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Fantastic Fantom Curse 輪廻の竜  作者: 草上アケミ
第1部 偽りの救済
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第11話 十二番目の悪魔・上

 リーフは階段を登っていた。

 布を巻き付けた左足を一段上に乗せ、杖で体を支えながら右足と全体重を上に引っ張り上げる。

 その作業を繰り返していた。


「うっ」

 不自由な左足を段差にとられ、リーフの上半身は大きく揺らいだ。

 咄嗟に杖代わりの槍の魔剣に体重を預けるが、踏ん張りが足りなかったのか槍の石突きは滑ってそのまま傾いていった。


「ぐあっ」

 階段に全身を打ちつけ、リーフの口から苦悶が漏れた。


――ああっ、大丈夫ですかリーフさん!

 イーハンが、おろおろと声をかけた。


「……杖は、黙るべきだ」

 痛みを堪えながらリーフは身体を起こした。


――す、すみません。

「黙れ、イルハールス・エリオン・ライカ」

 再度の警告にイーハンは押し黙った。


 槍を支えにして立ち上がり、リーフは再び階段を登り始めた。

 亀裂のような明かりとりの窓から差し込む光を頼りに、リーフは白亜の城壁の壁と壁の間に巡らされた暗くて細い階段を歩いていた。


 通路は人がすれ違えるのがやっとの幅で、所々の壁に人一人が潜り込める程度の穴が空いていた。

 この通路は、城壁内に侵入してきたモンスターから避難するための脱出用通路で、壁に空いた穴は各部屋の天井付近と繋がっている。


 リーフもまた、部屋の天井近くに空いた穴に架けられた縄梯子をよじ上り、この通路に侵入していた。

 その際に縄梯子は回収しているため、騎士達が即座に追いかけてくることは不可能である。リーフがいた部屋に残っているのは、生活感を演出するための荷解きした道具と、城壁の武器庫から頂戴した古い魔剣に食い殺された死体のみだ。


「……うっ」

 両腕と左足の傷が疼くのを堪えながら、リーフは階段を登り続けた。


  ◆ ◆ ◆


 ただ一人、耳をそばたててリンは段差の頂上で座っていた。

 右手には愛用している散弾銃〈森狼〉を握りしめ、微動だにしない。


 狭い通路の中を、騎士の足音が響いていた。

 突然、男の罵声が聞こえた。響き方から、階段の上からだと分かった。

 リンは顔を上げて、静かに立ち上がった。ずらしていた毛皮の耳当てで耳を覆い、布切れで口元を隠した。


「どうした」

「分からん、今のは副団長の声だったが……」

「様子を見てくる」

 争うような声が続き、騎士達も異変に気付いた。何人かが異変を確かめるために階段を上っていった。


「副団長、一体何が……うわああああっ」

 ばこん、という音に続いて鎧姿の騎士がガタガタ喧しく階段を転がり落ちる。巻き込まれた後続の騎士達と共に、団子になって床に叩きつけられた。苦悶の声と金属音が響いた。


 リンは背後に置かれていた樽の後ろに回った。

 樽は酷く傷んでいて、にかわで補修した隙間から中身が滲み出ていた。

 リンが樽に足をかけ、力を込めて蹴り出した。


 樽はゴロゴロと階段の上から転がり落ちて、詰めかけてくる騎士達へと突進した。

 混迷した状況の中、転がってくる樽に騎士の一人が気付き、声を上げた。

「な、何だっ!」

 ()()()()()()()()()()()からの奇襲に、騎士達は仰天した。


「……っ、撤退だ!」

 突然の謎の樽に、すっかり及び腰になってしまった一人の騎士が逃げ出すと、皆きびすを返して城壁の外に走ろうとした。しかし、大半の騎士が床に転がり、まだ起きることも儘ならない状態だ。

 騎士達の列に追いついた樽は最後尾の騎士にぶつかるとバラバラに砕け散った。ぶつかった衝撃で立ち上がりかけた騎士が転倒し、その騎士の鎧とサーコートに粘性の液体が飛び散った。


「はい、さよなら」


 リンは銃を構え、二発、弾を撃った。

 騎士の足元を穿った発火弾を中心に、波紋が広がるように油の表面を炎が舐めた。


「あああああああっ!」

 油を被っていた最後尾の騎士も例外ではなく、背を這い舐める炎の感覚に、絶叫が狭い通路の中を反響した。

 文字通り尻に火が点いた騎士はバネ仕掛けのおもちゃのように跳ね起き、逃げ場を求めて前の列へと出鱈目に突っ込んだ。


 集団の規律は一瞬で崩壊した。

 狭い通路の中では、闇雲に突進する騎士を避ける手立てはなく、何人かは転倒し、何人かは転倒の下敷きになり、何人かは火が燃え移った。

 炎の恐怖はあっという間に全体へと広がり、鍛えられた騎士達は烏合の衆に堕ちた。


 お互いを殴り、引きずり倒し、踏み潰し、蹴り転がし、助けとも罵倒ともつかぬ声を上げながら、騎士たちは我先にと出口に殺到した。幸いにも、皆が武装していたからか、混乱の合間に命を落とすような事にはならず、欠けることなく脱出した。


「リーフってば、人焼くのが私の仕事じゃないんですけど」

 煙の臭いに鼻を摘むリンの目の前で、通路の床全体に火が回った。天井が高いおかげで、煙は座り込んだリンの上を素通りしていった。


 騎士達が壁だと思っていた地点の床に埋め込まれている白い石が炎に炙られ続け、細かくひび割れていった。その石は灰色の煙となり空気に溶けるように消え、小さな窪みを残してなくなった。

 認識阻害の壁——境界線から内側を気づけなくさせる罠は、騎士達を襲った炎によって崩壊した。騎士達が城壁内部に進めなかったのは、この罠で先に何もないと思い込まされていたからだ。入り口に設置されていたものよりも質は劣るが、只人の目くらましには十分過ぎる性能だった。


 籠城(ろうじょう)のために設置されていた罠は、ギルの指示によってリンの手でも容易に発動することができた。後は、壁があると思い込んだ騎士達を壁越しに刺激しなければ、階段の踊り場でいびきをかいて寝ていても気づかれることはない。

 騎士達はリンに気付く暇もなく外へと這々の体で逃げ出した。


「ここまではリーフの思惑通り、ね」

 リンは独りごちながら、銃に弾を再装填した。今度は対モンスター用徹甲弾を二発込めた。本来はモンスターの頑丈な外殻を貫くためのものだが、重歩兵を盾ごと粉砕することも可能な代物だ。



  かつ、かつ、かつ



 騎士が一人もいなくなった通路に、階段を踏みしめる音が一定に響いた。足音は一人分。誰かが階段の上から降りてきていた。

 リンは気にせず装備の最終確認を続ける。



  かつ、かつ、カチッ



 階段から一欠片の黒い石が落ちてきた。切り飛ばした爪先のような、半円形の薄片だった。

 黒い石が燃え盛る通路に接触した瞬間、石は硝子のように砕け散った。砕け散った石を起点に、朱色の閃光が床の上を縦横無尽に走った。


 朱色の閃光は火を吹き飛ばし、通路には煤と燃え残った油が残った。

 しかし、眼前の現象を気に留めずリンは銃を構えた。



  かつ、かつ、かつ



 階段から降りてきた人影が姿を晒した瞬間、リンは銃弾が込められた銃口を真っ直ぐ向けた。

 現れたのは、先ほど階段を上っていった近衛騎士団副団長ジェイムズ・チェクルスだった。


 精悍な顔立ちから白銀の鎧と白地の外套まで階段を上っていった時とそっくりそのままだったが、それまで腰に下げていた剣を捨て、左手に魔剣ギルスムニルを携えていた。

 ジェイムズは自分に向けられた銃口を一瞥し、硬い表情を崩した。

「心配しなくても俺だって、リン。そんなに信用ねぇの?」


 立場らしからぬ軽薄な口調で、ジェイムズ(ギル)が言った。唇の左端を釣り上げいつも通りの小憎たらしい笑みを浮かべている。

 淀みなく名前を呼んだ時点で間違いなく敵ではなくギルであったが、リンの構えた銃は揺らがなかった。銃の照準は、ジェイムズの胸の中心に向けられたままだった。


「信用とかそういうことじゃなくて、腹がたつのよね、あんたの顔」

「あれ、テメェに顔見せたことねぇだろ」


 ジェイムズ(ギル)は顔を歪めて頭を巡らせた。

 途端にリンの口元が怒りでひくりと動いた。


「そういう表情コロコロコロコロ変えるところが腹立つって言ってんの!」


 ギルの本質が気に入らないと、リンは噛みついた。


「空っぽな感じで誤魔化しているつもりかもしれないけど、人外のくせにヒト臭過ぎ。そういうトコが超イラッとする」


 今にも銃の引き金を引きかねない程の気迫でリンが脅すように言った。

 しかし、ジェイムズ(ギル)は何をいまさらと軽く鼻で嗤った。


「そりゃ、百年以上ヒトの近くで暮らしてたからな、テメェよか分かってるつもりだぜ」


 自己完結的な言いように、リンの指が引き金に掛かりかけたまま痙攣する。


「逆に俺はテメェらがたかが混血(ネロッド)の割にバケモノらしすぎると思ってたけどな」


 今にも爆発しそうなリンの様子を全く意に介さず、ジェイムズ(ギル)は軽い調子で言葉を続けた。


「はあ? 普通だし」


 ジェイムズ(ギル)は釣り上げた唇の端を下ろした。


「テメェ、身内が狂って周りの連中無差別にぶっ殺し始めたらどうする」

「頭ぶち抜く」

 間髪入れずにリンは答えた。葛藤もなく、当たり前だと言わんばかりの発言だった。


 ジェイムズ(ギル)は肩を軽く竦めた。

「それ、普通のマトモなヒトの思考じゃねぇらしいぞ」

「……うっさいわね、骨董品のくせに」

 ギルの思わぬ反撃に、身に覚えがあったらしくリンは一瞬言葉を詰まらせた。


「ていうか、リーフはどうしたの」

「もう()()()()()()ぞ。あの怪我の割にゃ、いいペースだな」

 ジェイムズ(ギル)は人差し指で上を示した。


「三歩進んで血反吐みてぇな感じだったけど」

「やっぱり手伝う……」

 リンの顔が不安で曇った。反対に、ジェイムズ(ギル)の顔から嘲笑が消えた。


「駄目だ、テメェは庇いながら戦える腕じゃねぇよ」

「だって……」

「もしテメェが奴らに追いつかれて、その場にアイツがいたら、()()()のは愛しのアイツなんだぜ」


 ジェイムズ(ギル)の言葉に、リンは反射的に言い返そうとした。だが、言葉が喉に突かえて、ただ奥歯を噛み締めた。


「そろそろ行くか。じゃ、もし抜けたら後ろは頼むぜ」


 ジェイムズ(ギル)は薄紅色の刃の魔剣(本体)を携えて、城壁の外へと足を向けた。自然とリンに背を向ける体勢となる。銃口が向けられたままとは思えない、堂々した足取りだった。

 リンが撃ったとしても対応できる自信があるのか、リンが絶対に撃たないと確信しているのか。


「ま、今は死なねぇように頑張れよ」


 リンは銃口を降ろし、きびすを返して階段を登っていった。



  ◇ ◇ ◇



 城壁の外でジェイムズを待ち受けていたのは、近衛騎士による半円の陣だった。

「こりゃあ、大所帯でご苦労様だな」

 部下だった騎士達に囲まれながらも、ジェイムズ(ギル)は呑気に感想を述べた。


 円陣の半径はおよそ三十歩程、魔剣の有する技術を駆使しても一息で踏み込めない間合いだ。

 状況は理解している筈だが、陣を形成している騎士達の顔にはまだ戸惑いの色が見えた。


 その円陣の中で一人突出し、ジェイムズの正面に立つ騎士がいた。

 騎士は黒染めの制服の上から大振りな籠手と肩当てを装備していた。

 栗色の髪を左側だけ飾り紐で結い上げ、右目は前髪に隠れて見えない。左の短い垂れ眉と鳶色のややつり上がった目元は、平時の気弱な雰囲気を隠して覚悟を固めた強い光を宿していた。

 携えた武器は漆黒の柄に白銀の刃の両手剣。刃に直接埋め込まれた紅玉の中で炎が燃えていた。


 ジェイムズ(ギル)もまた、魔剣を正面に構えた。


「念のために確認しておこう。お前は憑依霊型魔剣(デモニア)だな」

 ガルドの言葉に、ジェイムズ(ギル)は口の左端を釣り上げた。

「聞くまでもねぇだろ、今話しているのは俺だってな」


 ジェイムズ(ギル)は顎で魔剣を示した。声色こそはジェイムズだったが、言葉の発音、口調、表情は全くの別人だった。

 副団長の豹変ぶりを見せつけられ、周囲を囲む騎士はざわついた。

 しかし、ガルドはギルの挑発を含んだ言葉に眉一つ動かさなかった。実の兄に向けた剣先も揺るがなかった。


「俺に気付いた瞬間に下っ端を中に飛び込ませなかったのはいい判断だ。テメェが持っている魔剣がどんな奴なのかは知らねぇが、直線上でブッ飛ばすんなら俺に勝てる奴はそういねぇよ」


 驕りの見える発言だったが、誰も反論しようとはしなかった。

 実際、屋内でリンと立ち話をしていたのは騎士達を誘き寄せるための罠だった。炎が消えたことを見計らって騎士が突撃していれば、細い通路で数の利を活かせずまとめて細切れになっていただろう。


「我々を舐めてもらっては困る」

 ガルドの言葉に呼応するように聖剣に埋め込まれた紅玉が鈍く光り、真紅の火の粉をひとひら吐き出した。

 赤い火を見咎めたジェイムズ(ギル)の目尻が僅かに歪んだ。


「はっ、そっちはあの戦バカ共か!俺にそいつを向けるなんざ身の程知らずだな、テメェ」


 ジェイムズの顔からすっと表情が消え、突進した。

 朱と赤の火花が散った。

 下段から切り上げられた魔剣を、振り下ろされた聖剣が阻む。ガルドが魔剣を弾いて腹部を突き、ジェイムズが聖剣をいなして足払いをかける。ガルドは体勢を崩さず後退し炎が走る刃を大きく横に薙いだ。


 多くの野良魔剣を一撃で仕留めた赤い炎はしかし、魔剣の刃を奔る朱色の閃光によって霧散した。

 初めての現象に、ガルドの左目が刹那揺らいだ。


 再び正面から刃同士が食らいつき、ぎりぎりと拮抗する。

 ジェイムズが重心を前に傾けて押し切りに移行した瞬間、ガルドは重心をずらして力をそらした。


 手応えの変化にジェイムズの身体が揺らいだ刹那、聖剣が魔剣を大きく跳ね上げた。体勢を立て直そうとした一瞬の虚を突いてガルドが力で競り勝ったのだ。

 無防備になったジェイムズの上半身に、ガルドが突きを放った。心臓を捉えたはずの一撃は空を切り、身体を捻った体勢からジェイムズは剣を下から振り抜いた。無理のある斬撃をガルドは後退して難なく避けた。


 仕切り直し、双方剣を構えた。

 ジェイムズは荒く息を吐き、ゆっくりと吸った。

「やはり、やるな」


 ガルドは深く息を吸い込んで、静かに吐いた。

「兄さんこそ、前よりも腕が上がりましたね」


 一拍後、再び赤と朱の光が奔り、激しい剣戟と共に閃光が飛び散った。

 取り囲んでいた騎士達は、光を忌避するように後退した。

 朱の閃光を散らしながら、魔剣を振るうジェイムズの輪郭を汗が伝い落ちていく。赤の炎が外套の袖を焼き焦がし煙を上げた。


 赤の炎を舞い上げながら、聖剣を捌くガルドの残像を朱の閃光が追いかける。炎を塗りつぶす輝きにガルドが顔をしかめた。

 炎と閃光の応酬は激しさを増しながら、じりじりと城壁の方へと範囲を狭めていった。


 次第に、ジェイムズが圧されてきていた。

 相殺できなかった炎がジェイムズの左腕を舐め、籠手に黒い焦げを作った。

 炎の熱に、ジェイムズの顔が歪んだ。

 動きが鈍ったジェイムズの胸元に向けて、ガルドは剣先を向けて突きの構えをとった。


「――っ!」


 ジェイムズの目が見開かれた。

 守りが追いつく暇を与えず、ガルドの突きが放たれる。必死の一撃を放つガルドの目は揺るがない。



  シェアァッッ!



 黒い閃光がガルドに飛ぶ。ガルドの剣先があらぬ方向に逸れる。

 ガルドの左腕を掠めた閃光は籠手を吹き飛ばした。

 左腕を庇い、ガルドは大きく後ろに退いた。

 閃光は籠手だけではなく黒い制服も引き裂き、鮮血が滴り落ちた。


「黒い……蛇……」


 左腕の傷の血を拭いながら、ガルドは閃光の大本を睨みつけた。

 呆然としたジェイムズの首に黒い蛇が巻きついていた。

 蛇は朱色の目でガルドを睨みつけ、透き通る朱い牙を剥いて威嚇していた。蛇の喉の奥から弾けるような音を立て、黒い色が一筋溢れた。

 形は蛇そのものだったが、身を覆う漆黒の鉱石でできた鱗は生物離れしていた。


「邪魔をするなっ、()()!」


 我に返ったジェイムズが蛇を掴もうと左手を伸ばすと、蛇はするりと鎧の中へと逃げ込んだ。


「俺は、まだ、やれる!」


 空を掴んだ左手の甲で、ジェイムズは頬を伝う汗を拭った。

 ジェイムズがガルドに向けて突進した。

 二本の剣が再び激しくぶつかり合い、赤い炎と朱い閃光が周囲に撒き散らされる。

 お互い腕に負傷を負ったが、剣筋に乱れはない。先と変わらず、ガルドがジェイムズを圧していた。


「うおおおおおっ!」


 剣技の差を覆さんとジェイムズは振り絞るように連撃を放った。

 しかし、ガルドは冷静に剣を受け止め、不規則に飛来する閃光を避けた。


「何でだ」


 ガルドはジェイムズの剣閃をひたすらさばきながら、ぽつぽつと言葉を紡いだ。


「何で、どうして」


 一方的に打ち込んでくるジェイムズの剣を見切り、ガルドは刃で剣筋を逸らした。そのまま、剣が振れぬ距離まで踏み込み、胸部に剣の柄を叩き込んだ。


「裏切ったんだ、兄さん!」


 空気と唾液と血を吐きながら、ジェイムズの身体は後方へと吹っ飛んだ。辛うじて膝をつかなかったが、既に息も絶え絶えという様だった。

 止めをささんと追い縋るガルドの足が、半歩で止まり、五歩飛びすさった。

 ガルドは鎧の隙間から顔を覗かせた黒い蛇と睨み合い、ジェイムズが構え直すまで動けなかった。


 ジェイムズの構える剣先は揺れており、もうまともに切り結べないことは明らかだった。それでも、ガルドは蛇と睨み合ったまま先手を打てなかった。

 血に塗れた口元を歪ませ、ジェイムズは力なく笑った。


「……気づかれたか」


 ジェイムズの言葉に、ガルドは剣を下ろし僅かに目を伏せた。

「同じ剣技を使っている時点で、隠すも何もないでしょう。ジェイムズ兄さん」


 周囲でただ見守るしかなかった騎士達がざわめいた。

 騎士達が見慣れた表情で、見慣れた仕草で、ジェイムズは咳き込んだ。粘り気のある血がぽつぽつと飛んだ。


 蛇は苦しむジェイムズを見て数回舌を出し入れした。


「ジェイムズ副団長、そんな」

「いや、まさか」


 状況を理解し始めた騎士達は顔を見合わせた。


「……兄さん、一体何があった」


 ガルドは黒い蛇を睨みつけた。蛇は爬虫類らしい涼しい表情のまま、鎧の中へと戻っていった。


「なに、ちょっとした約束だ。名前を懸けた、な」


 ジェイムズは自分の胸を右手で軽く押さえ、血を含んだ唾液を地面に吐き出した。

 魔剣の刃が朱色の光を纏った。今までの薄く纏うような光とは密度が桁違いの、剣身を覆い隠す程の禍々しい輝きだった。


 ガルドは即座に剣を構えた。覚悟を決めた表情には、どこか哀れみがあった。

 ガルドの剣も、対抗するように剣身に炎をちろちろと纏わせた。


「いくぞっ!」


 ジェイムズが朱色の光を薙ぎ払った。

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