中 小名浜にようこそ!
「両舷微速!入港準備!ソナーを使って水深を測りながら進みなさい!」
わたしが指示を出し、陽炎はスルスルとスクリュー回転数を落としていく。
ここまでの間、セシャトさんはずっと艦橋にいたままだった。
そのセシャトさんのほうを向いて敬礼する。
「間もなく岸壁に着岸いたします。揺れる場合がございますので、お近くのものにおつかまりください。」
「わかりました。ありがとうございます。陽炎さんも、お世話になりました。」
セシャトさんが、わたしたちのほうを向いてお辞儀をする。
「みんな、あとのことは任せたよ。」
『はい!行ってらっしゃい!』
みんなに艦を任せると、わたしと永信はセシャトさんを案内して桟橋に降りた。
「うわあ。これは壮観ですね。」
セシャトさんが港内を見て歓声を上げる。
(当然だよ。)
わたしは周りを見回した。そこには、海を埋め尽くさんばかりの艦船がその身を寄せ合っている。
ボーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!
汽笛の音色とともに、巨大な二隻の戦艦が入港してきた。大艦巨砲主義の権化のようなこの艦の名は、大和型戦艦「大和」、「武蔵」という。
その後ろに続く小ぶりで武装してない三隻の艦は、今回の企画にとってとーっても大事な給料艦「間宮」、「伊良湖」、「野崎」だ。
岸壁の近くの広場にたくさん並べられたたくさんのテーブル。その奥に見える司令部専用のテントに向かって進む。
「ここがパーティー会場ですか。楽しみです!」
司令部のテントの中には、たくさんの来賓の方、自衛隊の制服に身を包んだ自衛隊関係者の方々。
その中に、見慣れた顔を見つけた。旧海軍の下士官用第二種軍装に赤っぽいショートカットの髪の毛とワインレッドの眼鏡。
「みやび。」
声をかけると、みやびはすぐにこっちを見た。
「あ、実~ 。セシャトさんのお迎えお疲れ。」
『みやび、信さんとヤスにい、ハル姉はどこにいるかわかる?』
次の瞬間、わたしたちの後ろから。声が聞こえた。
「実、わたしならここだよ。」
「ハル姉!」
わたしの後ろに、海軍の士官用第二種軍装を着用し、短剣を佩用した女の人が立っていた。この人が、わたしの尊敬する凄腕搭乗員で、永信の兄の彼女の山ノ井春音―ハル姉だ。
ハル姉がセシャトさんのほうを向いて敬礼する。
「ご来賓のセシャト閣下ですね?お席にご案内いたします。」
ハル姉がセシャトさんの前に立って案内を始めた。わたしと永信は、そのあとについていく。
やがて、テントの中の一番の上座にあるセシャトさんの席に着いた。
「こんないい席をいいんですか?」
丁寧に作られ、質素だが手の込んだ彫刻がなされた椅子を見て、セシャトさんが目を丸くする。
「艦隊司令より、閣下は元帥相当官として扱うよう内示が出されております故。」
その時、ハル姉と同じ海軍の第二種軍装に身を包んだ男の人が入ってきた。セシャトさんを見て敬礼する。
「セシャト閣下。お初にお目にかかります。桑折航空隊神崎中隊隊長、神崎保信です。以後お見知りおきを。」
さらに続けた。
「今回は、スイーツバイキングとなっております。お好きなお菓子をおとりになられて、お食べください。」
「ありがとうございます。甘いものは大好きなんですよ。」
セシャトさんが嬉々としてほかのテーブルのほうに向かう。
その姿は、人垣の中に消えてった。
目に入るのは、たくさんのテーブル。それぞれに、美味しそうなスイーツが載せられている。
「どれから食べましょうかね。まずは軽めにしましょうか。」
そう言いながら歩くセシャト。その時、セシャトの目に、とある看板が映った。
「『間宮羊羹』・・・・・・・ですか。いいですね。いとど食べてみたかったんです!」
嬉々として、看板の示すほうへと向かうセシャト。やがて、人垣が途切れ、目の前に一隻の艦が現れた。
戦艦や空母、巡洋艦、駆逐艦にみられる精強さはこの艦にはない。
その代わり、武装を積まない故のすっきりした艦形と石炭炊きボイラーならではの高い煙突が美しかった。
「お、姉ちゃん別嬪さんやな。」
不意に頭上から聞こえた声に、セシャトが顔を上げる。
そこには、旧帝国海軍の第三種軍装に身を包み、戦闘帽をかぶった男がいた。
歳はセシャトと同じくらいだろうか。よく焼けて黒くなった肌にくりくりッとした大きな目、二ッと笑った口から除く白い歯が印象的だった。
「あなたは・・・・・・・?」
セシャトが問うた。男が二ッと笑う。
「俺は旧大日本帝国海軍永井宜民中尉。この給糧艦『間宮』にとり憑いている幽霊や。」
「ゆっ、幽霊!?」
目を丸くして一歩下がろうとするセシャトを宜民が慌てて引き止める。
「怖がらんといてや。俺は別になんもせんし、ただこのフネに住み着いてるだけやし。」
「そ、そうなんですか・・・・・・・・」
「せや。」
宜民はうなずくと、セシャトのすぐそばに降り立った。
「これも何かの縁やし、一緒にお茶でもせえへんか?」
宜民に言われるまま、セシャトはうなずいていた。
「まったく・・・・・・・宜民さんったら、どこに行ってるのかな・・・・・・」
小名浜港に係留中の旧大日本帝国海軍給糧艦「間宮」の艦内。一人の少女が廊下を歩いていた。
流れるような黒髪に、身にまとった旧大日本帝国海軍の士官用第二種軍装。その鳶色の瞳は純粋で、きらきらと輝いていた。
この少女が、「間宮」の艦魂の間宮だ。
「間宮さん、お疲れ様です。」
すれ違った艦魂が間宮に声をかける。
「あ、伊良湖。宜民さん見なかった?」
伊良湖は、ちょっと考えると、口を開いた。
「宜民さんだったら、さっき見知らぬ女の人と話してましたよ。この後艦内でお茶するって・・・・・・・・」
「なんですってぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
間宮が頭を抱えて叫ぶ。
「宜民さんが浮気!?わたしがいるのに!」
その様子を見ながら、伊良湖はひそかににやける。
(間宮さん、ほんとに宜民さんのこと好きなんだな。)
「とにかくっ!すぐに宜民さんを見つけてごうも・・・・・・・じゃなくて質問よ!伊良湖、あなたも手伝いなさい!」
「わたしもですか!?」
「いいから行くわよ!出撃!」
「ちょっ!待ってください!」
今日も騒がしい間宮であった。
「ほう、ここがセシャトさんに用意された席かぁ。さすが元帥相当官、立派なもんやなぁ。」
宜民がセシャトの席を見て目を丸くする。
「『大和』の長官室も豪華って聞いたけど、それよりもいいヤツやないか!」
「ふふふ、うれしいことを言ってくれますねえ。」
次の瞬間、二人の間を切り裂くかのように白刃がきらめいた。
「てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッっ!」
気合のこもった声とともに、右手に抜刀した軍刀を構えた間宮が着地する。
「うわぁぁぁぁぁ!!遅かった!」
伊良湖が急いでやってくると、間宮の手から軍刀を奪い、鞘に戻した。
「宜民さん!浮気はだめです!」
「誰が浮気なんかするかっ!」
すごい剣幕で詰め寄る間宮に対し、宜民が叫ぶ。
「宜民さんはわたしだけのものです!他の女になんか渡しません!」
そういってセシャトをにらむ間宮。どこかで聞きつけたのか、実たち神崎戦闘隊のメンバーも集まってくる。
伊良湖がセシャトの方によると、頭を下げた。
「うちの間宮さんがご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした!」
「は、はい・・・・・・・・・・」
まだ少し混乱しているセシャト。
「間宮ァァァァァァァァ!またお前かァァァァァァァァァァ!」
そう言いながら人混みをかき分けてやってきたのは、連合艦隊付属の間宮の直属の上司である戦艦「大和」艦魂の大和だ。
「今日という今日はもう我慢できん!これからいっぱい愛でてやるぞ!」
大和が息を荒くし、よだれを垂らしながら言う。
そう、大和は、普段はクールでとても頼れるのだが、かわいいものに目がない変態なのである。
「あっ、長官、やめっ!この体は宜民さんだけのもの・・・・・・・・・きゃぁぁぁぁぁ!」
大和に拉致されてしまった哀れな間宮。
「早く間宮さんを長官の魔の手から解放するのよ!」
「長官!連合艦隊旗艦たるものがそのようなことをしてよいとお思いですか!?」
数人の駆逐艦艦魂たちが大和を追いかけていく。
「本当にすみません、こんなことになって。」
保信が駆け寄ってくると、セシャトに向かって頭を下げた。
「いえいえ、元気で楽しそうな職場ですね。」
セシャトは笑って手を振る。
「ならよかったです。」
保信が笑いながら言ったその瞬間・・・・・・・・
「ごふっ!」
「うわぁ!」
遠くから聞こえてきた間宮と大和の声。
「え!?何でしょうか。」
「やれやれ。またか」
驚くセシャトと、ため息をつく保信だった。