帰省
翌日。
私達は流都さんの実家へと向かった。
考えてみれば、5人で出掛けるのはこれが初めて。
璃衣花と愛衣花にとっては、病院以外の外出も初めて。
だけど、2人共嫌がる事もなく、車に乗って10分程でぐっすり眠っていた。
到着して、チャイルドシートから抱き上げると、璃衣花はパチッと目を覚まして上機嫌。
愛衣花は流都さんの腕の中で、まだ夢を見ている。
「いらっしゃい、梓さん!」
車の音で気付いて、お義母さんが出迎えてくれた。
「お義母さん、今日は突然すみません、お邪魔して。
これ、つまらないものですけど」
来る途中に買ったお菓子の詰め合わせを、お義母さんに手渡した。
「あらー、そんな気遣いいいのに!
あ、唯花ちゃんもいらっしゃい!久しぶりね」
「おばあちゃん、こんにちはっ!」
「また背が伸びたんじゃない?
お姉さんになったわね!
あ、璃衣花ちゃんと愛衣花ちゃんだったわね!
ちょっと見ない間に大きくなったわね〜」
「母さん、一気に喋られたら困るだろ?」
「あら流都、いたの」
「はいはい、どうせおまけですよ」
流都さんはやれやれという表情で言った。
流都さんはの3人兄弟の次男。
なので、娘が欲しかったお義母さんは、私を含め、嫁にとっても優しいお姑さん。
おかげで、嫁姑戦争とは無縁。
「ゆっくりしていってね。
お父さん、リビングで待ってるから」
「はい、お邪魔します!」
これだけ騒がしくしてても、また愛衣花は夢の中。
この子は大物かもしれない。
「父さん、ただいま」
「あぁ、流都か」
お義父さんはソファに座り、新聞を読みながらぶっきらぼうに返事した。
「お義父さん、お久しぶりです。
唯花もご挨拶してね」
コクンと頷き、お義父さんの前まで歩いていった。
そして「おじいちゃん、こんにちは!」
と元気に挨拶した。
すると、お義父さんは読んでいた新聞を置き、唯花を見て「唯花ちゃん、久しぶりだね」と優しい表情で話し始めた。
我が子には厳しい父親でも、孫には激甘の、典型的なおじいちゃんなのでした。
「お義父さん、この子が璃衣花です」
「璃衣花ちゃん、おじいちゃんですよ〜」
璃衣花はお義父さんの人差し指をぎゅっと握った。
そしてにこっと笑った。
その時やっと愛衣花が目を覚ました。
「父さん、まいが父さんに抱っこされたいって」
そう言って、流都さんはお義父さんに愛衣花を託した。
愛衣花は寝起きで、ぼーっとしていたけど、お義父さんに抱っこされた途端に、きゃっきゃっと笑い、上機嫌になっていた。
つられるようにお義父さんも目元がゆるゆるの笑顔を浮かべていた。
「お義父さん、璃衣花も抱いてあげて下さい」
私が傍へ歩み寄ると、お義父さんは抱いていた愛衣花を流都さんへ託した。
そして、璃衣花を抱っこして、また笑顔になった。
璃衣花もおじいちゃんに抱かれて、笑顔になった。
―――流都さんが実家に行かないのには、もう一つ理由がある。
それは…流都さんがお義父さんを苦手としているから。
「やっぱり兄貴が結婚して、孫が出来てから丸くなったんだけど、昔からかなり厳しい親父でさ。
俺には特に厳しくて、それが嫌で。
間違った事は言わないから、余計に腹が立つっつーか…まぁ滅多に喋らないんだけどな。
嫌いっていうよりは苦手って感じ」と、流都さんは言っていた。
だけど、それは全部流都さんを思ったお義父さんの不器用な愛だった。
「お父さんはね、愛情表現が下手なのよ。
お父さんのお父さん…流都にとっての祖父も頑固親父って人だったし。
でもね、お父さんは、海都より流都を可愛がってるのよ。
海都より流都の方が出来がいいって。
だから期待して、ついつい流都には厳しくしてしまったの。
それが原因で不器用な親子になってしまったんだけど…流都の頑張りを誰より認めて、誇らしいと思ってるのもお父さんなの」
初めて結婚の挨拶に来た日、お義母さんが流都さんに秘密で話してくれた。
海都さんというのは、流都さんのお兄さん。
だから、
「俺さ、家を建てるよ」
「そうか。困った事があったら、いつでも言ってくるんだぞ」
「ありがとう」
たったそれだけの会話で2人の距離が1歩近付いた、そんな気がした。
「流都、お昼食べてくでしょ?」
「あぁ、食べてくよ」
お義母さんはキッチンで準備を始めた。
「お義母さん、私も手伝います」
私も立ち上がって、キッチンへ行くと。
「いいのよ。普段出来ない分、ゆっくりしていきなさいな」
「そうだよ、梓。母さんに任せてのんびりしたら」
「冷やし中華だから、私1人で十分よ。梓さんの気持ちだけ頂いておくわ」
そう言って、お義母さんは水を張った鍋を火にかけた。
「お言葉に甘えて…ゆっくりさせてもらいます」
私はぺこっと頭を下げて、リビングへと戻った。
―――「すっかり長居してしまって…」
「いいのよ、私達も唯花ちゃんや璃衣花ちゃん、愛衣花ちゃんに会えて、とっても楽しかったわ!またいつでも来てね」
「ありがとうございます、お義母さん」
私はお義母さんにお辞儀して、璃衣花をチャイルドシートに寝かせた。
流都さんは、お義父さんとまだ話している。
「そうだわ、梓さん。これ、持って行って」
そう言って、お義母さんがエプロンのポケットから取り出したのは一冊の通帳と印鑑。
名義は流都さんだ。
「えっ!?受け取れませんよ」
「これは、流都の将来の為にって貯めてたお金なの。
本当に必要になった時に渡そうと決めていた物だけど、流都は多分受け取らないだろうから。
梓さんに託すわ」
「そんな…」
「家を建てるって、大変なのよ。
使わなければ、それに越したことはないわ。
御守りとして持っていて」
「…わかりました」
お義母さんの心は痛いほど伝わった。
だからこれ以上拒否出来ないし、受け取らないわけにもいかない。
だけど、胸が痛かった。
私はそんなに信用して貰えるような、いい嫁じゃない。
2人が生まれてから一度も会えてはいないけど、翔真との関係は終わってない。
今この瞬間も、流都さんを裏切っているんだから。
「ごめんなさい…」
本当は私に預かる資格はないけど、でもお義母さんの気持ちはちゃんと流都さんへ渡します。
「梓さんが謝る事は何もないわよ?
また、孫達の可愛い姿見せに来てね」
「…はい」
「話し終わったみたいだから、早く隠して」
お義母さんに促されて、私は鞄に通帳と印鑑をしまった。
その時流都さんが愛衣花を抱いたまま、駆け寄ってきた。
「梓っ!お待たせ…って、どうかした?泣きそうな顔して。母さんになんか言われたのか?」
その一言にお義母さんは「人を鬼婆みたいに言うんじゃないよっ!流都!」と、流都さんにげんこつをくらわした。
「流都さん、違う。
お義母さんは何もしてないから。
愛衣花をチャイルドシートに寝かせてくるね」
「あぁ。じゃあ母さん、帰るから」
「気をつけて帰るのよ。唯花ちゃんもまたね」
「おばあちゃん、またね!」
私は車のドアを閉め、お義母さんにお辞儀して、助手席に乗った。
それから流都さんが運転席に座り、シートベルトを締めて、車はゆっくりと動き出した。
お義母さんは見えなくなるまでずっと、手を振ってくれていた。
「流都さん、お義父さんとじっくり話せた?」
「珍しくな」
「来て良かったね」
「ああ。また明日から頑張りますか」
流都さんにも気分転換になったようで、良かった。