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Fantastic Fantom Curse 輪廻の竜  作者: 草上アケミ
第2部 雷と炎の契約
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第48話 千年後にまた会えたら・下

「で、テメェに何か申し開きはあるのかよ、勇猛卿(マルケルス)


 黒い双剣を両手に構え、ギルは油断なくマルケルスと対峙していた。後ろにエルヴァンを庇い、静かな闘志を宿した目でマルケルスを観察していた。玉座に死体を晒そうとした、不敬極まりない竜王の家臣の次の手をうかがっていた。


「お前が噂の勇者の残り滓か、正義卿(ヴレイヴル)


 剣に再び炎の神性を宿し、マルケルスも構えた。

 相手が竜王に痛手を負わせた勇者と分かっても、マルケルスは退かなかった。否、むしろ退くような場面ではないのだ。


 マルケルスの武器はただの剣ではない。竜種が好む神性武装の一つ、〈竜牙〉である。剣身に空いた複数の穴に圧縮した神性を溜め、任意のタイミングで攻撃の爆発力を跳ね上げることができる。マルケルスの竜牙に開いた穴は大小合わせて八。瞬きの間に半分を充填したことから、斬撃全てを強化しても余りある。


 一方、ギルの構える剣は結晶術によって生成した使い捨ての道具であり、強度も内に込められる神性も専用武装には程遠い。加えて、ギルの身体は全開で神性を使えばまた自壊してしまう。


 ギルが竜王と互角以上に戦えたのは、竜王がエルヴァンを守るために全力を出せなかったことと無手であったからだ。呪いでギルの抑制心が吹っ飛んでなりふり構わなかったこともある。そのことをお互いよく理解しているからこそ、どちらも下がるという選択肢が最初からなかった。


 竜王が到着するまでに決着をつける。


 燃える赤い翼と雷纏う黒い隻翼が展開したのはほぼ同時だった。

 一点に凝縮した炎を雷が貫いた。爆風と共に玉座の間が炎に包まれた。

 煙に覆われた視界が晴れないうちに、黒い双剣が宙を舞った。床にぶつかった二本の剣は粉々に砕けて消滅した。


「ぬるい、ぬるすぎる。正義の名が聞いて呆れるな」


 マルケルスの目の前で、ギルが膝をついていた。青い服は焼け焦げ、化粧の剥げかけた顔に火傷の痕が浮かび上がっていた。

 ある程度相殺したとはいえ、魂すら焼く炎がギルに直撃していた。エルヴァンが背後にいる以上、避けることもできなかった。


「そもそもお前の行動が正義なのか疑わしいな。そのガキはお前の仇でもあるんだぞ」


 エルヴァンの肩がはねた。


「どういう……意味だ」


 疑問を呈したギルをマルケルスが蹴り飛ばした。ギルの身体は軽々と吹っ飛ばされて、脇にどけられた。


「千年前、我らが王が乱心してヒト共を虐殺したのはそのガキのせいだ」


 エルヴァンにマルケルスが近づいた。エルヴァンも逃げようと後ずさるが、腰が抜けたまま立ち上がれない。


「そしてお前が王の力を削ぎ落としたにもかかわらず、千年間醜く玉座にしがみついたのもな」


 マルケルスの剣の上で、赤い炎が四つ輝いた。熱気と神性で周囲の空気が揺らいだ。


「まったく、我らが王とはいえ愚かが過ぎる。妻を亡くし、千年も孵らない卵を抱えて過去に浸るなんてなぁ!」


 エルヴァンに振り下ろされた剣を滑り込んだ白い翼が受け止めた。翼の表面をがりがりと削って剣閃は逸れ、見当違いの方向で炎が爆発した。


「終わりだ」


 リーフの宣告から一呼吸置いて、絶叫がその場を引き裂いた。脳を引っ掻き回されるような金切り声にマルケルスも思わず耳をふさいだ。


 扉のそばで、大鴉が部屋の中に耳障りな声を吐き出していた。神性で不快感を増幅させ、獲物を恐慌に陥らせる詠唱術〈死鳴(スケア)〉である。


 ただの食われる肉であれば、しばらくは震えて動けなくなる強烈な怪音波だが、狩る側の火竜には効果が薄かった。

 動きを止めたのは一瞬――だが、リーフの手に魔剣が握られるには十分な時間だった。


 鴉の声は火竜の〈圧咆(ロア)〉にかき消されてイーハンが卒倒。ほぼ同時に黒い稲妻が炎の剣へと落ちる。

 雷撃の衝撃波がマルケルスの剣から神性を剥ぎ取り、一ノ炎の顔が歪んだ。

 再び竜牙に力を宿してマルケルスが薙ぎ払った。リーフ(ギル)は一歩も動くことなく朱い光を纏った黒い魔剣で受け止めた。


 刃が打ち合った瞬間、一際強く朱い閃光が弾けた。

 竜牙に溜めた神性が全て吹き飛んだ。


「!」


 マルケルスの顔が驚愕で固まった。


「テメェ、月喰(おれら)と戦うの初めてだろ」


 リーフ(ギル)がマルケルスに肉薄した。朱色に染まった瞳をかっと見開いて、口の左側をつり上げた。


「強度の練りが足りねぇんだよ、下手くそが」


 竜牙の強みは神性を溜めた爆発力をいつでも引き出せることにある。しかし、それは裏を返すと干渉しやすい不安定な神性を纏うことでもあった。対策として竜牙の使い手は武器に溜めた神性の表面を薄く結晶化させて干渉への耐性を上げるが、結晶の層が厚ければその分神性の取り回しは悪くなる。


 マルケルスは争炎族の干渉力を基準とすれば十分に対策をしていたが、こと浸食に関しては月喰族(ギル)の方が性質が勝っていた。


 リーフ(ギル)は空っぽになった竜牙を払いのけ、黒い翼をのせた当て身をマルケルスに食らわせた。

 体勢を崩したマルケルスの左腕に鎖が巻きついた。


「ドラァァァァッ!!」


 リーフ(ギル)が一気に鎖を引っ張った。床に白いスパイクをめり込ませ、鎖を掴む手が裂けても力を緩めなかった。

 華奢な身体から振り絞られた渾身の力に、倍の体格の戦士の身体が浮いた。リーフの頭上を越え、短い放物線を描いてマルケルスが投げられる。間髪入れずにリーフ(ギル)の足元で放出系結晶術〈磔刑〉(クルシファー)が発動、床の表面を這う結晶から槍が伸びてマルケルスを追撃する。


 マルケルスは竜牙に溜めた神性で腕に巻きついた鎖と胴を貫こうとする切っ先をまとめて叩き斬った。神性の赤い炎と朱い閃光が相殺されて弾ける。


 床に降り立ったマルケルスの手には、神性を溜めた竜牙、全ての穴が揺らめく炎で埋まっていた。

 八個の炎が一斉に輝いた。一ノ炎が全力で放つ攻撃。閉鎖空間で受けてよいものではない。



「〈災火卿〉に平伏せよ!」


 かすれた怒号が玉座の間に響き渡った。


「っ!」


 竜牙が床に転がり、マルケルスはその場に膝をついた。逆らうことのできない命令に頭を垂れたままぶるぶると震え、歯を食いしばっていた。


 赤一色の礼服に身を包んだ男がマルケルスに歩み寄った。

 男の目は怒りで煌々と燃えていた。マルケルスがエルヴァンに向けた憎悪が燃え滓程度に思えるような憤怒をたぎらせ、竜王エヴァセリウス・ヴィーア・フランメルンが入場した。


「ようやく飼い主が登場かよ」

「全く、これでは病院に逆戻りだ」


 リーフ(ギル)とリーフが口々に竜王へと小言を漏らした。

 リーフの手の中に黒い結晶で形作られた触媒人形が生まれ、ギルが完全に分離した。


「リーフ、大丈夫!?」


 扉の影に隠れていたリンが駆け寄った。手には愛用の銃を抱えている――特別製の対モンスター用弾丸が二発こめられたものだ。

 もし竜王が来るのが遅ければ、三回目の奇襲としてリンがマルケルスの狙撃を敢行するつもりだった。


「実はあまり大丈夫ではないかもしれない。あちらこちらが痛くて倒れてしまいそうだ」


 リーフは立ち上がったまま一歩も動いていなかった。普段通りの顔を繕おうとしているが、全身が訴える激痛で表情が少しひきつっていた。

 リンの目がきっ、とギルを睨みつけた。


「仕方ねぇだろ。一ノ炎相手に下手な動きをすりゃ、それこそ俺らもエルヴァンもやられてただろーがよ」


 ギルが口をとがらせた。人形を作り直したおかげで、ギルの外見は元に戻っていた。

 マルケルスとの戦いでギルが優勢をとれたのは、一重に経験の差である。もしマルケルスが月喰族との戦い方を知っていれば、勝ち目はなかっただろう。


「このお馬鹿っ、それでリーフの身体になにかあったら責任とれるわけぇ!」

「たりめぇだろ。それに、半分くらい俺のもんだし責任とるのはコイツ(リーフ)と半々だろーが」

「やっぱり殺す、もう一回殺してやる」


 リンに銃口をごりごりと押しつけられながら、ギルは竜王の方を見た。


 足元でうずくまる裏切り者を見つめ、絶対者は自らの喉をおさえていた。


「……ルジュラージャ・マルケルス・ルビリエ、〈災火卿(ヴィーア)〉の名において、階位を剥奪する」


 竜王の声は決して大きくなかった。だが、その一言で誰もが空気がひび割れて崩れていくのを感じた。たったそれだけで、マルケルスは全てを失った。頭を垂れた戦士はもう一ノ炎ではなくなっていた。


 ヒト寄りの半獣は神獣を貴族社会のように階層化されているというが、実体はそんなものではない。『王』と『それ以外』しかないのだ。階位は『王』の力を一部貸与しただけで、階位持ちのどんな武勇も地位も、『王』の前では些細な加点要素でしかない。


 ギルとの戦いで力を削がれ、内部に不穏分子を抱え込んでなお千年も地位を維持してきたのは、その圧倒的な力があってのものだ。


 最早何者でもなくなった男を衛兵達が連れて行った。都という己の領域にいるからか、早計な処断を執ることはなかった。


「……」


 エルヴァンは、自分のせいで一人の男が駆除される様を黙ってみていた。


「おい、怪我してねぇよな」


 地面にへたりこんだまま動かないエルヴァンにギルが近付いた。

 ギルが手を伸ばし、立ち上がれるように腕を掴もうとした。掴む前に、エルヴァンの顔がこわばっているのに気付いて手を引いた。


「どうした?」

「あいつが言っていたこと、本当なの?」


 (つば)をのみこんで、エルヴァンが言葉を続けた。


「ギルが死んだのが、俺のせいって」


 エルヴァンは(うつむ)いた。


「俺、生まれたのは十六年前だけど、卵は千年前からあったって……知ってるんだ、俺を守るために父さんが千年間ずっと無理してたって。ずっと、悪い王だったんだって。そのせいで、ギルも巻き込まれて、死んで……」


「はあ? なんでお前の責任になんだよ」


 底抜けに明るく馬鹿にした声で、ギルが一蹴した。


「エヴァスの件がなくっても、そのうち俺がくたばるのは目に見えてた。お前が気にすることじゃねぇ」

「でも……」

「つーか、俺としてはなんでテメェもくたばらなかったんだオイ。喉()(さば)いてやったってのによ」


 ギルの視線の先で、竜王(エヴァス)が鬱陶しそうに手を払った。指先から散った火花が文字に起こす必要すら感じない言葉を物語っていた。

 エヴァスとギルの間に好意的な感情はない。しかし、エヴァスはギルからエルヴァンを引き離そうとしなかった。


 結局のところ、竜王と勇者が出した結論は同じなのだ。


「ま、だから今となって俺が言えるのはこれだけだ」


 ギルの左手が赤毛をくしゃっとかき回した。


「お前がちゃんと生まれてこれてよかった、エルヴァン」


 エルヴァンの口から嗚咽が零れた。



  ◆ ◆ ◆



「どうやら、話はきちんと、収まったみたいだね」


 泣き崩れるエルヴァンを観察して、リーフが言った。


「それで、リーフは何か私に言うことあるんじゃないの」


 リンは痛みを堪えるリーフの身体を支えていた。変わらない高さの目線を少しずらして、リーフの顔を直視しないようにしていた。


「特に、何も」

「……ま、そう言うんなら、別にいいけど」


 リンがそっぽを向くと、壁画が目に入った。

 戦いで煤けていたが、絵は奇跡的に無傷のままだった。美術品に興味が薄いリンでも、モザイクで描かれた緻密な肖像に目を奪われた。


「あれ?」


 リンの目が、絵の中の黒い髪と朱い目の二人組にとまった。『王』と思しき男と、顔に傷のある男――問題はその王の顔立ちだった。


「ちょっとちょっとちょっと! なんでギルが描いてあんの!」


 場にそぐわない大声にその場の視線が集まった。リンは気にせず絵を指さした。

 当然、ギルも壁画を見た。リンの指先を辿り、二人の月喰族まで認識が追いついた。


 ギルの口がぽかんと開いた。


「おいおいおいっ! どうして陛下とお父様が描いてあるんだ!」

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