を世界中に流して、あたかもそれが真実であるかのように全身全霊をもって偽造する」
「なんて卑怯なんだ……!」
人が一番嫌がることをして、確実に死に至る精神ダメージを加えてこようとするなんて、人でなしの所業である。そのやる気を別のことにぶつけた方がいいと思う。
「まあ、せいぜい頑張るんだな。それと、いいニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」
「……悪いニュースから」
「最近、クリーチャーの動きが活発化する兆しを見せている」
なるほど。近頃は魔王だの勇者だので、世の中が騒がしい。予想の範囲内だ。
「へえ。じゃあ良いニュースは?」
「実は書類にサインをすれば完了っていうのは嘘だ。お前とイオリ嬢、書類上はもう婚約してるから」
「偽造すんな!」