浮気の真相
顔をあげた倉木は泣きながら話し出した。
「…全部私が…私が悪いんです!流都先輩は何も悪くありません」
倉木の口から出たのは、意外すぎる言葉だった。
「私、サナン商事に入社して、流都先輩を好きになったんです。
結婚してるのも知ってました。
でも先輩から梓さんの写真見せてもらって…こんな人より私の方がずっとかわいい、流都先輩に相応しいって…。
それで私…気付いたら嫌がらせしてた。
無言電話も手紙も全て私です。
写真は仲の良い同期の子に頼んで撮って貰いました。
それも、私が酔ったフリをして隙をついて勝手にしただけなんです」
突然の告白に、私は戸惑いを隠せなかった。
浮気だと思って、流都さんに裏切られたと思って離婚した私は一体何だったの?
私は怒りで体が震えた。
気付いたら立ち上がって、倉木に平手打ちしていた。
バシッという乾いた音が響いて、倉木の口から血が滴り落ちた。
「落ち着け、梓っ」
流都さんは私を抱き締める形で後ろに下がらせた。
「いいんですっ!
殴られて当然の事を、私はしてしまったんだから…。
受付のコ、私の友達で。
流都先輩の元奥さんが来てるって聞いて。
覚悟を決めて、話したいと言ったんです」
そのイイ子ちゃん態度に更に怒りが増した。
流都さんが押さえていなければ、私は目の前の倉木を殴り倒していたと思う。
「…倉木、ちょっと部屋から出て」
「…はい」
流都さんに言われ、倉木は私に頭を下げて、部屋を出た。
パタパタと走る足音が遠ざかっていく。
「………さい」
「なんだ?よく聞こえない」
「…ごめ…んなさい……」
「倉木なら心配いらない。お前がやらなかったら俺がやって…」
「違う!…私は……」
私は決めつけて、話そうともしなかった。
話せていれば、簡単に解けた誤解だったのに。
「自分だけを責めるのは間違ってるぞ」
「でも私…あなたを信じきれなかった」
「お前が嫌がらせ受けてるの、気付いてやれなかった」
「心配かけたくなかったから、言わなかったの」
「お前が変だったのに気付いていながら、忙しさを理由にちゃんと話も出来なかった」
「あの頃、合併の話が出ていたんでしょ?
休みは唯花と遊んでくれたりしてたから、それだけで十分だったの」
「…俺達、すれ違いばっかだな」
「そうね…」
「でも俺は、お前と結婚して幸せだった」
「私…」
真実を知って、わからなくなった。
出会った事も結婚したのもずっと後悔してた。
でも、傷を癒してくれたのは流都さんだ。
それも事実で。
私は確かに幸せだった。
「私も幸せだった。愛されてた…」
「確かに俺は、梓と出会う前、かなり遊んでた。
本気の恋愛をした事がなかったんだ。
梓に出会って初めて、本気で人を好きになった」
「私はずっと大事にされてた。それを断ち切ったのはわた…」
「それ以上言うな」
流都さんが私の口を塞いだ。
「…すぐに答えを出してほしいとは言わない。
けど俺は…やり直したいと思ってる。お前と唯花と」
そう言うと流都さんは私の口から手を放して、私に背を向けた。
「…流都さん」
その背中を抱きしめたいと思った。
思うのと同時に体が動いていた。
「…ごめん、すぐに返事は出来ない。考える時間を下さい……」
「俺はこれで十分だよ。やっぱり梓は温かいな…」
それは出会って初めて見る流都さんの弱々しい姿だった。
これは愛情じゃない、同情。
けれど、真実は私の止まっていた針を動かしてくれた。
「彼女…倉木さんに、伝えてくれる?」
「何を?」
「許しはしないけど、真実を話してくれてありがとうって」
「それって結構…」
「いいからそのまま伝えて。これで、私も前を向いて進めるか
ら…」
「わかったよ。じゃあ、月曜日からよろしく」
「月曜日からよろしくお願いします!」
私は小会議室を出た。
…完全に切れたと思っていた、流都さんとの縁は、まだ繋がっていたらしい。
なんて世間は狭いんだろうと思いながら、私は会社を後にした。
…真実を知っても、すぐにはいそうですかと受け入れられる程、私には心の余裕がない。
それに、復縁なんて考えた事もなかったし。
だめだめ、今は仕事の事、考えなきゃ。