piece 4
まあ、なんやかんやあって、俺たちがユニットを組んでから三週間余りが経った。新井ちゃんもといSに、歌唱スキルに関しては心配していないから、実践を重ねていこうと言われ、小規模ライブへの参加を繰り返していた。その成果があったらしく、俺たちのユニット『magnet』は順調に名を伸ばしていった。塵も積もれば山となる、とはまさにこのこと。今日も今日とて、ライブに参戦だ。
そういう風に過ごしてきた日々の中で、Sについて少なからず理解したことがあった。肩の少し上でまっすぐに切りそろえられている黒髪が綺麗で、小顔なのに目はぱっちり。体格は俺と正反対と言っても過言ではないくらい華奢で小柄。要するに、普通にかわいい。しかし、ライブ中の体力はしっかりとついていて、どこからそのエネルギーがやって来るのだろうかと未だに不思議に思う。Sは歌い方を曲によって変えているため、その変声術がファンの人気ポイントの一つだと、『セカンドモード』に詳しい知人が教えてくれた。かわいい系、ロック系、ギャグ系、バラード系など、何でもできる。感心するとともに、俺が足を引っ張ってはいけないとプレッシャーを感じる。それでも、一度やると決めたことは責任をもってやり抜こうと、俺は必死に努力している真っ最中だ。それから、Sはいわゆるツンデレ系アイドルだというのもわかった。前述したように、Sはチートかと疑ってしまうほど何でも上手くできる。正直、これだけの実力があるなら、トップ30くらいにランクインしていてもいいのではないかと考えることもある。しかしながら月間人気ランキングの順位がそこまで上がっていないのは、多分ツンとデレの割合が9:1だからだと俺は勝手に思っている。
「ねえN、あなた失礼なこと考えてるでしょ」
「え、そんなことないよ」
「嘘吐き」
Sはあざとく頬を膨らませ、ぷいっと顔をそむけてしまった。
俺も自分の所属するユニットの評価は気になるから、ついエゴサーチしてしまうことがある。ファンによると、Sのツンデレ――といっても主にツンだが――と、それをなだめるちょっとヘタレなおじさんNのやりとりが癒される、とのこと。オジサンにはその感覚がちょっとよくわからない。
「悪かったって。どうしたらもっと人気になれるかなって、俺なりに考えてたの」
「……本当に?」
「ああ、もちろん。Sがもうちょっと素直になったら可愛いだろうなーって」
「……もう知らない」
「じょ、冗談だよ、S。そうむくれるなって。せっかくのライブなのに綺麗な顔が台無しだろ?」
そう発した直後、Sの顔は見る見るうちに紅く染まって、まるでゆでだこみたいになった。口元はあわあわと少し動いていて、彼女の思考回路が相当乱れていることがうかがえる。
「そっ、そんなことっ、当たり前でしょ!」
小さな手で一生懸命パタパタと仰いで、顔の熱を逃がそうとしている。あまり効果はないだろうな、なんて思いつつ、俺はSが落ち着くのを待った。
「全く、キザな奴ね。……って、マイクオンになってるじゃない!?」
「あららー、本当だ」
「もうっ、早く切りなさいよ、Nの馬鹿!」
「はいはい」
焦るSと反対に、俺は子供をなだめるように笑った。
何故だかわからないが、ライブ前にマイクがオンになっていて、俺たちの会話が会場中に響き渡ることが多々ある。いや、ほぼ毎回か。最初こそ俺のミスだったものの、今となってはSが意図的にやっているのか、それともスタッフが勝手に仕組んでいるのか、なんだかもうとりあえずよくわからない。真相は闇の中だ。
そんな風にして約一か月の間、Sと一緒にアイドルとして活動してきた。最初は戸惑ったが、今となっては一人カラオケよりずっと楽しい。誰かと歌うことがこんなに楽しく、心地よく、素晴らしいものだとは知らなかった。
そして二月一日、いよいよ『デュオ・エッセンス』が始まる。ここからが、俺たちの本番だ。二人はお互いの目を確認し合った後、マイクを持ちステージに向かって歩き出した。
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