4.見返り求む
「俺は宇宙人かなんかか!」
突然、人間かどうか疑いだした少女。
精神的にでもいじめたいのか君は。
「そうじゃなくて。あなた人間界から来たのね?」
「……………………そっちかー」
前提条件が間違っていた。
まずこの少女が人間ではないという可能性を考えていなかったのだ。
というとここは異世界か。よく考えてみればこれはラノベ定番パターンを実践する日が来たのではないだろうか。
異世界に来たときの行動全50パターン、今そのシミュレーションの成果を見せるとき。
少女が続きの言葉を告げる。
「ここは魔界よ。日本人が人間界にしか存在しないのは知ってるのよ。………………なんで号泣してるの」
「俺の50パターンのシミュレーションを返せぇぇぇ!!」
見事に期待を裏切られた。
そうですか魔界ですか。さいですか。
いやちょい待て。異世界の定義は何だ?
俺の住む世界とは別の世界ならば全てが異世界だろう。(混乱中)
それならばこの少女が魔界と言おうが何と言おうが異世界だ!
「そうかここは魔界なのか。それなら種族とかあるのか?」
「うん。例えば私は魔族よ」
「待て落ち着け俺よ。魔族ならまだセーフまだセー……」
「魔族の他には幻民族、紅族とか。でもあなた達人間は魔界の住人全てを悪魔と呼んでいるらしいから関係ないかな」
「アウトぉぉぉ!!」
異世界よりも魔界の色が遥かに濃い!
ケモミミは!?勇者は!?冒険者は!?
まさか全員悪魔だとは思わなかった。一人くらいケモミ……ゴホン、人間がいてもいいと思うんだけど。
「でもなんで日本人が人間だって知ってるんだ?心でも読んだ?」
「読まないわよ。昔の文献にそんなことが書かれていただけ」
読めない(・・・・)ではなく読まない(・・・・)か。
魔界怖ぇ。敵に回したくない。
最初から回すつもりはないけど。
「それで、あなた本当に人間なの?」
身を乗り出して尋ねてくる。
最初はゴミを見る目していたのに今は好奇心旺盛な子供の目をしている。
そんなに珍しいのか人間は。俺は珍獣か。
少し考えて正直に現状を話してみることにした。
「まあな。知らないうちに家の部屋のドアがここに繋がっていたんだよ。もちろん俺は魔界なんて知らないから、無用心に探索していたら道に迷って。そして今に至る」
ここぞとばかりに悪い子ではないですよアピールをする。
決して不法侵入したくてしたわけではない。
手抜きな説明ではあったがそれでも理解したらしい少女が目を輝かせる。
「本当に!?凄い!長年魔界と人間界を繋ぐゲートの研究はされてきたけど今まで成功例は無いのよ。それがまさか人間界に先を越されるなんて。少し見直したわ」
「待て待て待て。少し落ち着け」
「待てが1つ多いわ」
「その指摘は意味わかんねーんだけど!」
少女は酷く興奮しているご様子。
最初の人を見下す冷静さを取り戻してほしい。
いややっぱ取り戻さなくていいや。むしろ困る。
「人間界じゃ魔界の存在なんて知りさえしてないからな。俺たちにとって魔界は、あくまで空想上の世界という認識だよ。まず話したところで信じるやつがいるかどうか怪しい」
「その割には、あなたはすんなり信じたわね」
「ほっとけ。人間界じゃこんな現状だからゲートなんて作れっこない。そんな技術は人間界にはございませんよ」
裏で誰かが作ったとかの可能性はある………のか?あるのかもしれないがゲート、もといどこでもドアがある場所が一般家庭の家の部屋のドアだ。
うちの両親はラノベみたいに凄い機関のお偉いさんではなく普通の主婦とサラリーマンだ。
つまりこれは魔界からの干渉と見るべきではないだろうか。
「お前の家の人がやったんじゃないのか?お前は美少女だけど頭悪そうだから論外として」
「初対面で頭悪い言っちゃう!?」
一時少女はテンションが高かったが頬を染めたかと思うとボソッと何かを言い出す。
「それに、その……美少女っていうのやめてくれない?」
「何言ってんだ。いくら頭悪くても美少女だという事実には変わらないんだからそう謙遜するな。むしろ誇れ」
「どこらへんが!?というか頭悪いが確定事項になってる!」
おかしいな。俺なりに真剣に褒めたつもりだったのに少女はまだ怒る。
面と向かって美少女って言うの結構恥ずかしいんだぞ。
俺の気遣いも知ってほしいもんだ。
「それなら何て呼べと?」
「私にはエリアスという両親から貰った大切な名前があるのよ!あんたと一緒にしないで」
「俺は名前無しの捨て子か」
エリアスと名乗る少女は得意気に言うが名前はあって当然だからな。
それでも自己紹介をされたことには変わりないから俺も自己紹介はする。
「俺は暁だ。よろしく」
「不法侵入してきた犯罪者によろしくと言われ握手を求められるって……どう反応すればいいの」
「突然現実見んじゃね―よ!」
うまく話を逸らせていたかと思い始めた矢先に再び話題を掘り返してきやがった。
この女ぜってーKYだよ。クラスで一人浮いた存在で空気扱いされるタイプだよ。
「冗談は置いておいて。それでさ、人間界のことについて色々教えてくれないかな?本とかでしか存在を知らなくてずっとこの目で見てみたいと思っていたのよ。ね、お願い」
「自分で言うのもあれだが犯罪者に向かって普通頼み事する?」
「いざとなればあなたという存在を抹消すればいいのよ」
「わぁお。めっちゃ物騒」
口では軽く言うが背中の冷や汗が止まらない。
やはりというか薄々気づいてはいたが恐らくエリアスは貴族ではないだろうか。
これだけデカい家に、高級そうな服にこの部屋に置かれている物の質の高さ。
鑑定にあまり詳しくない俺でも一目でかなり高くレアな物だとわかる。
そしてエリアスはその家の貴族令嬢なわけで。そんな彼女が命令をすれば非力な一般男性なぞ瞬殺だろう。
ついぞんざいな態度をとっていたが危ない橋を渡っていたと思う。
「これ俺に拒否権無くね?」
「私だってこんな権力行使みたいなことしたくないわ。だから頼んでいるのよ」
「………なるほどね」
彼女はあまり自分の立場が好きではないと見える。
だからこそ貴族ではなく普通の人(魔族?)として頼み事をしているのだ。
あくまで対等な立場だと分からせるために。
何度も言おう。
俺は不法侵入した身であり犯罪者だ。
権力を使うまでもなく命令ぐらいしてもいいはずだ。
社会的に立場が悪いのは俺なのだから。
そんなことを言っても自分の首を絞めるだけなので口には出さない。バカだなーと思うぐらいは許して。
だからだろうか。少し調子に乗ったのは。
「人間界のことを教えるということか。それはつまり俺に家庭教師になれ、ということだよな」
「へ?あ、そういうことに……なるのかな?」
「家庭教師、それは立派な職業の1つだ。一個人の元へ教育のために出向き一対一で向かい合う。その行為は教師と生徒という単純な形だけではなくコミュニケーションをとり親睦を深めるという素晴らしいものだ。決して楽観視していいものではない、そうだろ?」
「言ってることがよくわからないわ」
「そんな聖職とも言える家庭教師は敬うべきだ。そうだろ?」
「本当に言ってることがわからないわ」
どうやら俺が何を言いたいのかこのご令嬢はわかっていない様子。
フッ、バカだな……。俺が言いたいのは。
「給料は無いのか、てことだ」
「求めている物が醜いわ!」
醜いとはなんだ。当然の権利だぞ。
犯罪者に権利があるのかどうかは置いといて。
「しょうがないわね。用意しておくわ」
「え、いいの?」
「あなたが説得したでしょう。それに言ってることは一理あるしね。頼んだのはこちらなのだから当然よ」
何回目か分からんがもう一度言わせてもらおう。
俺は不法侵入した犯罪者という称号を持っています。
ついでに言うと家主のご令嬢をセクハラもした。
「その代わり、家庭教師としてちゃーんと働いてもらうからね」
「うっ………善処します」
「よろしくね」
俺とエリアスは今度こそ握手を交わす。
こうして犯罪者だった男は家庭教師になった。