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Fantastic Fantom Curse 輪廻の竜  作者: 草上アケミ
第2部 雷と炎の契約
17/60

第15話 海渡る獣

 雲一つない青空の下、黒い鳥が翼を広げて一斉に飛び立っていった。

 一羽一羽が赤ん坊を攫えるほどの怪鳥で、群れをなして羽ばたく様はさしずめ雷雲のように見えた。


 港町へと飛び去っていく小型モンスター、屍肉食いのシビトカラス達を船の上から黒髪の少女が見送っていた。

 長い黒髪が潮風で乱れないようにつば付きの帽子を目深にかぶり、帽子のストラップを顎の下に留めていた。少女は平均よりも頭一つ分以上高いすらりとした長身に薄手のブラウスとコルセットを身に着け、乗馬ズボンとロングブーツを履きこなしていた。


 天敵から逃れるように去るか弱いモンスターを背景に、黒髪の少女はにやにやしながら黒い双眸を横に向けた。


「嫌われてやんのー」

「うるせぇ、こっちが嫌ってやってんだよ」


 少女の目線の先には、不機嫌そうな男が立っていた。

 青空と同じ色のズボンに首元まで詰めた黒い七分丈のシャツ、少女と同じく珍しい真っ黒な頭。声と肌艶から少女とそれほど歳が離れていないと推測できる青年だった。

 青年の顔の上半分は大きな黒い遮光眼鏡で覆われていたが、有り余る感情は十分に周囲へと表現されていた。


「死体食いを好きな奴とかいるのかよ」

「悪魔とか好きな奴いんのー?」

「うるせぇ」


 嫌味たっぷりな少女の言葉に、青年は鬱陶しそうに顔を背けた。青年の左耳で、剣の飾りが揺れた。


「少なくとも、シビトカラスは船乗りから好かれてるわよー。危険を察知してくれるしぃー、モンスターの死骸を残さず食べてくれるしぃー」


 ねちっこく青年に絡む少女の言葉に、青年は甲板の上を歩き始めた。

 その後ろ姿を面白そうに少女は付きまとって歩いた。


「モンスターを殺すばっかりな誰かさんよりずーっと有用かもねー」

「あーもううるせぇな!」


 青年は怒鳴ると、船のメインマストに跳びついた。そのまま船乗り顔負けの速度でひょいひょいと帆の高さまで登っていった。

 勝手にマストをよじ登る姿を見咎めた船乗りが声を上げたが、登る手際の良さに呆気にとられていた。


 カラスの代わりに帆の上に留まり、不貞腐れる青年を少女は甲板から見ていた。流石にマストを登って追いかけようとは思っていなかった。


「リン、またギルを苛めているのかい」


 満足そうに握り拳を作る少女の背後から、声がかかった。


 薄着ばかりの船上で唯一、暗褐色の外套をきっちりと着込んだ人物だった。足元も鋼を被せたブーツを履き、海らしい装いに興味が微塵もない格好だったが、唯一海風対策のために枯葉のような褪せた茶髪を一本の三編みにまとめ、赤いバンダナを帽子代わりに頭に被っていた。

 海辺に不釣り合いなほど白い陶器のような肌に、整った鼻筋は性別不詳。鉱石をそのまま埋め込んだような緑白色の瞳と合わせて、人形染みた雰囲気をまとっていた。


「正面きって罵倒するのって楽しいんだもん」

「ボクとしては、イーハンを苛めた当て擦りのように見えるのだけれど」


 外套姿は冷静に少女に指摘した。


「それもある」


 ばれたか、とリンは舌を出した。


「ギルってば、イーハンの種族聞いた途端に露骨に当たりが強くなったんだもん。仲間苛めるのはよくないでしょ」


 契約者を守るのは当たり前じゃん、と至極当然のようにリンは胸を張った。


「そういう君は前からギルに当たりが強いじゃあないか」

「それは私に好かれないギルが悪い!」


 見事に自己中心的な理論を繰り広げるリンに、外套姿は呆れたように溜息をついた。


「おい、あんたが今回の護衛のボスか」


 船乗りに声をかけられ、外套姿が振り返った。


「はい、リーフといいます」


 外套姿は船乗りに対して名乗った。


「随分とひょろいあんちゃんだな……おっと気を悪くしないでくれよ。船長が呼んでる」


 船乗りとリーフの背丈は然程変わらないが、腕の太さは倍以上の差があった。


「分かりました。向かいます」


 リーフはリンを置いて船乗りについていった。

 甲板の上を移動する二人の横を、出港準備に勤しむ船乗り達がすれ違っていった。

 日焼けした筋肉を晒す船乗りに対して、薄い身体を外套で覆うリーフの容姿は奇異の視線を集めたが本人は気にする様子を見せなかった。


 船乗りの案内の元、リーフは船橋の檻のような柵の中に入った。

 船の後方、操舵を担う船橋は櫓のように屋根と金属の柵で防備が固められた場所だった。


「船長、護衛の先生を連れてきやした」

「おう、ご苦労」


 船長は逞しい腕にシビトカラスの入れ墨をいれた壮年の男だった。長年の航海で負った傷か左手の中指と小指が欠けていた。


「今回の船旅では宜しくお願いするぜ、先生」

「期待に応えられるよう努めます」


「ハハッ! まあ空の友がビビっちまうくらいの豪傑揃いたあ、今回の船旅は安泰だな」

「空の友とは?」

「カラスのことさ。船を襲うモンスターを餌にして航海中はずっと付いてくるんだが、やり手の魔剣使いや魔戦士(タクシディード)が乗ると途端に寄り付かなくなるへっぴり野郎共でな」


 船長はメインマストへと目を向けた。

 帆の上を覆うように留まっていたシビトカラスは今は一羽もおらず、代わりに不機嫌な青年が座り込んでいた。


 青年は出港準備に追われる船乗りに追い立てられ、帆の上を時々移動していたがそれでも降りようとする意思は見受けられなかった。


「ギルはモンスターに嫌われていまして、よく避けられているのです」

「そりゃ、よっぽど強いのかい」

「元々西の外地(イパーナ)で用心棒をしていましたから」


 リーフがさらりと言った言葉に、船長は目を見開いた。


「南部よりも酷いモンスターの巣窟で名を上げたってのか! そりゃあカラス共は小便ちびっちまうな」

「実力の分、性格に少し難がありまして。お邪魔はしないよう言っておきますので、そちらからの干渉も控えてください」

「分かった、部下達に伝えておこう」


「船長、出港準備が整いました!」

「おう、錨を上げろ! 資格旗を掲げろ!」


 船は帆を緩く張り、静かに動き出した。出港の様子を見に来た地元の子供達がぱらぱらと手を振り、何人かの船乗りが手を振り返した。

 船首は港の出口を指し、その巨体を進めた。


 港と沖合の間にはモンスターの襲撃を防ぐために長大な城壁が築かれていた。重厚な石造りの城壁だったが、風化によって表面の彫刻は削り取られ、海水に浸かった箇所は藻が生え放題になっていた。古き神や精霊の加護が宿っていない石の城壁は、純粋な頑丈さで海の脅威から人間を守っていた。


 門は城壁に組み込まれており、大型帆船に乗って尚見上げる程の高さがあった。幅は船が二隻すれ違えるかどうか際どい広さだが、管理の都合で一隻ずつしか通さないため衝突事故は滅多に起こらない。


 船が近づいて初めて、リーフは門の特異さに気付いた。

 観光気分で船のへりに寄りかかっていたリンはしかめっ面になり、帆の上で座り込んでいたギルは両手で耳を塞いだ。


 金属とモンスターの骨でできた黒い門のいたるところに、ささくれのように武器が突き刺さっていた。大小様々な剣に、手斧や槍の穂先と思しき金属片もあった。どれもこれも、海風に晒されているにしては錆が少なく、刃が鈍く光るものすらあった。


 門に突き刺さっていたのは、魔剣だった。それらが飢えに狂い喚く声がリーフの頭蓋を撫でた。

 一つ一つは小動物のような弱々しい声だが、幾重に重なることで骨に響く呪詛と化していた。


「魔剣門を見るのは初めてかい、此処の門は特に規模がでかいんでさ」


 魔剣の声が聞こえない船長は、頭痛を堪えるように頭を押さえたリーフを見て軽く笑った。


「中々におどろおどろしい門ですね。モンスターが近寄らないことも頷けます」


 リーフは努めて客観的に感想を述べた。


 海を往く船は、航海の度に強力な魔戦士の護衛を雇ってモンスターへの対策を立てるのが慣例となっている。

 船を所有する商会が専属の護衛を雇う事例も無くはないが、大抵の実力ある魔戦士はその立場を拒否していた。それは、天候に予定が大きく左右され、モンスターとの実戦の回数が減ることを危惧するからだと一般的に言われている。定期的に実戦を行わないと、気が緩んで死に直結する機会が増えるのだと、知った風な口で識者は言う。


 だが、実態は魔戦士特有の問題だ。即ち、海へと続く門にモンスター除けとして磔にされた魔剣の声が極めて不快であるが故に、誰も近くで長期間仕事をしたがらないのだ。魔剣の声が聞こえない普通の人間でも巻き込まれて偶に死ぬというのに、原因が分かっている者達が近づく道理はない。


 船が門に近づいたのは出港手続きの最終確認の短い間で、それもすぐに門が開かれて離れたというのにリーフの顔色は確実に悪くなっていた。


「ようあんちゃん、早速船酔いかよ」


 船員にからかわれながら、リーフは船橋から降りた。

 甲板にはリーフよりも青い顔をしたリンが海に身を乗り出してげーげー吐いていた。


「リン、大丈夫かい」

「リーフ、こそ、大丈夫、な、わけ」

「どぶ川で素潜りするようなものさ。いつもと大差ない」


 開放的な海風にあたってリーフは既にいつもの調子を取り戻しつつあった。


「何だよ、魔剣共々くたばるのかよリン」


 リーフの背後から嘲る声がした。

 マストから降りてきたギルが船にしがみついたままのリンを見てにたにたと笑っていた。

 ギルもまた二人と同じ体験をしていた筈だが、全く堪えた様子を見せず口の左端を釣り上げていた。


「うるっさいわね、腐れ悪魔」

「腐ったみてぇな顔してんのはテメェじゃねぇか、腐れ狼」


 キレの悪いリンの悪態に、ギルは即座に返した。先程とは逆転した立場にリンはぎりぎりと歯噛みした。


「そういえば、イーハンは生きてるのかな」

「あ」


 リーフが挙げたこの場にいない仲間の名前に、リンとギルの顔が固まった。

 折れてしまいそうなひょろりと長い体躯に、死人のような肌色の分かりやすい虚弱体質の男が、亡霊にバリバリと食われていく光景が頭に浮かんでいた。


「ギル、今すぐイーハンを連れてこい」

「おう」


 リーフが手で下を示すとギルは船内へと駆け込んでいった。

 リンがその後を追おうとするも、歩く姿が覚束ないがためにリーフに簡単に止められてしまった。


 程なくして、ゴリゴリという音が甲板に上がってきた。

 ギルは細長い木製のケースをぞんざいに引きずっていた。ケースはギルの足元から腰くらいまでの長さで、表面を飴色のニスで塗り上げられていた。ケースには背負えるようにベルトが付いていたが、ギルはケースの縁を接地させてベルトを引っ張っていた。


「すげぇなこいつ、当てられてんのに首の皮一枚で生きてやがる」

――か、勘弁してくださいっ、ギルさん……うっ


 雑に扱われているケースの中から、か細い声が聞こえた。


「こらーっ!丁寧に扱えーっ……うぷっ」


 リンは拳を振り上げてギルに抗議しようとしたが、振り上げた手はそのまま口元にあてることとなった。



  ◆ ◇ ◆



「なあ」

「……」

「おい」

「……」

「なあって」

「話しかけるな、魚が逃げる」

「いや、まだ一匹も釣ってねぇだろオメェ」


 足元の桶をギルが軽く蹴った。たぷん、と海水が音を立てて跳ねた。


「これから釣るのさ」

「テメェ昨日から一匹だって釣れてねぇだろ、つーか」


 甲板にギルとリーフは並んで座り、釣り糸を海に垂らしていた。


「何で俺らが魚釣らないといけないんだよ」


 船乗りが休憩時間に使う釣り竿と銛を借り、二人揃って釣りに勤しんでいた。

 船が出港して丸一日経ったが今の処モンスターとも遭遇せず、航海は至って平和だった。


「君がイーハンを小突き回して参らせたから」


 リーフは餌だけ取られた釣り針の先に、小さく千切った魚の干物を刺した。


「イーハンは君と違って騒動霊(ポルター)だ。契約者がいても直接血肉を与えられないと活動できないのだよ」


 釣り竿を大きく振り、リーフは海に釣り針を投げ込んだ。


「そりゃ分かってるけどな、何で釣りド下手クソな元契約者もつきあってんだよ」


 元、という言葉はリーフとイーハンの過去のことを指すとも、ギルのことについて言っているともとれた。


「契約者としては元かもしれないけれども、今は君と一蓮托生じゃあないか。要は連帯責任さ」


 リーフの言葉は仰々しさとは裏腹に微塵も心がこもっていなかった。


「アイツが気に入らねぇのは俺の勝手だろ、よっ」


 当たりを感じとったギルが釣り糸を引き上げた。糸の先には、銀色に光る魚が引っ掛かっていた。小ぶりだったため、銛を使わずそのまま手で掴んで針を外した。

 リーフは二日かけてボウズだったが、ギルは通算で十尾ほど釣り上げていた。ギルがリーフのことを下手くそと揶揄するのも仕方がない状況であった。


「それは、イーハンが人間の天敵だからかい」


 魚を自分の桶に投げ込み、ギルは再び釣り針を海に投げた。


「……俺が生きてた頃は、人間を食うのは禁止されてたからな。後、普通にテメェら怖くねぇの?」


 魚の干物をかじりながら、ギルは普段より落ち着いた声色で尋ねた。表情は黒光りする眼鏡に遮られて読み取れない。


「ボクは別にどうとも思っていないけれど。リンも気にしていないのではないかな。本家はモンスターを飼っているのだし」


 リーフのさらりとした答えに、ギルの釣り竿がかくんと揺れた。

 釣り竿と共にずれ落ちかけた遮光眼鏡をギルは慌てて直した。


「お前らホント人間の血流れてるのかよ」


 人間の一般常識に合わせて行動していたギルは、リーフの言葉に肩透かしを食らっていた。人間が己以上に忌避する存在に()()()()()感情をぶつけたが故に、逆に浮いてしまったというのは悲しい皮肉だった。


「多分、ちゃんと人間から生まれて、人間として育っているさ。少なくともリンはね」


 無味乾燥な見解がリーフの口から発せられた。出生不明の己自身は怪物スコタードだとともとれる言葉だった。


「そろそろ仕事の時間だ」


 リーフは餌が食われた釣り針を引き上げ、側に寝かせていた剣を掴んだ。護拳に三日月の飾りが入った片手剣は、リーフの得物だ。


「頭を下げろ、ギルスムニル」


 そう言ったが早いか、リーフは横っ飛びに甲板に伏せた。慣性に取り残された茶色の三編みが宙を跳ねる。

 ギルが続いて頭を下げるよりも先に、海上から水飛沫が上がった。


 音が遅れたと錯覚するほどの派手な白い飛沫に、甲板にいた船乗り達の視線が釘付けになった。


 飛沫を割って巨大な肉塊が砲弾のように船目掛けて飛来する。

 牙が縁にぞろりと生え揃った口腔の、その奥のひだだらけの食道まで晒して肉塊がギルの頭を抉り取らんと正面から迫る。


 訳も分からず()()()()()()()ならば幸運、理解してしまえば地獄の光景にギルは牙をむき出しにして応えた。


 釣竿を手放し、腰を低く落として手を床につける。

 そして、肉塊の鼻先に合わせて右腕を垂直に振り抜いた。


 振り上げられた手の軌跡に沿って肉塊は真っ二つに分割され、己の慣性のまま断片をぶち撒けながら甲板の上を滑っていった。

 朝に船乗り達が磨き上げた甲板を赤い汚れが横断し、船の反対側に欠片が僅かばかり落ちた。


「うわ、くっせぇ」


 立ち上がったギルは肉塊の真っ赤な体液を全身に浴びていたが、全くの無傷だった。体液は強烈な磯臭さと合わせて、小便のようなツンとした臭いを放っていた。ギルの顔が歪むのは当然の理だ。

 ギルは口の周りを手の甲で拭い、ぺっぺっと唾を吐いた。


 ギルの手にはいつ抜いたのか真っ黒な小剣が握られていた。刃渡りは腕よりも短く、一抱え以上ある肉塊を一薙ぎで両断するには足りない。

 しかし、いかなる技巧か肉塊を両断した斬撃に、甲板にいた船乗り達は言葉を失った。


 甲板の上で開きになっていたのは、巨大な鮫だった。樽よりも太い胴に、海藻のような薄っぺらい背びれ、胸びれ、尾ひれをつけた不格好な鮫だった。胸びれの下には頬よりも大きな鰓がばっくりと開いて水と血をごぽごぽと吐き出していた。牙がでたらめに生えた顎は人間の首どころか胴体を一口で半分以上削り取れる程の大きさで、その質量も合わせて衝突した人間は即死を免れないだろう。


「まだ来るぞ!」


 リーフの叫びと同時に、肉塊の如き鮫の砲撃が甲板を立て続けに襲った。

 船乗り達の悲鳴と人間が潰れる音が甲板に響いた。


「と、トビザメだあぁぁぁーーーっ!」


 逃げ惑う船乗り達の横っ腹に鮫の砲弾が文字通り食らいつき、諸共海面へと落ちていった。

 資材の詰まった箱ごと吹っ飛ばされ、中空で喚きながら船乗りが海へと沈んでいった。

 マストにぶつかって失速した鮫が跳ねながら船乗りに齧りついた。


 両舷から飛び交う巨体を躱しながら、リーフは甲板の上で跳ねるトビザメに向かって剣を振るった。

 剣先は胸びれの下の鰓に抉りこみ、血の混ざった水が勢いよく吹き出した。推進力を得るための鰓を切り裂かれ、トビザメが悶え大きくとび跳ねた。


 跳ねた勢いで剣が鰓から抜け、リーフは甲板の上に転がった。無理やり体勢を建て直し、リーフは再びトビザメに剣を突き立てた。


 リーフが打ち上げられたトビザメに苦戦している間にギルは宙を飛ぶ鮫に追い縋り、確実に一頭ずつ小剣で仕留めていた。

 トビザメの飛翔軌道を読んで接近し、大口の前に小剣を掲げる。只それだけで、トビザメの身体は上下にすっぱりと分かれて滑っていく。上半分はそのまま海へと落ち、下半分は臓物を垂らした状態で甲板に引っ掛かった。


 トビザメの身体に刃が滑り込む瞬間、黒い刃がうっすらと朱色に輝いていたが誰も気付かない。

 ギルは一頭も仕損じることなくトビザメを駆除していた。しかし、それでも複数で同時に突っ込んでくるトビザメを捌ききれるわけでもなく、時折船乗りが宙を舞い海へと放り出されていた。


 さらに地獄は甲板に留まらず、肉塊は船体に大穴を穿って突き刺さった。トビザメは船乗りを船から引きずり出して鮮血を撒き散らし、ぼとんと海へ帰っていく。

 海上で五本の指に入る凶悪なモンスターは、数の暴力で船を蹂躙していた。


「船長!指示を!」


 一瞬で地獄に様変わりした船上に、船長は船橋で放心していた。リーフの一喝でようやく戻ってきた。


「奴らの縄張りを確認しろ!全速力で抜けるぞ!」


 船長はトビザメから生き残った先人に倣い、見張り台に向かって怒鳴った。

 マスト上の見張り台で船乗りが目を皿のようにして魚影を追った。甲板の惨状に震えながらも、トビザメの少ない方角を叫んで伝えた。


 ようやく機能を取り戻した船橋を激しい衝撃が襲った。

 船橋を守る鉄柵にトビザメが食らいついていた。突進の勢いで鉄柵は大きく歪み、牙に引っ掛かった格子が木材のように軋んでいた。


「くそっ!」


 船乗りの一人が銃を構え、トビザメの口の中へと引き金を引いた。

 柵を噛む力が僅かに緩んだが、絶命には程遠かった。

 数人の船乗りが連続で対モンスター弾を撃ち込んでようやく、苦痛に身をくねらせて海へと落ちた。


 リーフもまた、甲板で暴れるトビザメの息の根をやっと止めていた。

 鰓を剣で掻き切って窒息させた上で両のひれを切り落とし、鼻先を突き、目を抉り出した辺りでトビザメは動かなくなっていた。

 過程でリーフは何度か甲板に叩きつけられていたが、持ち前の頑強さで微塵も堪えていなかった。リーフは血塗れの剣を払い、鞘に収めた。


(もり)を加護付きで寄越せ!」


 飛んできた肉塊を半身で躱し、リーフが叫んだ。リーフの後方で肉塊が真っ二つに裂かれた。


「ほらよ」


 後ろから投げて渡された銛を掴み、リーフは甲板の上を走った。

 血と海水で滑りやすくなった甲板を鋼鉄製のブーツの踵で踏みしめ、リーフは丁度目の前を突進していくトビザメの側面に突き刺した。


 頬鰓に潜り込んだ先端が、慣性のまま前進する胴体をびりびりと裂いていった。

 頬鰓、胸びれ、ひれの鰓、腹、肛門、背びれ――全てを結ぶ赤い線が刻まれたまま、トビザメはどぼんと海に落ちた。


「残りは五、いや四」


 リーフは呟きながら、銛を投擲する構えをみせた。銛の先端は船の左――左舷の海を指していた。


「ギル、後ろは任せた」

「おう」


 銛を振りかぶるリーフの背中を守るように、ギルは右舷に向き直った。


 リーフが銛を投擲した。

 投擲の直後、海上で飛沫が上がり人を食う肉塊が射出される。

 銛は肉塊の軌跡を綺麗に逆へとなぞり、大きく開けられた口の中へと進む。


 銛はトビザメの内臓に突き刺さり、深手を負わせるだろう。しかし、銛の直線上に立つリーフへの勢いは微塵も変わらないことは想像に難くない。

 さらに、図ったように右舷からもトビザメの砲弾が襲ってきた。

 狙いはギルかリーフか、或いは両方か、二人に目掛けて牙をぎらつかせる。


 ギルはくるりと小剣を回して持ち替え、躊躇いなく投擲する。こちらも阻むには質量が明らかに足りない。


 リーフの投擲した銛がトビザメの口腔に吸い込まれた。トビザメはその巨体で銛をそっくり飲み込み――爆散した。

 体内に火薬を突っ込まれたように腹から弾けとんだ。海に飛び散った真紅の肉片と体液は船の腹を軽く叩いただけで、リーフには届かなかった。


炸裂バーストか、いい選択だ」


 爆裂したモンスターを眺めたまま、リーフは感想を述べた。


「ったりめぇだろ」


 ギルは口の左端を釣り上げて笑みを作った。人間にはない猛々しい牙が口から覗いた。

 ギルの投擲した剣はトビザメを海上で真っ二つに割っていた。重心が崩れた二つの肉は分かれて海に墜落した。


「これで終わり」

「あれ、まだいなかったか?さっき四つってたろ、今二倒したから残り三じゃねぇの」

「二だ。だけれども、もう死ぬところだ」


 リーフの言葉に被せるように、銃声が船の中で轟いた。連続して二発、一拍置いてさらに二発。


 さらにしばらくして、船の腹に開いた穴からトビザメの死骸が放り出された。

 突っ込んできたときと引けを取らない速度で、牛のような巨体が水平にかっ飛んで、どぼんと海に着弾した。


 怪力を売りにした魔戦士が景気付けに投げ飛ばしたのは、明らかだった。

 続いて、もう一頭がくるくると回転をつけて海に投げ返された。


「どうやら、もうボク達が魚を捕る必要性はなくなったらしい」


 状況がよく飲み込めていない船乗り達を尻目に、リーフはトビザメならぬ鮫飛ばし大会を目を凝らして観戦していた。

 海に沈んでいくトビザメの腹は大きく開かれていた。銃で仕留められたのであれば、腹を割く必要はない。モンスターを食べる存在が、わざわざ内臓を取り出したのだと容易に想像がついた。


「こんな臭ぇモン食うのかよあいつ……」


 鼻を拭ってギルが呆れたように言った。鮫肉の据えた生臭さが漂う甲板に、うんざりした様子だった。

 そもそもモンスターは食用に適さないとされている。煮ても焼いても不味いうえに、大量に食べれば腹を下し最悪死に至る。そのため、モンスターの肉は市場でくず肉以下の扱いを受けていた。


 ただし、一部のモンスターはモンスターの肉を消化できる。シビトカラスも含めたその一群は、《死体食い》と呼ばれていた。シビトカラスが船乗りに歓迎されるのは、海上でモンスターを処分するのに都合がよいからだった。

 シビトカラスはギルに怯えて一羽も船に付いてこなかったが、代わりにより大物の《死体食い》が乗船していた。


「同族食いよりかはマシな趣味だと思うのだけれど」

「胃袋だけが頑丈な奴の趣味としちゃ、どっちもどっちだろ……分かってる、もう苛めねぇよ」


 客観的に捉えるリーフに対して、嫌悪感丸出しでギルが返した。

 リーフは肩をすくめると、船橋を見上げた。


「奴らは全て駆除しました。もう安心して大丈夫ですよ」


 トビザメの襲撃が止んでから周囲の様子を窺っていた船乗り達は、そろりそろりと物陰から出てきた。


「馬鹿野郎!まだ気を緩めるんじゃねぇっ!」


 船長の一喝に、慌てて船乗りが頭を引っ込めた。


「頭ぁっ!本当に奴ら何処にもいませんっ!」


 見張り台に立っていた船乗りが声を張り上げた。


「本当かぁっ!」

「本当っす!」


 見張りと船長のやり取りを、船乗り達ははらはらしながら見ていた。


「よし、お前ら出てこい!半刻は気を抜くんじゃねぇぞ」


 船長の宣言に、ようやく船乗り達は息を吐いた。続いてとばされる指示に、掃除用のモップを担いだり、怪我人を船医へ運んだりと忙しなく動き始めた。



  ◆ ◆ ◆



「お疲れー」

「そちらこそ、船内を片付けてくれて助かった」

「流石に死んでねぇな」


 船内で鮫を撃ち殺していたリンが甲板に上がり、リーフに向かって手を振った。その隣に立っているギルは眼中になかった。

 船酔いをまだ引きずっているのか、リンの顔は若干青かった。


「くっさ」


 振った手はそのまま鼻を摘んだ。忌憚のないリンの感想に、リーフとギルは己の身を改めて確認した。

 真正面からモンスターをぶった切ったギルは当然として、リーフもまた甲板で格闘している間に外套が血と脂を吸い込んでいた。その結果、二人共モンスターの死体と遜色ない悪臭を周囲に放っていた。


 リーフは躊躇いなく外套を脱いだ。

 外套の下に着た生成りのシャツには、幸い血が染みていなかった。厚手の外套を脱いだことで、体格の華奢さがより際立って見えた。

 船乗りの何人かはリーフをじろじろと見て首を傾げていたが、不躾な視線をリーフは無視した。


 一方、ギルはといえば、甲板の端にベルトを巻きつけていた。

 そのまま海に飛び込もうとしたところで、顔を青くした船乗り達が一斉にギルを抑え込んだ。


「ちょっとあんちゃん何やってんだ!」

「海で水浴びするんだよ」

「死ぬ気かアンタ!」

「サメが出たらどうすんだ!」

「水ならあるから!」

「馬鹿にすんな、泳ぎに自信はある!」

「そういうことじゃねぇっ!」


 船乗り達に押さえつけられて尚、ギルは自信満々に頓珍漢なことを言った。

 傍目に投身自殺を敢行しているようにしか見えないギルを、船乗り達は協力して引きずっていった。ギルも流石に殺さないよう配慮してか強く抵抗しなかった。只、服だけは脱がされまいとじたばたともがいていた。


「脱がねぇ、俺は脱がねぇからなぁーーっ!」


 先程までモンスターを圧倒していたとは思えない、駄々っ子のような行動だった。

 リンは船乗りに囲まれてやいのやいのと騒ぐギルを横目で見ていた。喜劇のような光景に自然と溜息が口から漏れた。


「馬鹿すぎて張り合うのが嫌になるんですけど」

「無理に張り合う必要性はないのではないかな」


「いや、絶対に負けられないのは変わりないし」


 リンは握り拳を作って自分自身に喝をいれた。


「一体、何と戦っているのだい、リン」


 リーフの問いかけに、リンの顔が僅かに赤く染まった。


「そりゃもう、鈍感というか石みたいな誰かとよ」

「いつか伝わると良いね、その感情が誰かさんに」


 いつも通り、他人事を装ったリーフの言い回しがリンへと返された。


 膨れっ面になったリンをその場に残し、リーフは外套を洗う水を貰うためにギルの方へと歩いていった。

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