爽快な刺激
いつも夏になると太鼓と笛の音が聞こえる。
汗だくになって神輿を担ぐ男たち
今年はおれの番だ。
一本の電話で一気に目が覚めた。「大森様。いまお時間大丈夫でしょうか?最終選考の合否の連絡です。おめでとうございます。合格です。」「よっっしゃあああ」ガッツポーズを取る。第一志望の建設会社の社内SEの合格通知だった。採用担当者の言葉が続いた。「弊社は大森様のプログラミング能力だけではなくコミュニケーション能力の高さを評価しました。まだ内定ではありません。大森様はインターンシップにも参加されておりますが、懇親会などで弊社のことをもっと知っていただいてから内定を受託して下さい」興奮のあまり応対の声が大きくなる。この会社は修士1年の時に高倍率を勝ち取って1ヶ月間インターンシップに参加して社内の雰囲気と人間関係の良好さが気に入って応募した会社だ。11時半。会社勤めの恋人の梢にメールをする。「D建設の内定ゲット!!就活戦線から離脱します」12時ジャストに返信が返ってくる。「おめでとう。翼なら大丈夫だと思ったよ。今度の三社祭でお祝いをするね」三社祭は4年に一回行われる地元のお祭だ。大学4年以来帰省していなかったので三社祭はいい帰省の理由だ。めでたいことは続いていく。
就活終了のあいさつをするために研究室に向かう。研究だけではなく英語の勉強の相方だった椎名さんがニンマリする。「椎名さん。D建設の内定ゲットしたよ。」「良いことは続いていくね。私も今度の春から留学する大学の合格通知が今日来たよ。」まだ昼だったので二人で生協でサイダーを買って乾杯をする。麻生教授がサイダーを片手にハイテンションの二人を見つめる。「二人共どうした。まだ昼だぞ。」教授は恐ろしく鈍かった。二人で争うように報告し合う。教授が満面の笑みを浮かべる。「進路が確定したからもう研究をするしかないぞ。今のうちに楽しんでおけ。今日の夕飯は寿司だ。」「回転している寿司ですか?」そんな問に教授は一笑に付す。「学生二人におごるぐらいだから回転していない寿司に決まっているだろうが。そこまで私はケチじゃないぞ。」教授は去り際に「このことは他の学生に言うなよ」と言い残した。椎名さんと二人で「寿司、寿司、お寿司」とリズムを付けて歌っていた。
寿司屋は学生には到底入れないような佇まいだった。光さんと麻生教授が待っていた。光さんがいるだけでほっとする。カウンターではなく畳の席に通される。教授が慣れた様子で注文をしていく。注文した寿司が出来上がるまで漁業の町で育ってきたので水槽の中で見知った魚を眺める。寿司はきれいに作られていた。食べるのがもったいないほどだ。椎名さんは幸せそうに頬張っていく。光さんが「留学したらしばらく日本由来のお寿司は食べられないからいっぱい食べてね。」椎名さんに続いて寿司を口に入れる。「教授!!美味しいです身に染み入ります。」「大森はいつも奢りガイがあるな。次は修士論文を完成させて修士号を授与した時に焼肉だな。」教授は俺の好物を把握している。学部4年のときからの付き合いだから3年になる。不夜城の麻生泰臣研を乗り切ったことに驚かれるが、俺はこの先生が好きだ。戦友の椎名さんの存在も大きい。緑茶をゆっくり飲みながら残りの学生時代のことを考えていく。
7月の三連休に実家に帰省した。帰省直後に仏壇に手を合わせ、墓参りをする。メールでしかやり取りをしていなかった旧友に会い、昼間からビールを飲む。その事を母にたしなめられるが息子が久しぶりに帰省してきて嬉しいらしい。じいちゃんが「翼がD建設に就職した。」と会う人全てに報告する。驚きの声が多い。高校3年で理転してから学年ビリだった孫が国立大学の院に進学して東証一部上場の会社に内定をもらったのはからかいとヒガミを受けた。大森家は教師一族なので一般企業に就職することは肩身が狭かった。
高校時代の友人から「翼、神輿の担ぎ手をやるよな」と言われる。「もちろん。そのために帰省したんだぞ。」法被は事前にメールで頼んでいた。紺青の法被。子供の時からずっと憧れていた。野球をやめてからも癖っ毛を扱うのが面倒で坊主一歩手前の頭に鉢巻を付ける。「翼、おかえり」一番聞きたかった声が聴こえる。遠藤梢だった。梢は俺と同じデザインの法被を着て青と金が混じった鉢巻を着けていた。紅く引かれたアイライナーと派手なアイシャドウがお祭り仕様だ。長い髪はアップにセットされていた。いつもはナチュラルメイクしかしていない梢の祭り仕様は色っぽかった。梢は太鼓を叩く。太鼓のリズムに任せて神輿を担いでいく。「舞だ。前だ」叫び続ける。じいちゃんの笛の音を先導にして神輿が神が召されている神社へと神輿を進めていく。三角点の頂点に配されている三基の神輿が中央の一つの神社に集まる。あたりが暗くなる。神官が神輿に御霊を入れる。神官の祝詞が響き渡る。神々しい。光が差していく。「回せ、回せ」といって神輿を行きとは逆の道を通って背負っていく。母なる神社に神輿がつくと、太鼓と笛の音が祭りの終わりを告げた。
「翼、おつかれ」梢がビールの缶を片手に隣りに座る。「乾杯」一気に飲み干す。「翼、遅くなったけど内定祝い。」革製のキーホルダーだった。鍵が一つ着いていた。「私のマンションの鍵だよ。」そっと梢がつぶやく。ビールの次には梢と高校時代と一緒に飲んだラムネを飲む。爽快な炭酸の刺激だった。FIN.
書きたかった大森君主人公話です。
三社祭は筆者の住んでいる街の祭りです。
大森くんは漁師町出身なので大漁旗を使うのも良かったかもしれません・・・。
麻生教授が知世さんと大森君を寿司屋でおごっていますが
私の卒業祝いの卒研担当教員による出来事がモデルです。
BGM:ポルノグラフィティ ALL TIME SINGLES 2
歯が痛む暑苦しい夏の夜
2017/8/5
長谷川真美