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Fantastic Fantom Curse 輪廻の竜  作者: 草上アケミ
第2部 雷と炎の契約
23/60

第21話 雷のやくそく、鉱石の目(5)

カクヨム版からかなり加筆しています。

「うん、まあ……気付かれているかもとは思っていたけど、あの反応はかなり前からバレてたっぽいなぁ」

 男は酒の杯を片手に呟いた。無意識のうちに右頬に手が伸び、首筋まではしる傷痕を指でかいた。


 リーフ達が偽者の警吏達と戦った場所から離れた、商業区画にある倉庫の側に男はいた。斜陽に焼ける倉庫の影の中で、外壁に寄りかかって酒を飲む姿には、どこか哀愁があった。


「やっぱり六感型の竜種相手には分が悪いか……よし」

 男は顔を上げると倉庫の通用口を開けて、中に入った。

「ここは一つ、君達の首を手土産にして機嫌を直してもらうとするか!」


 今は使われていない倉庫の中に、人が一列に並べられていた。数は十と少し。

 全員が何匹もの黒い蛇に一分の隙もなく簀巻きにされ、手足を動かすどころか身動ぎすら許されない状態で床に転がされていた。


 倉庫の中には他に、ひっくり返された机や機材が散乱していた。元は規律よく並べられていたが、突如として現れた無数の蛇にすっかり荒らされてしまっていた。

 ただの倉庫には似つかわしくないそれらは、拘束されている者たちが運び込んでいた。


「さてさて、此処にお集まり頂いた新型魔剣の工房の諸君! 今、君達の間であの子たちのことが知れ渡ってしまうと、ちょーっと面倒でね。俺としては、今回のことはなかったことにしたいんだ」

 男は大げさに声を張り、一番手前に転がされている人を足で小突いた。


「別に君達の記憶を消せばそれだけで済むんだけどね? でも、その程度だと彼女の収まりがつかなそうだからさ」

 男はわざとらしく溜息をついてから、口の左端を釣り上げた。

「だから、俺が美人とお近づきになるための贈り物に大人しくなってくれ。具体的に言うと、此処で死ね」

 心底楽しそうな顔で、酒を片手に男は言い放った。


 男の足元から僅かに音がした。少し物を引きずったような、微かな音だったが男の耳は逃さず拾い上げた。

「ん? どうした? 何か言い残したことでもあるのか?」

 男の足元で拘束されている人の口元を猿ぐつわ代わりに覆っていた蛇が外れ、話す自由が与えられた。奇しくも、リーフと言葉を交わした男だった。


「……お、お前は、何なんだ」

 恐怖で震えた声が必死に絞り出された。

「うーん、最後の言葉としてはかなりつまらん部類だなー。俺が誰かは、まあ、強いて言うなら――」

 男は自分の右頬の傷跡を指でぽりぽりと掻いた。


「お前達を全員滅ぼす予定の邪神サマだよ」

 男の目が暗がりの中で朱く輝いていた。

 人々を拘束している蛇たちが一斉にうごめいた。正確には、蛇を構成する無数の黒い結晶が(のこぎり)の刃のように毛羽だった。

「はい、それでは、皆さん永遠にさようならー」


  ばしゃん


 水の入った樽をひっくり返したような音が、空っぽの倉庫の中に響いた。


  ◇ ◇ ◆


 イーハンが鼻を鳴らしてリーフの髪に顔を寄せた。

「もう血の臭いはしていないです」

「そうかい」


 リーフは茶色の前髪を軽く手で直した。目立つ月色の髪を再び隠し、三編みのかつらをかぶっていた。イーハンも傷んだ金色の髪を黒いフードで隠し、ひょろ長い背中を丸めてできるだけ目立たないようにしていた。

 二人は屋台の立ち並ぶ通りの外れで佇んでいた。戦いでついた汚れはすっかり落とし、昼間の攻防などなかったような顔をしていた。


「お待たせー」

「お疲れ様です」

「ああ」

 屋台料理の包みを持ったリンが、二人に合流した。


「ちゃんとリーフの分も買ってきたからねっ!」

「ボクは別にいらない」

「駄目! 食べないともたないよ」


 リンの厳しい言葉に、リーフはあからさまに嫌そうな顔をした。

「どうせ食べたところで……」

「食べたところで?」

「……何でもない」


 顔を逸らしたリーフだったが、リンは即座に回り込んだ。

「食べたところで?」

「……」

「食、べ、た、と、こ、ろ、で?」

「……全部塵芥(ごみ)みたいな味がする」

 リーフはとうとう観念して告白した。


「酒で流し込んだら多少はマシなのだけれど、何を食べても不味く感じる」

「あー、それでギルさんに付き合って夜中に飲んでるんですね」

 イーハンがすかさず納得したように手を叩いた。


「えっ! それ初耳!」

 リンの顔がイーハンの方にぐりっと向けられた。

「リンさん、一口で潰れますもんね……」

 イーハンが苦笑いを浮かべた。


 リーフも神妙な顔で頷き、腕を組んだ。

「しかも記憶がないときた。盛られて寝台に連れ込まれることだけは気をつけなよ。ボクもそうだったけれど、初めてでやられるとかなりきつ――」

「あーーーーっ! 道端でなんて話してんのよ、馬鹿っ!」


 下世話な話に耐性のないリンは顔を真っ赤にして、勝手に歩き始めた。

「もう、無駄話してないで早く帰るっ!」

 すたすたと宿の方へと早足で歩いていくリンの後ろ姿に遅れて、リーフとイーハンも歩き始めた。


「今のは助かったよ、ありがとう」

 リーフは歩きながら、前を向いたままイーハンに話しかけた。リンと話していたときの苦い表情はすっかり抜け落ちていた。


「あはは、いいですよ。今日はお腹いっぱいになれましたし」

 イーハンもまた、リーフの方を見ないで乾いた笑いを返した。

 イーハンが話題をずらしたのはわざとだった。リンがリーフとギルの関係について、知らないことに間違いなく食いついてくることを知っての発言だった。


 実は、イーハンはリーフの抱える問題について、リンに先んじて知っていた。以前、始末した追手をイーハンが()()()()際に、「これで多少は味が戻る」と横で保存食を(かじ)っていたことがあった。

 凄惨(せいさん)な光景を(さかな)に食事を摂るリーフに、さすがの吸血鬼(ストリクス)も目を疑った。


 リーフは敵意に対して鋭敏な感覚を持つ代償として、五感に負担がかかっていた。特に、敵意を持った人物が近くにいると味覚が真っ先に駄目になるのだ。

 それでも、聖都に戻る旅路では体力の維持のためにも無理やり不味い飯を喉に通していた。今はそこまでの緊急性を感じないこともあって、食物の摂取に無頓着になっていた。


「でも、いいんですか。ギルさんに言って、代わりに食べてもらった方が……」

 イーハンはリーフに、ギルに憑依された状態で食事を行うことを提案した。リーフの味覚障害は精神的なものであるため、ギルの感覚にまで影響が及ばないのだ。

 実際、ギルが触媒で歩き回れるようになるまでは、リーフの身体で食事を楽しんでいた。体重も少し増えていた。


「そこまでギルの世話になるつもりはない。ギルが食事をすることでボクにも多少返ってくるから」

 本来はギルとの契約で、リーフは死んでギルに身体を譲り渡す予定だった。結局、謎の横槍のせいで契約は曖昧になってしまったが、完全に繋がりがなくなったわけではない。


 むしろ、魔剣との同調という意味では以前よりも魂の繋がりが強くなった。

 魔剣に完全に魂がのまれた剣守(つるぎもり)までとはいかないが、確実にギルに魂を蝕まれていた。


 その副産物として、これまでギルの活動で一方的に消費されていたリーフの体力が、ギルの食事によってある程度回復するようになっていた。

 しかし、あくまでも補助的なものであり、全て補えるわけではない。


「それに、下手にギルを頼ると再契約ととられる可能性がある。再契約者には厳しいよ、あの魔剣は」

「そうなんですか? あんまり想像できないんですけど」

「ボクの前の契約者は、契約を延ばしに延ばしたせいで廃人になるまでこき使われていた」

 リーフは、ギルと遭遇したレニウムを思い出していた。魔剣を(おそ)れ、疎ましく思いながらも依存しきった村だった。


「前の契約者がいたということは、どうやってギルさんとの契約にこぎつけたんです?」

契約者(いけにえ)にいい加減辟易していたみたいでね。勝負に勝ったらついてくるという約束をとりつけるのは簡単だった。結果はご覧の通り――ま、ボクも傷物にされたけれども」

 リーフは左腕を顔の前に掲げた。外套に隠れた下には、いまだに癒えない傷痕が残っていた。


「結構むちゃくちゃやってますね、ギルさんも……」

 イーハンは言外に元契約者であるリーフの行動も批判していた。

「常識と良識はあると思っているよ、神様なりに。君の方が外面で物わかりがよさそうな分、たちが悪い」

 お返しとばかりに、リーフもちくりとイーハンを刺した。


 イーハンは曖昧な笑みを返した。

「その方がヒトを食べやすいですから。でも、ギルさんが名のある『神様』であるとは初耳なんですが」

 神獣は数多存在するが、ヒトに認知され崇拝の対象となるのは一握りのみである。

「多分、君も知っている神様だよ。敬月教(ロエール)で敬われる悪魔といえば、限られているし」


 イーハンの顔が凍りついた。足も自然と止まった。

「……いや、それ一人しかいないじゃないですか。え、本当の話ですか」

 イーハンは敬月教とは関わりのない種族だが、魔剣として長年囲われていた。そのため、一般の信者並みの教養を身につけていた。リーフが言わんとしていることも、十分に理解していた。


 リーフも少し先で立ち止まった。

「確認はとっていないけれど、可能性が高いとみている。同じ種族だから、で済ませられないくらい共通項が多い」

 しかし、イーハンは首をかしげた。

「言われてみれば、確かにそうですけど。でも、それだと辻褄が合わない気が」

「何か気になることでもあるのかい」

「格が、低すぎるんです。だって――」


「もーーっ! おそーーーいっ!」

 リンの怒鳴り声が二人のもとにとんできた。

 包みを左手にまとめて抱え、右手を振り上げて怒っていた。通りすがりにちらちらと視線を向けられるのもお構いなしだった。


 奇異の視線は、目立たないように努力していた二人にも向けられつつあった。

 リーフはため息をついて、イーハンの方を見た。

「行こうか」

「そうですね」

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