どっち
―――1年後。
相変わらず仕事と家事に追われ、月に数える程しか翔真とは会えていない。
でも私は幸せだった。
心で繋がっているし、私を愛してくれる流都さんが傍にいる。
優しくされると罪悪感で苦しくなる時もある。
でもそれは不倫という形を、2人を愛する事を選んだ、私への罰。
翔真も流都さんも、私にとって大切な人で、どちらも失いたくない。
ちょっと前まで考えられなかった、明るい家庭がそこにあって、みんながいつも笑っていた。
それは私が、心から幸せだと言えたから。
だから私は油断してしまったのかもしれない。
そして、神様が私に与えた罰かもしれない。
「おめでとうございます。妊娠していますね」
「…そう、ですか」
それは残酷な答え合わせ。
「問診票からすると…もうすぐ5ヶ月ですね。
なぜ今まで受診しなかったんです?」
「ちょっと仕事が…忙しくって」
本当はどっちの子かわからないから、ずっと病院に行くのを躊躇っていた。
だけどお腹が膨らんできて、もう隠しきれないと思った。
「エコーで見てみましょう。横になって下さい」
ベッドに横になると、看護師さんが私の服を捲り上げジェルを塗る。
そして、エコーの画面に映し出された、小さな命。
「赤ちゃん順調に育ってますよ…あ、双子ですね!」
「え…」
「母子手帳は2冊貰って下さい。
予定日は6月です。
双子妊娠に安定期はありません。
常に安静を心がけて、無理をしないように。
仕事は辞める事を、医者としてはおすすめします」
「はい…」
診察を終えて待合室に戻った時、やっと自分の犯した罪の重さがわかった。
流都さんはきっと喜んでくれる。
だけど、流都さんの子だと断言出来ない。
翔真と愛し合い、流都さんとも愛し合った。
それが結果として、どちらの子かわからないこの状況を作った。
妊娠した以上、流都さんに言わない訳にはいかない。
翔真にも…。
支払いを済ませ、病院を出た私は、どこへ向かうでもなく、街を歩いた。
誰にも相談出来ない。
宿った2つの小さな命を、私はどうすればいい?
どちらにしろ、大好きな2人の子供には違いない。
殺したくない。
だけど…。
その時、流都さんからメールが来た。
『体調はどう?早めに帰るようにするから、ゆっくりしろよ』
私、会社を早退したんだった。
『ありがとう、大丈夫!』
とだけ返信して、私は役場へ向かった。
この子達を産みたい。
この秘密は墓場まで私が持って行くんだ。
この子達は私の愛。
愛して愛された証拠。
この子達に罪はない。
この小さな命を守りたい。
それがすべてだ。
「立橋様、お待たせしました。
この度はおめでとうございます。
母子手帳が2冊と、妊婦検診の問診票です。
双子を妊娠された方にご案内してるのですが、ツインズクラブというのがありまして。
双子を持つママパパのサークルで、意見交換出来たり、備える事が出来ると思いますので、良かったら1度参加してみて下さい」
「はい」
母子手帳を受け取り、私は帰宅した。
家に着くまで、何度も葛藤した。
だけどその度に、エコーで見た小さな命が浮かぶ。
精一杯生きてるこの命を、身勝手に無かった事には出来ない。
私は覚悟を決めた。
「妊娠したぁ!?」
「…うん、しかも双子」
「双子ぉ!?」
「ちゃんと危険日避けてたんだけど」
「そんなのいいって!双子かぁ〜。女の子がいいなぁ…」
「流都さん、気が早い…」
「凄く嬉しい!ありがとう、梓!!」
そう言って流都さんは私を抱きしめた。
その喜びように、胸がズキッと痛んだ。
…ごめんなさい、流都さん。
私は心の中で何度も謝った。
決して許されはしないけど、気休めでしかないけど、謝らずにいられなかった。
―――「…そうか」
無邪気に飛び上がって喜んだ流都さんと正反対で、翔真は冷静だった。
たとえ翔真の子だとしても、戸籍上は流都さんの子になるし、父親だとは絶対に言えない事をわかっているから。
「ごめんね…翔ちゃん」
「…何もかも覚悟して、梓を愛する事を決めたんだ。
ここに…いるんだな」
翔真は私のお腹に触れながら言った。
その時、自然と涙が溢れた。
「…っ…ごめ…っ!」
「梓を苦しめてるのは俺だ。謝るのは俺の方だ」
「違っ……翔ちゃんを愛してるから…苦しくないっ」
「……」
「お願い…別れるなんて言わないで…」
「…言わない。俺だけ逃げられる訳ないだろ…」
翔真は私の肩を抱き寄せて、少し震えていた。
苦しんでいるのは私だけじゃなかった。
翔真も同じだけ罪の意識に苛まれていたんだ。
「俺の子って思ってもいいか?」
「いいの?」
「愛してる人の子には違いないだろ? 」
「翔ちゃん…」
ありがとう。
そう言ってくれるだけで、私は救われた気がした。