独歩
登場人物達のあらゆる感情が集約される話になっています。彼等の思いが成就して、新たな一歩を踏み出す切っ掛けを創っています。
過去に成ってしまった母の思いを息子が継いで、また、彼の後継が繋いでいく。
母の墓参に出かける当日、喪服に身を包んだ俺は、父に呼ばれた。
「お前を宿したままで、私に一言も言って寄こさなかったのは、母がお前や私を思わなかったと言う事では無い」
「お前や私が、公家の責を負っているのと同じように、母もリント伯爵家の責を負っていたのだ」
「母は己の責務を放り出すことが出来なかった。その事を半ばに倒れてしまった母に代わって、お前が継いでやりなさい」
「公家の事は、その後で考えれば良い。分かるな?!」
「はい」
「それと…これを、手向けて来て欲しい」
ネージュ・パルファン、パスカリ、サラトガ、ヴィルゴ、ノースフレグランス、アイスバーグ、サマー・スノー…ありとあらゆる白薔薇の名花を取り混ぜて、銀のリボンでとりまとめられたリースだった。
白い大輪を取り巻くように、忘れな草の薄青が差し入れられていてとても美しい。
墓標の両脇に手向ける為の大きな花束も用意されていて、全てを手向けると、白いドレスを纏った母がそこに居るようだった。
初めて母の墓前にやって来た曾祖父は、車椅子の人だった。
母、ロザリンドの乳母だった老クララが、曾祖父に事の顛末を話して聞かせた。
俺と母が、母の死の直前に映したという写真に収まって居るのに見入って、言葉を無くしていた。
涙に暮れる曾祖父に、クララが俺を引き合わせた。
曾祖父の皺に埋もれた瞳に見詰められると、不思議な懐かしさに包まれたのをよく憶えている。
「…なんと…よく似て居る。…失うた頃のロザリンドに…。わしは…何という愚かなことを…」
かき抱くように、俺の諸手に、震える手で縋る曾祖父は、父を脅かしていた猛々しさは見て取れない。
「…其方に後を託して、わしは表から身を引く事にしようぞ」
「それが、我欲に目を眩ませたわしの…其方の父を見損のうて、其方から母を奪うた詫びと思うてくれ」
「…それで、わしを赦してくれぬか?!」
「曾お爺様」
望陀の涙にくれていた曾祖父を、教会の一室に設えた茶会の席に招いて、茶菓をもてなし、改めて母の生前を語って聞かせると、曽祖父の拘りは綺麗に溶けてしまったように思えた。
曾祖父を見送って、ケインが誘う車へと戻ると、曽祖父にも一目置かれた執事が、俺に微笑んだ。
「良う御座いましたね。ご立派にお勤めで鼻が高う御座いました」
「有難うケイン。褒めて貰ってほっとしたよ。でもさ、あれは無いんじゃ無いかな?!」
公家を出るとき、託されたリースを抱えて車に乗り込み、車窓から振り返った。
車寄せに立って見送っていた父の傍に、アレンが歩み寄り、何事か言うと、父が笑った様に見えた。
何事か言葉を交わしたかと思うと、引き合うように口付けた。
呆気にとられ…次いで、呆れた。
息子が初めてひい爺さんに会いに行くんだぞ!気恥ずかしくて、少々赤くなって俯いた。
フェンダーで気付いたのか、ケインが俺を振り返り、赤くなった原因に微笑んだ。
「お館様は、坊ちゃまを愛しておいでです。お疑いに成りませんように」
「…分かってるよ。ケイン」
「リースを手渡した時の父様と落差が有り過ぎるよ」
「でも御座いましょうが…僭越ながら、皆様にお仕えできることを、誇りに存じております」
「お母様のご葬儀の前日、初めてお目に掛かったお可愛らしい坊ちゃまを、良く憶えておりますよ」
しみじみと言われると、仕方が無い。
これも孝行の内かも。
お読み頂きありがとう御座いました!
唐突に浮かんでくる場面を繋いでいくと、全ての物語が形になっていくのを不思議な気持ちで見てきました。
話を書き続けて行く内に、一度は切るべきと思った場面が、繰り返し形を変えて蘇って来るのには驚きを隠せませんでした。
次回、又別の話を持って伺いたく思っております。ではまた。