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Fantastic Fantom Curse 輪廻の竜  作者: 草上アケミ
第2部 雷と炎の契約
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第34話 炎のいましめ、隻翼の勇者(5)

「つーわけで、お前の父ちゃんが三日後に『地獄の平原』とかいう場所に来るらしい」

「正しくは『炎獄の平原』だ」


 ギルの発言をリーフが訂正した。


「テネシンの東北にある荒野で、火竜北限に接している場所だよ」


 地図も開かずに、リーフは目的地をそらんじてみせた。

 しかし、地図をこの場で広げたとしても、日が完全に落ちた漆黒の谷の中で読むのは困難だっただろう。小さな焚き火に照らされた五つの影すら輪郭が曖昧で、炎に顔を向けていないと互いの顔すら分からない。


「テメェ何でそんなに詳しいんだよ」

()()勇者ヴレイヴルが炎の大悪魔を封印した地だよ。敬月教の教典に登場するから当然知っているし、地図に記されていれば気に留めるさ」

「う」

「あ、敬月教にも勇者の話ってあるんだ。敬狼会にも勇者が出てくることあるよ。えーっと、確か、森から出てきたモンスターの群れを追い返した話!」

「……」


 嬉々としてリンが話に混ざった。対して、ギルは押し黙った。


「まあ、それは後で死ぬほど蒸し返す、もとい宗教談義するとして……エルヴァンはどうしたいのかなー?」

「……」

「ええと、その、ギルさんも悪気があったわけではないと思いますよ」


 エルヴァンは埃だらけでそっぽを向いていた。

 リンとイーハンが声をかけても口を開こうとしない。

 リーフが少し首を傾げた。


「多少生き埋めになったところで死ななかったじゃあないか」


 空気があからさまに凍った。


「リーフ、さすがにそれちょっと言い方悪いって」

「リーフさん、あの、普通は土砂に埋もれたら死を覚悟するものなんですが」


 珍しくリンとイーハンから突き上げを食らい、リーフはきょとんとした。


「でも竜種はその程度では死なないのだろう?」


 リーフが同意を求めてギルの方を見た。流れるように朱い目が視線を逸らした。


「根性と運の問題だな……だから、その、悪かった」


 珍しく全方位から味方がいなくなったリーフを置いて、ギルが一人エルヴァンに頭を下げた。


「ごめんなさい」


 事の発端は、先の戦闘だった。ギルの一撃によって谷の広範囲が崩落した。それに巻き込まれて多くのトビトカゲが潰され、結果的に掃討任務の目的は果たせた。

 問題は、エルヴァンが隠れていた場所まで崩れたことだ。ヒトであれば生存が絶望的な土砂の山の下敷きになってしまった。純血の竜種とはいえ、生き埋めにされては無事で済まない。


 それに気付いたギルが慌てて土砂の山を吹っ飛ばした――無論、威力を絞った〈爆裂(バースト)〉でエルヴァンが粉微塵にならないように配慮した。ごっそりと半分なくなった山の中から、小さい赤い竜が――といっても体長はリーフの背丈とそう変わらないくらいの大きさ――這い出してきたときには目尻に涙が浮かんでいた。

 次の瞬間、「勝手に泣くな」の一言でリーフの身体からギルが弾き出されていた。


 結果的にエルヴァンは無事だったが、当然の如く埃まみれになりギルともリーフとも目を合わせようとしなくなった。

 ギルの黒い頭が下がるのを見て、マントをかぶった小さな火竜はぐるぐると喉を鳴らした。


「何と言ったのだい」

「俺は許す、テメェは許さない」


 ギルの通訳に、エルヴァンは無言で首肯した。


「釣り合いがとれていいね」

「そういう問題じゃないと思う」


 相変わらずズレたリーフの返答にリンが突っ込んだ。


「それで、どうすんだ」


 ギルが問いかけると、エルヴァンは俯いた。

 エルヴァンは平たく太い尾の先でぺたぺたと地面を叩くばかりで、黙りこんでしまった。鰐のような顎で人間と同じような表情を作ることはできていないが、リーフとリンにもエルヴァンが迷っていることが分かった。

 焚き火に目を向けたまま、リーフが口を開いた。


「ボクの意見を言わせてもらえば、まだ会いに行かない方がいい」

「なんで?」


 リンは首を傾げた。エルヴァンのお守りに一番辟易していた筈のリーフが、手早く解放される道を捨てたことが意外だった。


「まだ罠の可能性が残っている。エルヴァンを狙う連中が大挙して待ち構えていたらどうする」

「蹴散らしゃいいだろ」


 さらっと言うギルに、リーフは少し眉根を寄せた。


「さっき倒した階位持ちと同程度の相手が三体来たとして、君は対応できるのかい」

「そりゃ、さすがに……キツい。つーか、多分テメェ死ぬんじゃね」

「まあ死ぬのはボクになるね」

「このままだとテメェ十回以上死ぬよな、やめろよ俺が数えられなくなる」

「そういう笑えない冗談やめてってば」

「あはは……」


 軽く交わされる殺伐とした会話にリンが突っ込んだ。イーハンも苦笑いで同調する。


「でも、確かに来るってだけなら無理やりとっ捕まえて引きずってくるってのもありだし、何か裏があるかもね」


 リンはうんうんと頷いてリーフの意見に同意した。


「ないよ」


 呻り声ではない言葉が、小さくしぼんだマントの中から発せられた。いつの間にか尻尾が引っ込んだ影を一同が凝視する。


「親父があいつらの言いなりになってるなんて、絶対にない」


 マントの中に顔をうずめてエルヴァンがヒトの喉で言った。


「おい、エルヴァン……」

「根拠はあるのかい」


 ギルの気遣わしげな言葉を遮って温度のない一撃が空気を裂いた。

 言外の圧に、エルヴァンが縮こまった。リンは息を止め、イーハンは銃に戻った。


「君が、父親を信ずるに足る根拠はあるのかい」

「……」

「父親が君の望んだことを為す未来を確約できるのかい」


 口調こそ落ち着いていたが、リーフの言葉の一つ一つには反論を許す余裕がなかった。

 エルヴァンは押し黙り、顔を隠したまま動かなかった。


「リーフ、それ以上言うな」


 ギルがエルヴァンに近づき、頭にぽんと手を置いた。癖のある赤毛をくしゃっと軽くかき回した。


「まだ時間はあんだから、テネシンに戻ってから話そうぜ」


 それでいいよな、とギルがエルヴァンに声をかけると、僅かに頭が上下に動いた。



◇ ◆ ◇



 リーフが見張りの交代で仮眠に入った瞬間、覚えのある焼けつくように熱い手が腕を掴んだ。

 一度閉じた目を再び開けてみれば、そこは深夜の谷ではなく廃墟――ギルの内面を映し出した箱庭だった。


「元契約者、さっきのやつどういうことだよ」

「今日は顔を隠さなくてもいいのかい」

「疲れたし、別にもうテメェにゃバレてっからな……それより、何でエルヴァンにあたりがキツいんだよ」


 廃墟の中心に古びた椅子を並べて二人は向かい合っていた。

 ギルは、臆面もなく黒く炭化しかけた指と焼けただれた顔を晒していた。右目と胸が赤黒い液体に塗れ、青い服に大きな染みを作っていたが全く頓着していない。まさに死体そのものという格好で、椅子の背を抱え込むようにして行儀悪く座っていた。


 リーフも足と腕を組み、威圧するような姿勢で椅子に腰掛けていた。


「あれは適度に嫌われるためだ。ボクがどうやって敵を見分けているのか、君には教えただろう」

「ああ、テメェが六感型竜っていう話だよな。普通感じ取れねぇ()()の感情読み取って、それで敵の動き掴んでるってやつ」

「正確には『害そうとする意思』だ。ボクに何か仕掛けようと考えなければ何も分からない」


 ギル曰く、神獣の中でも竜種は、幼少期の環境によって特定の感覚を鋭敏化することができるとのことだった。訓練によって得られる能力をある程度選択することもでき、刺激となるような出来事がなければ均一に伸ばすことも可能だ。

 ギルは訓練によって聴覚を特化させた竜種で、通常よりも耳が良い。


 対して、リーフは五感が並である代わりに通常感じ取れないものを基準にして判断ができる。これは六感型強化竜と称され、専門の訓練を受けたとしても習得することが難しいとされている。


「エルヴァンのことを識別するためには、ボクに対して多少の反抗心を持ってもらわないといけないからね」

「それであいつが言うこときかなくなったらどうすんだ」


 リーフに対して悪感情があるということは、予想外の行動を起こされる危険性が高くなるということでもある。大人びた聞き分けの良さと敵が潜んでいるかもしれないという環境下で、エルヴァンは今のところまだ従順だ。だが、リーフの態度が今後どう影響するかは未知数だった。

 ギルのもっともな指摘に、リーフは目の前の焼死体を指さした。


「君の言うことだったら、きいてくれるだろう?」


 朱い左目をたっぷり三呼吸のあいだ(しばたた)かせた後、ギルは不機嫌そうに(しか)めた。


「だから嫌われてもいいってか」

「その方が都合がいいというだけさ。お守りは任せるよ、()()殿()


 嫌味のこもった言葉に殴られ、ギルの頭が椅子の背に落ちた。鈍い音が廃墟に響いた。


「あーーもーーだからテメェにバレたくなかったんだよ、クソ天使共があることないこと信者に吹き込みやがって! クソがっ!」


 ギルはがんがんと頭を椅子の背にぶつけた。


 ギルのもう一つの名前はヴレイヴルといい、正式に神獣と折衝する際は通常こちらを名乗るのが礼儀だという。

 それは、()()(ール)にて奉られる十二番目の天使であり、正義に目覚め魔王を裏切った悪魔と同じ名前だった。無論、偶然の一致ではない。

 勇者ヴレイヴルは青い衣装を着た隻翼の悪魔として語られている。ギルもまた、青い服を好み、竜種の象徴である翼は右側がむしられたように無惨に引きちぎられていた。


 最早、無関係を装うことに理由がいる程同一だった。


 そのため、リーフから()()(ール)に伝わる勇者の話を聞いてからは、ギルは敢えて翼を出すことを控え正体を悟られないようにしていた。


「いや、とっくにバレていたけれど」

「え!」


 ギルが勢いよく顔を上げた。


「リンも知っているけれど」

「なんで!?」

「だって君が自分で言ったじゃあないか」

「……は?」

「ほら、聖都の城壁を破壊したとき」

「あ…………ああぁーーーーーーっ!!」


 額と椅子の背がかち合い、負けた椅子に亀裂がはしった。そのままさらに頭が木材にめりこんだ。

 大きな神性を行使する前口上、それに本名が入っていたことをすっかり失念していた。


「馬鹿か……そういや馬鹿だったな、俺って……」

「というわけで、勇者らしく仕事を全うしたまえ」


 リーフが余韻すらばっさりと切り捨てた。


「先に言っとくけどな! 俺別に天使の味方じゃねぇし陛下を裏切ってもねぇからっ!」

「分かっているから頑張れ勇者」

「俺にまで嫌われてぇのか元契約者ぁっ!」


 涙目でギルが吼えた。


「いや、これは迂闊な君へのただの嫌がらせ。だって――」



「魔剣ギルスムニルはいつでもボクを殺したくて仕方がない、と主張している」


 感情のない翡翠の目を閉じて、リーフは意識を深く沈めた。

 廃墟には只一人、椅子に座ったままの悪魔が残された。

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