8.最初の授業です
予定の時間になり鍵を開けドアを開く。
その先には正真正銘貴族の家の中に辿り着く。
ドアを閉める際少しだけ開けておくのを忘れない。
こうでもしないと絶対に道に迷ってしまうのだ。
逆に部屋の外から入られる可能性はあるがそもそも空き部屋を使おうと考える人は家にはほとんどいない。
今回は昨日とは違いバッグを持っている。
バッグの中には図書館で調達した資料となる本に雄介から借りたゲーム+その他が詰め込まれている。
家庭教師としての仕事を忘れたわけじゃない。
少し不安を感じてながら廊下を歩く。
一応エリアスからは部屋の目印になるようにとドアを少し開けて隙間をつくっておくとは聞いていた。
だから今俺が不安に感じていることは部屋を見つけることではなく昨日のように人と遭遇するかどうか。
というような不安とは裏腹に壁に飾ってある本を鑑賞しながらゆっくり歩く。
エリアスから事前に普段はこの階を使用する人はいないと聞いているからだ。それならば昨日の人は何なのかということだがあれはどうやら警備員みたいなものらしい。
めっちゃ談笑してたように見えたけどここは彼らの気持ちを尊重しよう。
そうして歩いて少し開いているドアを見つけた。
こうして改めて見てみるとこのドアだけは他のドアよりも少しながら装飾が変えられていて色使いもより丁寧だった。
恐らくお嬢様の部屋のドアだからより丁寧に作ったのではないだろうか。
だがよく見なければ俺は気が付かないので慣れるのに時間を要するとは思う。
周りに人がいないことを確認しドアをそっと引く。
そしてササッと中に入りこれも音が出ないようにそっとドアを閉じる。
一連の作業を終え正面を向くとエリアスがいた。
驚いたのはエリアスが昨日と同じく寝間着のような格好をしていたことだ。
エリアスだってお嬢様なのだからてっきり私服とまでは言わずとも貴族らしい服装はするのかと思っていたのだ。
もしかしてこやつ、私服を持ってないとでも言うまいな?
「やっと来たわね。少し待ったわ」
「あのさ、なんで寝間着なわけ?私服とか持ってないのか」
「持ってるわよ。パーティで着るドレスとかは別の部屋にあるわ」
「………………私服は?」
「さあ、早く始めましょうか。時間がもったいないわ」
俺の質問をスルーし催促してくる。
こ、こいつ逃げやがった!
服類の参考本も持ってきたほうがよかったかもしれん。
「それなら貴方もその服装なに?だっさい寝間着ね」
「これ私服な。こんな格好の寝間着なんかどこ探したってねーよ」
「……………………さあ、早く始めましょう」
「ここまできたら認めろ!お前私服知らねーだろ!」
一応言うと今の俺の服装は決して寝間着では無いので安心してほしい。
つい勢いでツッコんでしまったがこれが魔界の普通なのか?
いや絶対にエリアスが特殊なだけだな。
エリアスがどこから引っ張り出してきたのかこれまた豪華なテーブルを持ってきた。
そして椅子を用意しお互いに座る。
「さあさあ、教えて教えて!」
「…………それじゃ俺がいる世界の地形からいってみようか」
「どうぞ!」
俺はバッグから図書館から借りたテーブルを机に広げる。
「おー凄い綺麗な絵ね」
「そうか?俺が住んでいる星は地球と言って宇宙の中の1つの惑星なんだ」
そう言ってまた別の宇宙の構図が書かれた本を使って説明していく。
「地球には様々な大陸と多数の島があり周りは海に囲まれている。…………ここまで説明して謎言語とかないか?」
ここまできて唐突に思った。
魔界に宇宙やら惑星やらが存在するかどうか。その可能性を考慮していなかった。
エリアスは考える素振りを見せ質問をしてきた。
「暁先生!海とは何ですか?」
「それもか!………ゴホン。えーとな海ってのは塩水が一面に広がっていることを言うんだ。わかるか?」
「あ!もしかしてデルビアのこと!?」
「知らねーよ」
デルビアとは何ですか。魔界の海バージョンですか。
今度連れてけ。
気を取り直して説明続行。
「地球は海と大陸が7:3で存在する。その3割の島の1つが俺の住む国、日本ってわけだ」
「え、ちっさ」
「喧嘩売ってんのか!」
「それでそれで?」
「……この地図で言うとこの島が日本だよ。世界の中でも比較的平和だと言われてる。犯罪はあるけどな」
「本当にゴミクズ並に小さいわね」
「よし表に出ろ。しばいてやる」
小さくて何が悪い!日本には世界にはない唯一誇ってもいいってぐらいに有名なオタク文化がある(本当に誇ってはいけません)。
どこの国にも負けはしない。
「日本は378000k㎡もある!なめんな!」
「へぇ………」
「維持張るなと言いたげなその表情やめろ!」
これ以上この話を持ち出すのは危険だろうか。
それならば文化系統に移ろう。
「日本には様々な文化がある。その中でもポピュラーなのは食文化かな」
「アズワニーラのリゾットやグンラジュアのスフレみたいな料理はあるの?」
「お前は貴族が食べるような料理しか出てこねーのか!」
「いや、私貴族……」
「申し訳ございません」
そうだった。忘れがちだけどエリアスは立派な貴族だった。
それにしても魔界にもリゾットやスフレは存在するのか。
アズワニーラやグンラジュアってどういう食材なのかぜひ見てみたい。
「アズワニーラとグンラジュアって何?」
「アズワニーラはサンジュ湖に生息する大型の甲鱗種ね。この時期はあまり見かけないのだけれど梅雨の時期に入れば大漁で市場もよく賑わうらしいわよ。そしてグンラジュアは」
「ゴメン。もういいや」
エリアスはまだ言い足りなさそうな表情をする。
正直言ってエリアスが言ってることが全然わからなかった。
魔界から見た日本もこんな感じなのだろうか。
「そういうA級グルメもあるにはあるけど日本特有の文化と言えばずばり和風料理!」
「和風料理?」
「旬を大事にして食材そのものの味を生かした料理が多いんだ。見た目も工夫している物も多くて味ももちろん保証するぞ。こんな感じの料理だな」
「ほわぁ……」
そう説明しエリアスに和風料理の写真を見せる。
エリアスはそれら1枚1枚を手にとって感嘆の声を出す。
そのうちの1枚を指差す。
「これは何て言うの?」
「それは寿司と言って酢や塩で味付けした飯を握ってその写真みたいに刺し身を乗せたものだ。巻物や刺し身だけじゃなくいろいろな食材を使うところもあるぞ」
「へー美味しそう。ねぇ、これつくってよ」
「唐突に無理難題押し付けてきましたぜこのお嬢様」
俺は寿司職人ではないのだから寿司なんて握れるわけがない。
そもそも俺自身が料理があまりできない。
ほとんど親に任せっきりだからな。
「………でもまぁ巻物ならつくれなくもない、か?」
「よしつくりましょう!今すぐ!」
「ちょっと待て落ち着け。まずは材料がなければ話にならねーだろ。一応言うと俺は食材を提供するつもりはないからな」
「私を誰だと思ってるの?それくらい用意してみせるわ!」
そういえばエリアスはお嬢様なのだから食材くらい簡単に用意できそうだ。
だがここで問題が発生する。
「酢飯とか魚とかあるのか?」
「酢飯はあるわよ。魚はエビクラゲとアズワニーラがちょうどいいかしら」
「エビクラゲだけなんでそんな日本語風?てかエビなのかクラゲなのかどっちだ!」
「エビクラゲよ」
「知るか!」
というかアズワニーラは魚だったのかサンジュ湖なる湖に生息するというのだからそりゃあ魚なのだろうけど俺のイメージでは怪物しか思い浮かべない。
「海苔や他の食材くらいは………まぁ俺が持ってきてもいいぞ。折角なら本場を食べたいだろうし」
「え、いいの?」
「たーだーし、そっちも準備できる物は準備しろよ?俺は最低限しかできねーからな」
「うん。ありがとう!」
エリアスが満面の笑みでお礼を言ってくる。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
いや可愛いと思っても何も不都合はないのか?ないな。全くない。
なんだかんだ言っててもエリアスは美人だ。
見惚れててもしょうがないと言えよう。特に俺みたいな耐性がない男は特に。
こうして見てるとエリアスが魔族だという事実を忘れそうになる。
あまり先入観て判断してはいけないな。
「どうしたの?暁」
「いや、なんでもないよ。それより明日は朝から行くからな。どうせ暇だし」
「本当に!?やった!」
明日は精一杯エリアスの家庭教師を努めようと思う。
何となくこの少女の笑顔が曇るのは嫌だと思ってしまったから。
という建前のもと雄介と遊ぶ予定をキャンセルできてラッキーというのは俺の本音。
雄介にはいろいろと恨みがあるんでね。
ある女に俺の黒歴史を暴露されたりとか俺から借りた金をいつになっても返さないとかいろいろな恨みがあるのでこれぐらいの意趣返しは許されるはずだ。