代償
予定日まで後3週間に迫った5月18日の正午。
突然の破水と同時に陣痛が始まった。
すぐにタクシーを呼んで、流都さんに連絡を入れて病院へ向かった。
双子は予定日より2〜3週早く産まれる方が多いと聞いてたし、唯花も予定日の3日前に生まれたので、準備は整えていた。
病院につくと、すでに子宮口が7cmまで開いていた。
先生も驚く程順調で、病院に着いて、3時間後には分娩室へ入り、30分後に1人目が、その6分後に2人目が無事に生まれた。
慌てて駆けつけて、ずっと隣で手を握っていてくれた流都さんは、涙を浮かべて笑っていた。
「おめでとうございます!2人共元気な女の子ですよ!」
大きな産声を聞いて、私は安心した。
元気で産まれてくれてありがとう。
その時の私はただ嬉しくて、とても幸せな気持ちでいっぱいだった。
生まれた瞬間に、それまでの痛みは一瞬で消えた。
ただただ、2人に会えた喜びでいっぱいだった。
だけど、喜んでいられたのは束の間だった。
出産から2日後、私は医師に呼ばれて、診察室に入った。
そこで告げられたのは、残酷な真実だった。
「どういう事…ですか?」
「うちの病院では産まれてすぐに血液検査をします。
その結果判明した事ですが…先に生まれた女の子の血液型は、立橋さん夫妻と同じA型でした。
しかし、後に生まれた女の子の血液型はAB型でした」
「…そ、れは……」
「A型の両親からAB型は生まれません。わかりますね?」
「……」
そう。
私と流都さんはA型。
そして翔真はB型…。
「24時間以内に2人の男性とセックスした場合、両方の子供を妊娠する可能性があります。
それをHS、異父重複受精と言います。
生まれた双子は父親が違う姉妹という事になります」
頭が真っ白になった。
幸か不幸か。
それは私が、流都さんと翔真、2人の子供を同時に妊娠し、産んだという事。
「子供達は早く生まれたけど、双子ではよくある事だから心配はいりません。
体もちゃんと発達していますし、異常は見受けられませんでした」
「…はい」
説明を受け、病室へ戻った後、私は声を殺して泣いた。
2人を同時に愛してしまった為に、子供達に重い枷を背負わせてしまった。
私はこれからどうすればいいんだろう。
あんなに喜んでくれている流都さんに、絶対知られたくない。
死んでも隠さなければ…。
だけど、隠し通せる?
二卵性双生児と異父姉妹が違う事くらい簡単に想像出来る。
いつかきっとバレる。
…産まれる直前までずっと考えていた。
もしこの子達が翔真の子で、それを流都さんが知ってしまったら…と。
流都さんは私を許さない。
その時は流都さんが望むようにしよう。
この子達が流都さんの子であって欲しいとも祈った。
けれどどちらも正解で、どちらも違った。
そして私は、全てを知られるその日まで怯えて生きていかなければいけない。
それが私に与えられた罰。
だけど、何があってもこの子達だけは守らなくちゃ。
自分の罪に泣くのは今日が最後。
私は涙を拭いて、心に決めた。
強くならなくちゃ。
子供を守るために。
―――「じゃあ、行ってくるよ」
「はい。パパさん初仕事、お願いします」
誕生から3日後の5月21日。
病院に出生証明書を書いてもらい、出生届を出しに行く。
私はまだ入院中なので、流都さんが大安の今日、休憩時間を利用して役場へ行ってくれる。
子供達が2人共女の子と判ってから、流都さんと何度も話し合い決めた名前。
次女は璃衣花、三女は愛衣花。
唯花の希望で花という字を使い、双子らしい名前にした。
考えに考えたから変える気はなかった。
そして今は本当に双子として育って欲しいという希望を込めて。
そんな起こり得ない奇跡を願わずにはいられなかった。
HSという告知を受けて一夜を明かし、私は流都さんと笑顔で会話が出来ている。
いつか終わりが来るこの幸せに、今は浸っていたい。
その思いが私を穏やかな気持ちにさせてくれているみたいだ。
『初仕事終了!このまま社に戻る。終わったら会いに行くよ』
とLINEが来た。
私と流都さんの子供として、2人の戸籍が出来た。
『お疲れ様!頑張ってね♪』
と返信し、私は流都さんが持ってきてくれた本を読み始めた。
退院したら、ゆっくりなんてしていられない。
今の内に休んでおかないと。
唯花以来の8年ぶりで、しかも初めての双子の育児。
今の3時間おきの授乳だけでも、2倍だからすでに大変。
この僅かな空き時間は本当に貴重。
でもそれも今日で終わり。
明日の朝の診察で許可が出たら、午後には退院。
5人の新しい生活が始まる。
未来への希望と不安を抱えながら。
…やっぱり里帰りすれば良かったかな…なんて。