piece 3
「これで吉村さんの初期設定は終わりです」
「はあ、これでいいのか。不思議なもんだな」
ゲームを遊ぶのに必要なデータの入力、歌唱テストは思っていたよりずっと早く終わった。やはり最新技術はすごいんだなと改めて思う。
「ちなみに、どんな感じになりましたか?」
「ああ、見るか?」
登録時にもらったカードを機械にかざすと、マイページのようなものが映し出された。新井ちゃんは慣れた手つきでそれを操作する。
「吉村さん、見た目はそんなに変わらないですね」
「まあな。あっちの世界でイケメンになったところでこっちの俺が変われるわけじゃないし、特に希望もなかったから別にそのままでいいかなって思ってさ」
「あ、あごの髭もそのままだ。吉村さんらしくて良いですね」
クスクスと笑われたときは小ばかにされているのかと不安になったが、新井ちゃんがやっぱりこの人で良かったとつぶやいたのが聞こえて、ほっとした。
「名前はN、ですか」
「まずかったか?」
「いえいえ。私の名前、Sっていうんです。だから似ているなって、ちょっと嬉しくなって」
やわらかい笑みを浮かべる新井ちゃん。それは36歳のオジサンに見せる表情とはとても思えなかった。
「次は、ユニットの結成ですね。ユニット名は何がいいですかね」
二人とも、あごに手を当てて黙り込んだ。しばらくして、俺は単純な脳みそで一つのアイデアを導き出した。
「『magnet(マグネット)』ってのはどうだ?」
「『magnet』……SとNで磁石だからですか?」
「ご名答」
「いいですね。なんだか、運命に引き寄せられたみたい」
ロマンチックじゃないですか、と新井ちゃんの声は楽しそうに弾む。
「そういえば、なんで急にユニットを組もうと思ったんだ?」
「あ、まだ話してませんでしたね。実はこの大会にエントリーするためなんです」
そういって新井ちゃんは操作画面を見せるように、少し横にずれてくれた。見たところ、詳細はだいたいこんな感じだった。
『デュオ・エッセンス』。男女デュエット限定アイドルユニットコンテスト。年に一度行われるバレンタインイベント。二月一日から二月十三日までに獲得した累計ファンポイントで一位を決める。結果発表は二月十四日午後三時。十二月十二日の十二時までは一時間ごとに出場ユニットの獲得ポイントランキングが確認できる。一位になったユニットは、二月十四日午後八時からバレンタインライブを特設会場で行うことができる。
「なるほど、バレンタインイベントね」
「そうなんです。割と沢山の方からお誘いを受けたんですけど、合いそうな人がいなくて」
ゲーム内にはファンによる応援ポイントの制度があり、それをもとにアイドルの人気度ランキングトップ100が月に一度発表されているらしい。そのランキングで上位になった人ほど、大会の誘いを受ける数も多いのだという。
「いっぱいお誘いを受ける人気者の新井ちゃんはどれくらいなの?」
「そんな、人気者なんかじゃないですよ。私は、十二月一日が83位、一月一日が68位でした」
正直、そんなにすごいプレイヤーだとは思いもしなかった。本当に俺で良かったのかと聞いてみたが、新井ちゃんは笑顔ではいと答えるばかりだ。
話しながらも作業は着々と進めていたようで、十分もしないうちにエントリーは終わった。新井ちゃんは本当に手際が良くてうらやましい。きっと仕事も上手くやっていけるタイプなんだろうな、なんて考えてしまう。
「改めて、これからよろしくお願いしますね。吉村さん」
「ああ、よろしく頼むよ。新井ちゃん」
こうして俺のVRアイドル生活は始まった。
ありがとうございました( *´艸`)




