Magical girl 倉敷 香奈 Part 5
恵美の頬から血が流れた。
私が呼び出したハサミは恵美の頬をかすめ、遙か彼方へと飛んでいく。恵美は驚いた表情をしたまま、フリーズしている。
「普通じゃなくなっちゃったんだね」
「何を言っているの……? 香奈、落ち着いてよっ!」
恵美が叫ぶ。
その声が不快でたまらなかった。
あぁ……私は普通になりたいと願い、魔法少女となった。だけれども、本当はそうじゃないんだ。私が認めることができる、私が満足できる「普通」の世界を創りたかっただけなんだ。
自分の気持ちがようやくわかり、私はどこか胸をなで下ろしていた。同時に私の世界の「普通」の象徴である雲井 香奈が魔法少女などという非現実的な存在となってしまったことに、深い悲しみと怒りを覚えていた。
命の恩人に殺意を向けているのだ。常人ならば、私が普通ではないと思うかも知れない。人間というのは義理人情に厚い生き物だ。しかし、私の世界の象徴が今、目の前で、音を立てて崩れ去ってしまったのだ。勉強もスポーツも中の中でしかなく、私に憧れる、どこにでもいるただの女子高生「雲井 恵美」はもうどこにもいない。
いるのは、親友を守るために「魔法少女」になってしまった普通ではない「雲井 恵美」だけだ。
許すことが出来ない。
彼女が普通でなくなるくらいならば、私は死んでしまって構わなかった。
「ダメだよ……恵美はズッと……これからもズッと普通でいなきゃいけないんだよ。そうじゃないと私、もう、誰も受け入れられないじゃないっ!」
「何を言ってるの! 香奈っ!」
「切り刻んで!」
私の言葉に呼応して、刃を開いたハサミが現れる。ハサミは恵美へと飛来した。恵美は盾を構え、かろうじて攻撃から難を逃れていた。しかし、私が召還しているハサミの数は数百にも及んでいる。いつまでも防戦一方というわけにもいかないだろう。
「うっ……香奈……どうして……」
「恵美がいけないんだよ……私の気持ちも知らないで。私はただ、ただの貴女が好きだったのに」
「何を言っているの……?」
恵美の一言ひとことが私のかんに障った。
何を言っても私の気持ちを逆なでし続ける。
「ダメって言ったじゃないですか」
瞬間、私が召還したハサミが消えた。
私と恵美の間にムクロがニコニコとしながら現れる。
ムクロが言った言葉とは裏腹にどこか嬉しそうな表情が見て取れる。
「雲井さん、倉敷さん。ムクロは言いましたよね? 魔法少女同士で争うのは御法度です、と」
「それが何よ? 私の世界を守るためには今、殺るしかないの。リセットするしかないの。ゴキブリを見たら殺すようにね」
「違いますよ。違うんです。魔法少女同士で争ってしまうと次のステージに進んでしまうんです」
「次のステージ……?」
ムクロが指を鳴らす。
世界が暗転する。
今までいた世界とはまるで違うどこかへと私達は飛ばされていた。
空はどす黒い何かに覆われ、辺りには黒い靄のようなものが地面から溢れている。
「もっとも、倉敷さんは死神と戦ったので、その時点で条件は満たしていたのですけれども」
「次のステージ…次のステージってなに!」
「雲井さんは残念でしたね。せっかくお友達を守るために魔法少女になったのに、あれやこれやと状況に流され続けてしまって……だけれども、それはそれ、これはこれ。魔法少女同士が戦ってしまった時点で、次のステージ……バトルロワイヤルに移行してしまうんです」
「バトルロワイヤル……殺し合うの……?」
恵美が呆然と嘆く。
ムクロは声をあげて笑った。
不快な笑い声が辺りに響き渡る。
「これは失礼。ええ、雲井さんのおっしゃる通りですよ。そもそも考えてみてください、万人の願いを事の全てを叶えてしまったら、絶対に矛盾が産まれてしまうじゃないですから。ですから、結局のところ、願いを叶えてもらうのはたった一人だけ。そうすれば、世界が少し変わるだけで、矛盾は産まれませんからね。さあさあ、教えてください! お二人の願いを……!」
「そんなこと決まっているじゃない。私の普通の象徴ではなくなってしまった、雲井恵美の存在を抹消することよ」
私の中の矛盾に気がつく。
最初は、私が普通になることを望んでいた。段々と世界が普通になることを望んだ。そして今は……私を失望させた親友を殺すことを願っている。
まぁ、いいか。
心の中で呟く。私が普通になれることは、これから先もあり得ないことだと思っている。同様に世界が大きく変わることなど、まずあり得ない。ならば、私はまた雲井恵美の代わりとなる誰かを見つけて、私の普通という名前の庭の中で愛でればいいのだ。花は美しくなくなってしまったら、摘めば良い。雲井恵美という名前の花は枯れ落ちてしまったのだ。もはや、この庭に彼女の居場所などなく、ゴミ箱へと捨てるしかない。
「あぁ……そういうこと」
笑みが自然とこぼれる。
せめて彼女に敬意を払って、笑顔で殺してあげよう。
彼女の名前はよく考えれば「えみ」と掛け合わせられるのだから。
私は満面の笑みを作りながら、巨大なハサミを彼女に向けた。




