異世界召喚された俺は”死蠅の魔王”と呼ばれるようです。
俺、双海成美は大学受験を控えた受験生であった。
“あった”と言うからには当然、今は違う。
十八にもなってこんな事を言うのも恥ずかしいのだが、俺は異世界に召喚されてしまったのだ。風邪気味であったのであまり事情は覚えていないのが残念だが、寝ている内に召喚され、王様を自称するおっさんに『YOU! 勇者になっちゃいなよ!』みたいな事を言われた。勿論、意訳だ。本物はもっと人を見下した感じで喋る奴だった。あ、これも過去形になっちゃってる。
さて、“知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず。”と論語にはあるが、勇者って何だよ、って感じだ。何をすれば良いんだよ。俺は本当にただの受験生だったんだぜ? 過去形三連続だ。
じゃあ、今は何をしているのかと言えば、死が蔓延する城下町を王城の最上階から見ている。そして俺は勇者ではなく“死蠅の魔王”と呼ばれている。俺がこの世界に呼ばれてから早くも三か月、王都の人口は俺が召喚された時の一〇分の一に激減していた。なんと、それが俺のせいらしい。
びっくり仰天だ。
俺が現れた日から暫く経って貴族や執事、平民や奴隷を問わず、多くの人間が苦痛を訴えて死んでいった。症状は高熱から始まり、全身の倦怠感、関節痛や筋肉痛、激しい嘔吐に下痢と言った物が初期症状として現れ、体力が低下した所でその他の病状が発症して死ぬようだ。
勿論、俺にそんな病魔を振り向く能力はなく、魔王なんて呼ばれるのは心外だ。
しかし俺のせいと言うのはある意味で正しい。あながち間違いではないのだ。
何故なら、この症状は“流行性感冒”“急性感染症”“スペイン風邪”――“インフルエンザ”に多く見られる物であり、俺が召喚された時、まさにA型インフルエンザが市内で大流行していたのだから間違いないだろう。
日本でも猛威を揮っているインフルエンザであるが、日本人が思っている以上にインフルエンザは危険な感染症だ。世界中で何万人と言う人間が亡くなっている。学校を休んでベッドの上で寝転がりながら見たニュース番組で言っていたから、まあ、間違いないだろう。
現代医学をもってしてもそうなのだから、五〇〇年くらいは文明が遅れてそうな異世界ならばもっと大流行しても不思議はない。
そもそも、文明が遅れている以前に、こいつらには衛生観念と言う物が微塵もないのだ。
異世界に召喚された四時間後。晩餐会に招待されたのだが、もう、絶句だ。
まず、食事前に手を洗わない。まあ、これ位なら許してやろう。日本にもいる。
信じられない事に、スプーンもフォークもナイフも食卓にはなかった。奴等、肉だろうとサラダだろうと、素手で喰う。手も洗っていないくせに、だ。もう、汚い。マナーとか微塵も存在しない。貴族や王様って言うのはマナーに五月蠅いと思っていたが、多分そう言ったマナーは比較的最近になって出来たんだろう。もう、老いも若いも男も女も、皆が皆、豚の様に喰う。
続けて信じられない事に、奴らは排泄をそんなに汚い物とも思っていない。晩餐会は中庭みたいな場所で行われたのだが、参加者は催すとすっと立ち上がり、ニ三メートル離れた場所で用を足す。流石に召使が布でその様子は隠すのだが、それだけだ。田舎の酔っ払いのおっさんかよ。王様に至っては、椅子から立ち上がると、召使に持って来させたツボに小便させるのだから堪らない。音がうるせーよ。あと、無駄に高そうなツボなのが腹立つ。そんなもんに金欠けるなら、魔法よりも音姫を造れ。TOTOを召喚しろ。
上流階級ですらそうなのだから、中流下流の連中はもっと酷い。
城下町の道は糞尿と鼠と蛆虫のカーニバルで、カップル達は例によって汚い手で毛虱を取り合っているのが当たり前。流石に死体が転がっていると言う事はないが、死体か老人かわからないような奴が裏路地には溢れていて、ゴミ箱とトイレと物置の区別もつかない。腐ってなければ普通に食べるし、腐っていても我慢して食べる。
あ、鼠と蛆虫と言えば、彼等にとって鼠や蠅は食べ物さえあれば勝手に沸いて来ると思っているらしく、駆除しようと言う考えその物がなかったようだ。まあ、そもそもあいつらが病原菌を運んでいるとすら思ってないし、病原体と言う概念自体がない。祈りが足りないとか、信心不足とか言われる。
現代でワクチンとのいたちごっこを繰り広げて進化したインフルエンザウイルスは、まるで耐性のないこの世界の住人には致命的な物だったようだ。 そんな環境であれば、インフルエンザは簡単に蔓延するに決まっている。そして、インフルエンザで体力が落ちれば他の病気も併発する。そうなれば薬もなく、まともな治療方法もないこの世界の人間はお終いだ。簡単に死ぬ。
死体置き場はすぐに溢れ、死体が更なる病魔を呼び、王都は滅びた。
別にこういったことは地球の記録を見ても珍しくない。
インフルエンザのパンデミックはスペイン風邪として世界中を震撼させたし、黒死病と恐れられたペストも有名だろう。なんだかんだ、毎年一つはとんでもない病気が貧困が強い国で発生する。新世界の先住民達は探索者が持ち込んだ病原菌によって大きなダメージを受け、アメリカ大陸は白人の物になった。人によってアフリカに運ばれた牛疫ウイルスはアフリカ史上最も多くの牛を殺し、アフリカの自然環境そのものを書き換えてしまった。
ウイルスって言うのは、環境を変える程の力を持っている。
死体目当てに烏達が森から寄って来ているから、きっとインフルエンザウイルスはもっと広がるだろう。季節が冬なのか、それともそう言う地域なのか、空気は冷たく乾燥している。感染は止められない。
ま、一種のウイルスで一つの種が完全に絶滅すると言う事は中々ありえない。
人類は適当な所で助かるだろう。
死蠅の魔王としては、その様子をゆっくり観察させて貰おうじゃないか。
勇者召喚は計画的に、ってね。
絶対、これと同じネタがなろうには百本はあるよね。