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上 駆逐艦「陽炎」がお迎えします!

「艦隊の全艦に下令!出港準備!錨鎖詰め方!」

 広島県呉港に停泊中の駆逐艦「陽炎」艦橋。わたし―駆逐艦「陽炎」艦長兼第十四駆逐隊司令の初霜実は、隣にいる私の親友、神崎永信のほうを見て指示を出した。

「了解!出港準備ぃ!錨鎖詰め方――!」

 永信が伝声管に向かって叫ぶ。

 ガリガリガリガリ・・・・・・

 ゴォォォォォォォォォォ・・・

 バタバタバタバタ・・・・・・

 艦の底から聞こえてくる主機関の音、強力なウィンチが海中深くから錨を引き上げる音。フネの中は一瞬で忙しくなる。

「主罐、主機関、正常に作動しております!」

 艦橋内に入ってきた機関長の三机伊織ちゃんが敬礼して述べる。

「舵のききもばっちりです!」

わたしはうなずくと、さらに指示を出した。、

「両舷前進微速!呉港出港!信号旗で後の四隻にも指示を出しなさい!」

「了解!」

 ボーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 呉港第五桟橋に停泊していた五隻の駆逐艦の汽笛が一斉に鳴り響く。

 グオォォォォォォォォォォ・・・・・・・・・・・!

 主機関の回転数が上がる音とともに、陽炎は呉港を出港した。

先頭は旗艦のみが掲げることを許される八条旭日旗を掲げた我が「陽炎」。後ろに同じ第十四駆逐隊の僚艦でもある峯風型駆逐艦「汐風」、「沼風」、陽炎型駆逐艦「野分」、島風型駆逐艦「島風」が続く。

各艦のマストには軍艦旗である十六条旭日旗が潮風にへんぽんと翻り、各艦は駆逐艦ならではの速力でぐんぐんと進んでいく。

 グオオオオオオオン、グオオオオオオオン

 陽炎型が三基装備する12,7センチ連装砲が旋回を始めた。

旋回の次は、仰角を付けては戻す動作を繰り返す。

 これは、出港時に必ず行う主砲の動作確認だ。

 ピッ!

《こちら「陽炎」砲術長永野美月。主砲、対空機銃、問題なく作動するよ!》

 陽炎の砲術長でわたしと同い年の美月の声がインカムから聞こえてきた。

「ありがと。今回は日本領海内の航行、および任務は賓客警護だから出番はないと思うけど、気は抜かないでね。」

《わかってるって!一大事となれば存分に暴れさせてもらうけどね。》

 美月は笑うと、インカムを切った。

 瀬戸内海の海は波も穏やかで、日差しもある。絶好の航海日和だ。

 わたしは前方―特にちょくちょく前を横切る漁船―に注意しながら、目的地までの操艦任務を始めた。






 瀬戸内海に臨むとある港町。その一角に、古書店「ふしぎのくに」がある。その名の通りどこか不思議な雰囲気を漂わせるこの店の中で、一人の女性が旅支度をしていた。

「ふふふ、こんなお誘いは初めてですね。楽しみです。」

 歳は、二十歳ちょっとすぎくらいだろうか。少し色が濃い肌にエメラルドグリーンの瞳、そして、流れるような銀髪。白いブラウスに灰色のシックなジャケットとひざ丈のタイトスカートを身に着けていた。

彼女こそが、この古書店「ふしぎのくに」店主のセシャトである。

「♪~」

 鼻歌を歌いながらいろいろなものを革製の旅行鞄の中に詰めていくセシャト。かなり楽しそうだ。

 ボーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 セシャトの耳に、かすかに汽笛の音が聞こえた。ハッと顔を上げて窓の外を見るセシャト。ふしぎのくには高台にあり、眼下の港がよく見える。

 その港に、五隻の駆逐艦が入港してくるのが見えた。マストには、旭日旗と「交戦ノ意思ナシ」を意味する白旗が掲げられている。

 旧帝国海軍の駆逐艦は、艦側面にカタカナで艦名を書いていることが多い。先頭の艦は「カゲロフ(かげろう)」、二番目には「ノワキ」、三番目は「シマカゼ」、四番目が「ヌマカゼ」五番目が「シホカゼ」。各艦にはこう記されていた。

「どうやら・・・・・・・・」

 セシャトが手元の手紙に目を走らせると、カバンをもって立ち上がる。

「お迎えが来たようですね。」

 そのまま靴を履いて外に出たセシャトは、戸締りをしっかりすると店の前の急な階段を下り始めた。








 タンタンタンタンタンタン・・・・・・・・

 わたしと永信を乗せた内火艇は、こぎみよいエンジン音を響かせながら岸壁に近づいていく。

 カツン・・・・・・・・

 少しの衝撃とともに岸壁に横付けされた内火艇から降りると、そこには銀髪を腰まで伸ばした美しい女性がいた。

 そちらに近づき、海軍式の敬礼をする。

「セシャト様ですね?お待たせいたしました。今回あなたを会場までお送りいたします駆逐艦『陽炎』艦長の初霜実です。お迎えに上がりました。」

 永信も同じように敬礼する。

「同じく、副長の神崎永信です。」

 セシャトさんが両の掌を重ねてゆっくりとお辞儀する。

「古書店『ふしぎのくに』店主のセシャトと申します。今回は、お誘いいただきありがとうございます。よろしくお願いしますね。」

「では、陽炎までご案内いたします。」

「はい!」

 セシャトさんを内火艇の士官室に招き入れると、セシャトさんは興味深そうに周りを見回した。

「こうなってるんですね。なかなかいい雰囲気です。」

「一分ほどで『陽炎』に到着いたします。揺れる場合がございますのでご注意ください。」

 永信がそういうと、そっと席を立って、操縦室に移動していった。

 トトトトトトトトトトトトッ

 エンジンが勢いよくスクリューを回し、内火艇は岸壁を離れる。

 一分ほどで、「陽炎」に到着。セシャトさんを案内して舷梯を登る。と、目の前にぽわッとした光が現れた。その中から、一人の女の子が出てくる。

「ほほー、この人が今回乗艦なさる要人の方ですか。」

 この女の子がこの駆逐艦「陽炎」そのものだということを、いったい誰が信じるだろうか。

「陽炎。今は出てこないでって言ったじゃない。」

 わたしが小声で言うと、彼女は「てへっ」と舌を出した。

 この子が、駆逐艦「陽炎」艦魂の陽炎だ。艦魂というのは、軍艦に宿る魂で、そのほとんどがうら若き乙女の姿をしているらしい。

そして、それを見ることのできる者はごくごく少数なんだそうだ。

(まったく、わたしが変人扱いされるじゃない)

 そう思った時、後ろからセシャトさんの声がした。

「はい、そうです。よろしくお願いしますね。」

「え!?」

 後ろを振り向くと、セシャトさんの視線はしっかりと陽炎のほうに向いていた。

「も、もしかして、わたしが見えるの?」

 陽炎も、目をぱちぱちさせたり、手でゴシゴシとこすったりしている。

「はい。わたしはあなたのような人ではないものも見えます。あなたが、よく聞く艦魂というものですか。見るのは初めてですね。」

(まさか・・・・・・・)

 セシャトさんも見える人だとは思わなかった。でも、同士が見つかってめっちゃうれしい!

「セシャトさん!一緒に艦内見学でもしませんか?」

 陽炎もすっかり心を許したようで、セシャトさんにギュッと抱き着いてる。

「いいですねぇ。一緒に行きましょう。」

 もうすっかり仲良しだ。

「では、悪いですがわたしは陽炎ちゃんと艦内見学をしたいと思いますので、実さんは任務に戻ってください。」

 セシャトさんに言われるままに艦橋に戻ると、もうすでに内火艇の収容を終えた永信が先に「出港準備」の命令を下していた。艦長不在、または戦死の時に副長が代わりに命令することは、たいして珍しくもない。

 永信から引き継いで、さらに出港準備を進める。

 やがて、すべての艦のマストに「出港準備ヨシ」の信号旗が揚がった。

 すうっと息を吸い込み、命令を下す。

「艦隊に連絡!全艦出港せよ!速度は陽炎に合わせよ!陽炎、両舷前進微速!」

「両舷前進微速!」

 すかさず永信が伝声管に向かって復唱する。

 ボーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 五隻の駆逐艦の汽笛が港内に響き、『陽炎』を先頭に艦隊が動き出した。

「目的地、小名浜港!対潜、洋上、対空警戒を厳となせ!一応要人を乗せてるから、念のため。」

 そこまで発令した時、艦橋に入ってくる足音が聞こえた。

「皆さん、お上手ですね、こんな風に船は動かされるんですね。」

「セ、セシャトさん!」

 永信が後ろを振り向いて叫ぶ。

「え!?」

 振り向くと、そこには陽炎と手をつないだセシャトさんがいた。

「どうぞ、お構いなく。わたしはここで見せてもらいますので。」

 セシャトさんがふわっと笑って言う。

「永信、セシャトさんに席を用意して。」

「了解。こちらにどうぞ。」

 永信がセシャトさんを艦橋内で唯一空いてる席に導く。実はここ、艦隊司令の席だ。わたしたちの所属する部隊の最高指揮官である信さんからは「セシャトさんは元帥相当の地位だと思うように」とのお達しが出てるから。

 艦隊が完全に港を出たところで、わたしはさらに指示を出した。

「取り舵いっぱい!両舷、第三船速!」

「取り舵いっぱぁい!両舷第三船速!」

 永信が復唱し、駆逐艦たちはぐんぐんとそのスピードを上げていく。

(このスピードこそ、駆逐艦の命・・・・・・・・・・!)

 駆逐艦は、その快足をもって敵艦に素早く肉薄し、必殺の魚雷を打ち込むための艦だ。

(そして・・・・・・・・)

 今回はこの船速をもってセシャトさんを一刻も早く小名浜港まで送り届ける!

 艦隊は瀬戸内海から太平洋に飛び出すと、一路福島県は小名浜港に向かって波を切り始めた。

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