piece 6
「いよいよね」
「ああ」
二月十四日、午後二時五十五分。『デュオ・エッセンス』の結果が発表される。広場には結果を心待ちにしているユニットがいろいろなところで画面とにらみ合っていた。無論、俺たちもその中の一組だ。
俺たちは現実の時間と戦いながら予定を合わせ、できるだけ多くのライブに参加した。言うまでもないが、どれも全力で、必死だった。なんせ、アイドルデビュー一か月の俺がユニットの相手なのだ。俺は、彼女の夢の一つを――それが彼女にとってちっぽけなものであったとしても――一緒に叶えたいと思った。
一昨日の十二時に見たイベントランキングでは、『magnet』は四位だった。なかなかいいラインに来ていると思った。これはいけるのではないか、と思った。あれからたった一日、されど一日。ランキングは予想以上の接戦で、特に上位は一時間ごとに首位が入れ替わっていたから、油断できないし、同時に希望も抱ける。
隣のSは、こぶしをギュッと握りしめている。現実世界でいつも落ち着いているように見える彼女は、こちらの世界だと随分と感情が豊かになるらしい。照れたり、怒ったり、恥ずかしがったり。あっちだとひかえめに笑っていることが多い気がするから、なんだか新鮮で、毎日世界が新しく見えた。
俺はずっと、と言っても数分間ではあるが、こんなことばかりを考えていた。振り返ると、思っていたよりずっと楽しかったし、とても充実していたなと思う。しかし、『デュオ・エッセンス』に参加するという目標が全て終わったら、『magnet』そして俺はいったいどうなるのだろうか。
「結果、出たみたいよ」
Sがそう声をかけてくれた。俺は、知らないうちに随分と思考に没頭していたらしい。
「見ようか」
「ええ」
ライブ前の様に目を合わせて、ごくりとつばを飲みこむ。そしてSはその細い指を画面にのばした。
画面はためらうことなくパッと切り替わり、ランキング画面が表示された。広場にいる善人が目指していた一位の座は――――『magnet』、俺たちのものとなった。
「N! やったよ、私たち」
一位よ、一位、と彼女は興奮しながら言った。
「本当に、信じられない」
「Sががんばったからだろ?」
俺がそう言うと、Sは顔を少し赤らめて、しかしその表情とは反対に強気な言葉を述べた。
「違うでしょ。これは『magnet』が勝ち取ったものなんだから」
赤面させながらもそう言ってくれたことは、かなり俺の励みになった。俺で良かったのだな、と。顔と言葉が一致していない、そんな態度がSらしいな、と思い、思わず笑みがこぼれた。
「さて、今夜のライブの準備しなくちゃ。ほらN、早く!」
彼女は見るからに上機嫌で、まるでねだっていたお菓子を買ってもらえた子供みたいだ。
「はいはい、今行きますから」
「もう、早くしなさい!」
そんな会話から五時間後。二月十四日午後八時、つまるところ、特設ステージでのライブが始まる時間だ。
この衣装も随分と馴染んだな、と感じる。俺は服とかにさして興味はないから、衣装は何でもいいかと言ったら、Nに怒られたのを今でも覚えている。『magnet』はもともとこのイベントに参加するために結成されたユニットだったから、バレンタインらしい衣装になっている。勿論、デザインしたのはSだ。
二人ともチョコレートカラーがベースだ。Sはミントイメージでロリータチックなワンピース。フリルがたくさんついてフワフワしているが、ミントカラーがあるせいか甘すぎず、ウザったい感じはしない。一方、俺はラズベリーイメージでタキシード。タキシードなんて着たことなかったから、最初は抵抗があったな、と思い出して苦笑い。
目を衣装から少し奥に見えるライトに照らされたきらびやかなステージに移すと、本当に一位を獲れたのだな、と改めて感心する。暗い舞台袖からあそこの真ん中に行くのは何度もやったはずなのに、一位という称号を得たからか、今日は少し緊張する。
「私、Nとユニット組んで、この大会に出て、本当に良かった」
唐突に、Sはそんなことを言った。
「多分ね、私がNとこうやってライブするのは運命だったのよ」
「運命、ねえ」
Sにしてはロマンチックなことを言うな、と少し茶化したのだが、いつものように慌てる様子はない。
「別に、私だってそれくらい言うわ。ていうか、黙って聞いてなさいよ。珍しく感謝してるんだから」
暗くて、表情はあまりわからない。
「その、ここまで一緒に来てくれて、あ、ありがと」
けれど語尾が小さくなっているから、大方柄でもないことを言っている自覚があって照れているんだろう。
「えー、何言ってるか聞こえなかったなー」
「もう絶対言ってやらない!」
「冗談だってば」
こんな風に笑いあっていると、幸せと言うものを感じる。もうオジサンだっていうのに、Sといることが楽しくて仕方がない。
「『magnet』って、奇跡みたいだけど、運命なのよ。きっと」
Sは、その意味をかみしめるようにそっとつぶやいた。
確かに、運命だったのかもしれない。休日のカラオケ店から始まり、アルバイトの子に急に誘われ、喫茶店で必死に頭を下げられて。今はアイドルというものに少しずつ慣れてしまったから、それらがずっと昔のことのように思えて、ちょっと懐かしい。
「そうだな」
「……って、またマイク入ってる!?」
「あららー」
「何があらら、よ! 早く切りなさいってば!」
「はいはい、わかってますよ」
すでに日常の一部となったことが今日で終わってしまうのだとしたら寂しい。名残惜しい。
「N、どうかした?」
「いーや、なんでも」
「あ、そ」
Sは何事も無かったかのような顔で少し先を歩き出した。彼女とこんな活動ができて本当に良かった、と心から思える日がある。それで十分じゃないか、と自分に言い聞かせ、俺はゆっくりと踏み出した。さあ、ライブの始まりだ。
ありがとうございました(*´ω`)




