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お節介な先輩、のち旦那様

目に入ってきたのは、無機質な低い天井の見知らぬ部屋。


「…気が付いたか」


横から声がして、ふと見ると、パイプ椅子に男の人が腰掛けていた。


「…ここは一体……」


「会社の休憩室。

オリエンテーションの途中でぶっ倒れたの、分かってる?」


「…あ、そういえば」


言われて思い出した。


「良かったな、物凄く寛大な会社で。

まあ、こっちは堂々とサボる理由が出来たからいいけど。

俺、立橋たてはし流都りゅうと

君が配属になる総務部の所属。で、君の指導係になった。」


「あ…申し訳ありませんでした。

もう大丈夫です…戻りま…」


私はそう言って立ち上がろうとして、立ちくらみを起こした。


「それ、全然大丈夫じゃないから!

寝てろよ」


「でも…」


「もうすぐ終わるから、皆が帰ったらこっそり家まで送ってあげるよ。」


「そんな…悪いです。駅近いし、歩いて帰れます。」


「ダメ。もう俺が決めたから。

じゃあ俺、報告だけしてくるから、寝てていいよ」


そう言って流都さんは部屋を出て行った。


―――その後、部長さんがやってきて、少しお叱りを受けて、

流都さんに家まで送られた。


「じゃあな、ゆっくり休んで、明日からの業務に差し支えないように」


「…はい」


約束は出来ない。


でもここで返事をしないわけにもいかない。


「なんなら、家まで迎えに来てやるよ」


「やっ…遠慮します……」


「冗談。じゃあな」


流都さんは笑顔で手を振りながら走り去った。


私は車が見えなくなってから、家の中に入った。


母は買い物に出ているらしく、いない。


そのまま自分の部屋へ行って、堅苦しいスーツを脱ぎ捨て、

部屋着に着替えて、ベッドにダイブした。


そしていつの間にか、眠っていた。


―――翌朝。


起きると、リビングに流都さんがいた。


「なんで?」


「なんでじゃないでしょ?

わざわざ梓を迎えに来てくださったのよ?」


キッチンの方から母の声がした。


「おはよう、迎えに来たよ☆」


流都さんはトーストをかじりながら、笑顔で言った。


「いや…遠慮しますって言った…」


「お母さん、ベーコンエッグ最高っす!」


「あら、ありがとう♪どんどん食べてくださいね!」


「お言葉に甘えて、いただきまっす」


流都さんと母は既にかなり打ち解けていて、私なんか置き去り。


ちょっと意味分からないこの状況、誰かどうにかして!


―――「お母さん、ご馳走様でした。

娘さんは僕が責任を持って、帰りも送ってきますから。」


「いえいえ、良かったら晩御飯も一緒にどう?」


「そんな…甘えちゃってもいいっすか?」


「いいのよ、用意して待ってるから♪

いってらっしゃーい」


母は大きく手を振っていた。


私は車の助手席で大きく溜め息をついた。


なぜ私はここに座ってるか。


答えは簡単。


強制的に乗せられて、シートベルトまできっちり留められてしまったからです。


「…あの、迷惑なんですけど」


「なんで?」


「なんでって…」


「俺が好きでやってるんだから、いいだろ?」


「いや、それが迷惑なんですって」


「恩人にそんな事言っていいの?」


「………」


それを言われたら、何も言えないじゃん…。


「なんかほっとけないんだよね、梓のこと。」


「いや、呼び捨て…」


「平坂さん、とか言いにくいから。

俺のことは何とでも言って。

ってそんな事はどうでもいいんだよ。

梓って俺の妹みたいでさ。

なんかほっとけないっていうか…構いたくなるっていうか…」


「妹、いるんですか?」


「いないけど?」


「……」


なんでいないくせに、妹いる感出してんのかわかんないし。


何考えてるのか、全く読めない。


「そんな細かい事、気にしてたら身が持たないよ?」


「いや、気にしてませんよ。

いないのに、いる感出してくるから変だなって思っただけ。」


「おっ…結構ぐさっと来るね~」


「もう黙ってください。」


「はいはい、お姫様。」


私は思いっきり、流都さんを睨んでやった。


殺気を感じてか、それ以上流都さんも話さなかった。


会社に着いた頃、私は若干の疲労感に襲われていた。


なんでたかが出勤にこんなに疲れなきゃいけないんだろう。


だから、迎えになんか来なくていいって言ったのに。


「…ありがとうございました。

でももう本当に結構です。

遠慮じゃないですよ。

丁重にお断りします。」


そう言いたいんだけど…。


この人、私の指導係だから、嫌でも一日顔を合わせるから。


言うのは終業後にしておこう。


―――だけどそんな私の気持ちはたった一日で変化した。


流都さんはさっきまでのチャラさからは想像出来ない位、仕事に関しては熱心で。


部署内でも一目置かれる存在…らしい。


丁寧に分かりやすく教えてくれるし、

厳しい一面も持っていた。


初日が終わる頃、私は流都さんを見直した。


ちょっと尊敬してしまうほど。


そして、翔真の事を考える時間が少しずつ減っていった。


それでも、時に思い出して、こっそりトイレで泣いてしまう日もあった。


そんな時必ず気付くのが流都さんで。


何も聞かずに、ずっと寄り添ってくれた。


翔真の事を思い出さないようになった頃、私は流都さんに告白された。


最初は迷った。


けれど、流都さんの優しさを私は知ってしまったから。


心の傷を塞いでくれたのは、間違いなく、流都さんだったから。


私も流都さんを好きになっていたから。


―――付き合い始めて4ヶ月の時。


私は妊娠して、流都さんと結婚した。


入籍と同時に私は会社を辞め、実家を出て新しい生活を始めた。


流都さんと過ごす毎日はとても幸せだった。


もう翔真の事を思うこともなく…。


そして唯花が生まれて、3人の生活が始まった。


唯花はよく寝てくれるし、夜泣きもなく、ママ友からも羨ましいとよく言われたほど。


流都さんも会社から帰ると、唯花の面倒を見てくれるいいパパで。


私は本当にいい旦那様に巡り合ったと思っていた。



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