死なないで!!
「もしもし!梓ちゃんかっ!?大変だッ」
家の完成が迫った3月の、小雨が降る日だった。
突然、元上司で親戚でもある中曽根さんから電話がかかってきた。
その慌てように、嫌な予感がした。
「どうしたんですか?中曽根さん…」
「落ち着いて聞いてくれよ?
さっき、旦那さんが…立橋専務が血を吐いて倒れたんだ。
俺がその時……」
一瞬で頭が真っ白になった。
だから、その後の中曽根さんが話していた内容はほとんど耳に入らなかった。
「もしもしっ、聞いてる!?」
「あ…ごめんなさ…」
「総合病院にいるから、今すぐ来い!」
その言葉を最後に電話は切れた。
私は璃衣花と愛衣花を抱いて、家を出た。
…恐れていた事が現実になった。
私は神様に祈りながら、病院へ車を飛ばした。
―――流都さんは専務に昇進してから、朝は早く、夜は日付を越えて帰ってくる事も少なくなかった。
休みも付き合いで家を空ける事も多くなり、年が明けてからは、胃が痛いと、胃薬を手放せない状態だった。
ゆっくり休んでと言っても、仕事だからと青白い顔で今朝も出勤した。
もっと早く、無理にでも病院に行かせるべきだった。
今更後悔しても遅いけど。
どうか死なないで!
それだけを祈り続けた。
「梓ちゃん、こっち!」
病院に着くと、ロビーで中曽根さんが待っていてくれた。
「中曽根さんっ!流都さんは…」
「詳しい事はまだわからない。今手術中なんだ」
「そう…で、どうして中曽根さんが?」
「電話で言ったけど…会社のロビーで話していたら急に苦しみだして、血を吐いたんだ。
一応親戚って事で一緒に救急車に乗ってきて、梓ちゃんに電話して」
ごめんなさい、全然聞いてなくて。
「中曽根さん。
私、お義母さんに電話してくるから璃衣花と愛衣花を見ててくれる?」
「わかった、行ってらっしゃい」
私は病院の外へ出た。
電話すると、お義母さんはすぐに病院へ行く!と、話の途中で切られた。
院内に戻ると、璃衣花も愛衣花もベンチにつかまって歩き回っていた。
まだ何もわからない赤ちゃんの無邪気さが、嬉しいような悲しいような、変な気持ちになった。
灯ったままの手術中のランプが消えるのを、ひたすら祈りながら待った。
1時間程経った頃、お義父さんお義母さんが来て、それからさらに1時間程して、ようやく手術中のランプが消えた。
同時に扉が開いて、中から医師が出て来た。
「先生っ!流都さんは…」
「もう大丈夫ですよ。詳しい事は後程ご説明いたします」
先生が去った後、真っ白な顔の流都さんが運ばれてきた。
「流都さんっ」
「流都!!」
私達は一斉に駆け寄った。
流都さんは眠ったままで、返事はない。
「先生からお話があります、こちらへどうぞ」
流都さんは病室へ運ばれていった。
私はお義母さん達に2人をお願いし、看護師に案内されて、診察室へ入った。
―――「あ、お義母さん…」
医師から説明を受けた後、流都さんの病室へ行くと、お義母さんがベッドの横のイスに座っていた。
「お父さんは、璃衣花ちゃんと愛衣花ちゃんを連れて、キッズルームへ行ったわ。…どうだったの?」
「流都さん、胃潰瘍だって言われました」
「胃潰瘍…」
「しばらく入院になるので、流都さんが眠っている間に着替えを持ちに行ってきますね」
「わかった。
璃衣花ちゃんと愛衣花ちゃんは見てるから心配いらないわ。
唯花ちゃんも迎えに行ってあげたら?」
「ありがとうございます、お義母さん。
すぐに学校に電話して、唯花も連れて戻って来ます」
「気をつけてね」
私は病院を出てすぐに、連絡を入れ、唯花の学校へ急いだ。
学校に着くと、唯花は不安そうな顔で待っていた。
「唯花!ごめんね」
「ママ、一体何があったの?」
「実は、パパが病気で入院する事になったの」
「えっ!?」
「大丈夫、ちゃんと治療したら治る病気だから。
パパの着替えを持って、病院へ行こ」
「…うん」
学校から家までは3分もかからない。
あっという間に、マンションの駐車場に着いた。
家に入ってすぐ、私はクローゼットから流都さんのパジャマや下着を出して、ボストンバッグに詰めた。
そしてまた、病院へと車を走らせた。
病院に戻ると、璃衣花と愛衣花は流都さんの隣の空きベッドでぐっすり眠っていた。
「2人共遊び疲れちゃったみたい」
「ありがとうございます、見てもらって助かりました」
「大した事じゃないわ」
そんな話をしていた時だった。
「…う……」
微かな声がした。
「流都さん?」
「………」
酸素マスクで何を言ったかはわからなかったけど、僅かに口が動き、目が開いた。
流都さんの意識が戻った。
「流都…!」
「パパっ!!」
お義母さんと唯花が話しかけると、目元が少し笑った気がした。
それを見て、私は涙が溢れた。
助かったんだって、その時やっと思えた。
流都さんは自分で酸素マスクを外して、私達に微笑んだ。
「心配かけてごめん」
「この馬鹿息子!!」
「ごめんな」
そう言って、唯花の頭を撫でた。
その手が痛々しかった。
流都さん、こんなに痩せてた?
朝は、家事や子供達の事で手一杯で、夜は寝ぼけ半分で、まともに流都さんを見てなかった。
「ごめんなさい…私…」
「梓、泣くな…」
「流都さ…」
「大丈夫」
そう言ってまた真っ白な顔で微笑んだ。
―――それから流都さんは2週間入院し、退院後は1週間の自宅療養となった。
入院中に家が完成した報告を兼ねて、山北さんがお見舞いに来てくれた。
交友関係の広い流都さんだけあって、病室には常にお見舞い客がいた。
時には母に璃衣花と愛衣花を預けて、私も毎日病院に通った。
流都さんは、こんなにゆっくり出来たのは病気のおかげだと笑ったけど、冗談でも私は笑えなかった。
大事な人が死ぬかもしれないって事がこんなに怖いなんて。
流都さんが元気でいられるよう、傍で支えなきゃ。
そう思った。




