昇進
子供達が生まれてから初めて、翔真と会う時間が出来たのは、璃衣花と愛衣花が5ヶ月になる少し前だった。
家の着工を1ヶ月後に控えた10月14日。
流都さんが珍しく夜中に帰宅した。
ソファでうたた寝していた私はガチャガチャと鍵が開く音で目が覚めた。
「…お帰りなさい」
「梓…遅くなってごめん」
「ううん、ご飯は?」
「食べてきた。もしかしてずっと起きてたのか?悪かった」
そう言いながら流都さんは私の横に座った。
「気にしないで。コーヒー淹れるね」
立ち上がり、キッチンへと向かおうとした私の腕を流都さんが掴んだ。
「話がある…座って」
流都さんはいつになく思いつめたような表情だった。
「…わかった」
冷静を装っていたけど、私はドキドキしていた。
もしかしてバレたんじゃないかって。
でも流都さんの口から放たれた言葉は意外なものだった。
「…俺、昇進が決まった」
「…えっ」
流都さんはさっきまでとは一転して、弾ける笑顔で私を抱き寄せた。
「来月から専務だ!」
「本当!?おめでとう、流都さん!!」
「ああ!今日はその話をしてて、遅くなったんだ。ごめんな」
「そんなの全然だよ!」
「これから忙しくなって、家に帰るの遅くなると思う。
りいとまいに手が掛かるし、梓の負担が大きくなると思う」
「私は専業主婦なのに、今まで流都さんが家事も育児も十分やってくれて、凄く楽させて貰ったよ。
だから、私なら心配いらない。
普通の主婦になるだけだもん」
「ありがとう、梓」
「こちらこそ。流都さん、ありがとう」
妊娠した事を告げた日、流都さんはすぐに仕事を辞めろと言った。
残っていた仕事を引き継ぎして、辞めた後もずっと、流都さんは家事を分担しようと言いながら、ほとんどをこなしてくれた。
仕事で疲れてるのに、私には休んでろって言ってくれて。
それに甘えていた。
そして私はこんないい旦那様を裏切っている。
こんな時罪悪感で胸が苦しくなる。
「だからさ、忙しくなる前に、1日梓にゆっくりしてもらおうと思って。明後日は出掛けてきたら?」
「え!?」
そんな事思ってもみなかった。
「友達とランチとかさ。りいとまいは俺が見るし」
「いいの?っていうか…大丈夫?」
「俺だって父親なんだからさ、任せて」
「じゃあ…お言葉に甘えて…」
「じゃあ、俺はシャワー浴びて来るから」
「いってらっしゃい」
流都さんがバスルームへ向かった後、私はメールを送った。
―――そして、今。
私は翔真の腕に抱かれている。
それが決して許されないとわかっていても。
私はこの腕の中の幸せに溺れていたい。




