piece 7
♪ 甘いのも 苦いのも グルグル混ざり合ったチョコレート 眩しい日々にとけだした色 僕ら忘れないよ ♪
歌い切った後に、一瞬の静寂。そして拍手が波のように押し寄せた。本当にここまで登って来たのだな、という実感が心にじわじわと染み渡っていく。ずっと忘れていた、あたたかい感覚がよみがえって来た。
俺がそんな気持ちに浸っていると、Sはマイクを確認して、一歩前に踏み出した。観客は何かを察したようで、また元の静寂が訪れる。
「皆の前で、伝えたいことがあるの。聞いて」
それはお願い、と言うよりはSの揺るがない意志を表しているように思えた。
「私は、一か月くらい前から、Nと『magnet』として活動してきた。それは、この『デュオ・エッセンス』という大会に出場するため。ここで一位を獲りたいと思って、Nと『magnet』というユニットを組んだの」
彼女は少しうつむいた後、何かを決意したようにまっすぐに前を見据えた。
「でもやっぱり、Nと歌うのは楽しい。私、こんな性格だから、今まで誰かと一緒にこうやってライブをやったこともほとんどなかったし。誰かと歌うのもつまんないだろうって思ってた。けど、その楽しさを、Nが教えてくれた」
心なしか、Sは少し笑っている気がする。無意識だろうか。
「一回しか言わないわよ」
本当に一回しか言わないから、ちゃんと聞いてよ、と念を押された。すう、と息を吸う音が響き、思いは言葉となり、俺の胸にとけた。
「これからも、私と一緒に歌って?」
Sが俺に伝えようとしていたことは、俺がSに言いたかったことと同じ。それがはっきりと証明されて、俺は嬉しくてたまらなかった。この感情を、喜びを、この先の未来を伝える言葉。それを、俺は知っているじゃないか。
「俺たちが出会ったのは運命、だろ?」
Sは安心したように、そして控えめに喜ぶように、顔をほころばせた。その後、Sはいつもの調子に戻った。
「ええ、そうね。Nが私とアイドルを続けるのも、きっと運命ね」
「だな」
すると、観客側からたくさんの声が飛んできた。
「『magnet』、これからも頑張って!」
「ずっと応援してるから!」
「解散しなくてよかったー!」
「いつも元気もらってるよ! ありがとう!」
それらの言葉に偽りはなく、『magnet』の存続を観客も素直に喜んでくれた。よく見渡してみると中には泣いている人もいて、そこまで応援してもらっていたと思うと、胸が熱くなる。オジサンはもう涙腺が緩いから、その思いを知るだけで泣きそうになってしまうのに。そんな俺を見てSは呆れた口調で言う。
「いい年したオジサンが涙ぐんでるんじゃないわよ、全く」
「そんな事言いながら、Sだって嬉しそうじゃないか」
「べっ、別に、そんなことないわ!」
「照れなくってもいいのになー」
「照れてなんかないわよ!」
バレンタインに結ばれた、新しい色の糸。ステージを後にして、俺はこう思うのだ――――運命というのも悪くない、と。
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