もしも、試験の形態に「戦闘」があったら。
「戦闘で勉強!?」
これが俺たちの通う総琵学園の掲げるキャッチコピーだ。
意味なんて考えるまでもない。書いてそのまま読んでそのまま、戦闘で勉強をする、そんな学園が──ここにはある。
◇◇◇
「……ひとまずここで待機するか」
疑似総琵学園本校舎一階、理科室。階段のすぐ横にあるその扉の前に寄り掛かる。
胸を撫で一旦深呼吸、戦況を把握する為に耳を研ぎ澄ませた。
俺の名前は蔵布フクロ、総琵学園に通う高校一年生だ。先程一年生最後の期末試験が返却され、今はそれの二次試験の最中である。
一次試験、すなわち筆記試験の結果は散々なもので、平均点が四捨五入して10点と言う今までにない点数を取ってしまった。
しかし、この学校は筆記試験だけでは判断されない。二次試験、戦闘試験によって点数が決められるのだ。
まぁ、筆記試験で取った点数によって攻撃力と体力が決まるから出来るだけ点数は取っておいた方がいいんだけど、戦闘を盛り上げる「アレ」さえ使えばどうにかなるから、平均点が赤点なのは気にしないでおこう。
「フクロ、なんで僕を置いて行くんだよ!」
壁に耳を当てて、僅かな音ですぐに動ける準備をしていたら、階段をドタドタと足音を立てながら、俺を呼ぶ人間が降りて来る。
「あのバカ……」
ちらりと階段の方に目を向けると、悲しいことにバカと一人の生徒がぶつかる姿が見えた。階段を上がろうと方向転換した瞬間上からバカが降ってきたという形だ。
「っごめん! 今急いでいるから!」
バカはその生徒に向かって、とても戦闘中とは思えない言葉を投げかけるとそのままの速さで、俺の前にやってきた。
「まったく、人にぶつかるなんてお前らしいなツルギ」
「大丈夫! ちゃんと誤ってきたから!」
誤ってと謝ってを早速間違えている彼は、創土ツルギ。同じクラスの茶髪のバカだ。今日返されたテストの平均点が五点に満たないことがそのバカさを物語っている。
「確かに誤っているな」
「ん、謝ってる? ああ、誤って……って勝手に僕の言葉を変換しないでよ!」
「なっ、今のボケが分かるだと。さてはバカのツルギじゃないな!」
「バカっていうな!」
「すまない訂正する、真性のバカだったな」
「そうだ……ってそうじゃない! それだと僕のバカ度が上がっているじゃないか! というか、フクロだって今回の平均点6点──ぐはっ!」
「おっと、手が滑った」
危ない危ない、ヘッドロックをしようとしたら手が滑って、ただのアッパーカットになってしまった。
「……手が滑ってアッパーカットする人なんてそういないと思うんだけど」
「今度から気を付ける」
一撃で仕留められるように。
そんなこんなで、楽しくバカをいじっていると前の方からとんでもない怒鳴り声が飛び込んできた。
「ちょっとそこの二人! この私、ステテテペコヌ田中にぶつかってその態度はなんなの!」
◇◇◇
突如現れた敵に、俺たちがまず起こした行動は逃走や闘争ではなく──
「名前やべぇな」
「異常だね」
──ただの罵倒だった。
「異常って、私の名前なんだけど!」
即答された罵倒に、その生徒は「細長い短剣」を床に叩きつけてさらにその声を荒げる。
「ところでその武器、どこでゲットした?」
がしかし、俺の心はすでにその「細長い短剣」に向かっており、人の名前を罵倒した事なんて遠い過去の話になっていた。
「ええっと、すぐそこの階段よ。ぶつかった時にたまたま……じゃなくて! 人の話聞いてる!?」
「なっ、ノリツッコミができるだと!? こいつなかなかやるぞ」
「流石にプロは違うね」
俺の無視をあえてノリツッコミへと昇華させたその生徒に、ノリツッコミ評論家のツルギは感銘を受けたらしく、やたら頷いている。
「聞いてないって事はよーくわかったわ。じゃあさっさと私に点数を寄越しなさい!」
彼女は叫ぶと一気に距離を詰めて、俺の盾 を天井のその向こうへと弾き飛ばした。
「あっぶねぇ」
天井を貫通して上の階まで吹っ飛ぶ盾、もといツルギ。
この光景には吹っ飛ばした当の本人である生徒も絶句。ポカンと開いた口が閉じそうにない。
「……友達を盾にしていいの?」
「戦闘ってそういうもんだろ」
使える物は使う、そうしなければ勝てる物も勝てなくなってしまう、そう言っていたのは誰だったのかは忘れてしまったけど、この尊い犠牲を利用して俺は必ず進級するんだ!
「というわけで、じゃあな!」
俺は踵を返して、その生徒の下から全力疾走で走り出す。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
その生徒は少し遅れて俺の後ろを追いかけてきた。
◇◇◇
あの生徒が持っていた「細長い短剣」は「埋蔵武器」と呼ばれる装備者の攻撃力を一時的に引き上げるアイテムである。
「受験戦争なんて呼ばれる時代なんだから、本当に戦闘をしたってなんの問題もないだろう」とか楽しい事を言っている学園長が作り出したアイテム。
それは疑似総琵学園の何か所かに埋まっていて、発掘され所持した瞬間に能力を発動する、あくまでも戦闘を盛り上げるアイテム。その種類は簡単に分けると攻撃力を上げる「剣」と攻撃を軽減する「盾」の2種類に分類される。
それでさっきの生徒が持っていた「細長い短剣」は「剣」の中でも一番倍率の低い「攻撃力倍化」の能力を持っている埋蔵武器である。
「それにしても、あの階段に埋まっていたなんて。本当に珍しいな」
疑似総琵学園、三階。そこの天井まで届くほどに大きな古時計の中の後ろに咄嗟に隠れた俺はそう呟いた。
基本的に埋蔵武器はもっと分かりにくい壁に埋まっていたりするようなものなのだが、階段に埋まっているなんて滅多にない、10回に1回ぐらいの珍しさだ。
ともあれ、あとは──
「みーつけた」
「──」
一旦周りの様子を確認しようと、少し頭を出した瞬間、見覚えのある顔が俺の目の前に出現した。
あの生徒だ。
彼は、俺を見つけるが早し、回し蹴りを古時計ごと俺の腹にぶち込み、校舎の柱まで一気に蹴り飛ばした。
その衝撃で柱が雪崩のように埃を巻き上げながら崩れる。
これが、「一次試験の点数が高いほど攻撃力が増加する」と言う戦闘試験のシステムによって引き起こされる現象である。
本来であれは人間が、それこそ高校生が巨大な古時計ごと人間を吹き飛ばし、その衝撃で遠く離れた柱まで破壊するなんてできない。
しかし、ここは現実にある総琵学園そっくりに作られた疑似総琵学園、そしてその肉体は戦闘試験を受けるために作られた、取った点数の分だけ恩恵を受けられる肉体、「疑似肉体」なのだ。
「……全くどんだけ点数高いんだよ」
そう呟きながら瓦礫を掻き分け這い出ると、
「え……まだ生きてる」
彼はまたも口を開けていた。
「残念ながらね」
俺は手に持った「女神の盾」を見せる。
「埋蔵武器……それも最高クラスの」
俺の持つ「女神の盾」その能力は、ダメージの無効化。
「そう言うこと。そうでもしなきゃ平均六点の俺があんたの超火力を防げるわけがない」
「運がいいのね。でも、もう使えないはずよ」
いくら戦闘試験を盛り上げるためのアイテムと言えども多用されては、バランスが壊れてしまう。
そう言う理由で、最高クラスの埋蔵武器は一回こっきりで壊れてしまう。
「そうだ。でも、運がいいわけじゃない」
ただ、俺が初めからそこに「女神の盾」があることを知っていただけ。
度重なる再試の嵐を受け続けた結果、自然と全てのパターンにおいての埋蔵武器の場所を覚えてしまった《・・・・・・・・》だけだ。
俺の手から離された、「女神の盾」は床に接触した瞬間、その色を灰色に染め、砕け散った。
「今度こそ、私の点数になりなさい!」
その瞬間彼は「細長い短剣」をこちらに向けて走り出した。
この攻撃を食らったら、俺は進級できなくなる。
でも、もうこの辺りに盾は埋まっていない、だからと言って、あの生徒を一撃で倒せるような、そんな夢のような武器もここには埋まっていない、だから。
──だから、伏線は張っておいた。
辺りを警戒しているように聞き耳を立てながら、埋蔵武器が埋めてあるだろう階段に昇ろうとする生徒が来るのを待ち、タイミングよくツルギをぶつからせ、埋蔵武器をどこで見つけたのかを聞き出し、その答えによって自分の求める最高ランクの盾のある場所の目途を立てる。
それからは、それがあるところまで誘導して──。
「ツルギぃぃいいい!!」
俺は叫けぶ。
あの生徒を一撃で倒せるような、そんな夢のような武器を持っている彼の名前を。
「待ってました! 行くよ刀君!」
呼応し。
天井を蹴破り、ツルギは両手で「長すぎる刀」、「剣」最高クラスのその剣を振り翳す。
その突然の行動に、生徒は一瞬頭を上げた。
しかしもう遅い。
「剣」最高クラスの能力は、「攻撃力100倍化」。
その光り輝く刀身は、生徒の体を一閃した。
かくして、俺達は高校二年生へと進級したのだった。
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