告白
「お疲れ様です」
「お疲れ様〜」
他の社員に挨拶をして会社を出た後、私は流都さんにメールを送った。
『今夜6時にセプトクルールで待ってます』
セプトクルールは、会社の3軒隣にある喫茶店。
今日は唯花はスイミングで帰宅が遅い。
話すにはちょうどいい日だ。
すぐに『必ず行く』と返信が来た。
スマホを鞄に入れて、セプトクルールへ向かった。
店内には客が数組しかおらず、私は一番奥の空いている席に座った。
「ご注文はお決まりですか?」
「アイスコーヒーを」
「かしこまりました」
店員がカウンターへと戻っていき、すぐにアイスコーヒーが運ばれきた。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言い、またカウンターへと戻っていった。
角砂糖を1個入れてかき混ぜ、アイスコーヒーを一口飲んだ。
改めて店内を見渡すと、私以外に客は3組。
高校生の男女4人組と、カウンターに座って、マスターと談笑しているのおじさん。
それから中年の夫婦。
…そういえば、こんな風に人と待ち合わせするの久しぶり。
特に私は人を待たせてしまう方が多かったから。
翔真にもよく怒られたっけ。
…あんな楽しげな光景を見たせいか、懐かしい事思い出しちゃった。
また一口飲んで、グラスを置いた時だった。
カランカランと入り口のベルが鳴り、ドアが開いた。
入って来たのは流都さんだった。
すぐに私を見つけたのか、真っ直ぐ歩いてきた。
その姿にドキッとした。
「お待たせ」
「早かったね」
待ち合わせの時間より30分早い。
「予定より早く仕事が片付いたから…あ、すいません!アイスコーヒー下さい!」
流都さんがカウンターに向かって言うと、皿拭きをしていた店員が、準備に取りかかった。
「急にごめんなさい、どうしても話したい事があって…」
「何かあった?」
「ううん、そういうんじゃないの…あのね…」
「お待たせしました」
言いかけた時に店員がアイスコーヒーを持ってきた。
なんというタイミングの良さ。
まだ話す前で良かった…というか、緊張してたのがほぐれたというか…。
「ごゆっくりどうぞ」
店員は笑顔でカウンターへと戻っていった。
「……」
「続きどうぞ(笑)」
「…えっと…だから…」
「何が言いたい?」
「だからっ!あなたが好きなんですッ!!」
「は!?」
「えっ!?違っ…じゃなくてっ」
私…何言って…。
はっとして口を押さえたけど、既に手遅れ。
流都さん他、店内の客もカウンターの店員も全員が私を見た。
「…すいません」
全員に頭を下げて、私は座った。
「…ぷっ!あっはははっ」
「そこで吹かないでよ!」
「自分が何言ったかわかってる?」
流都さんは腹を抱えて笑うのを必死で堪えていた。
「わかってるよ!!だから今どうしようか悩んでるのっ!」
「悩む必要ないんじゃねぇの?それが全てだろ」
「うぅ…」
私は唸るしかなかった。
穴があったら入りたいって気持ち、今ならよくわかる。
「いいよ、ちゃんと聞くから」
やっと普通の顔に戻って、流都さんは私に言った。
私も真剣に今の気持ち伝えなきゃ。
「…昨日の今日だし、まだ色んな事知ってから日も浅いし、そんな急にって言われるかもしれない。
でも、でもね…私…流都さんと一緒にいたい。
離れたくないって思った。
こんな私だけど、もう一度…妻にしてくれませんか?」
「……」
流都さんは無言のまま、目を閉じた。
「…だよね、いきなり心変わりしたら信じられないよね…」
私は誤魔化すようにアイスコーヒーを飲み干した。
「……だな?」
「え?なんて?」
「それは本当なんだな?」
「う、うん…」
「本当に?」
「本当だってば」
「俺の妻になってくれるのか?」
「だからそうだって言…」
「やったーーっ!!」
今度は流都さんが大声で叫びながら、立ち上がってガッツポーズした。
また全員が一斉にこっちを向いた。
私は平謝りして、流都さんも席に座り直した。
「だけど私、唯花の気持ちを尊重したい。
ちゃんと向き合って話して…それからになるけど、私の気持ちはさっき言った通りだから」
「わかってる。
俺も唯花が大事だから、無理強いはしたくない。
唯花が嫌と言うなら、いいと言ってくれるまで待つ。その位覚悟はしてる」
「でもね、なんだか唯花はすんなり受け入れる気がするの」
「母の勘?」
「多分だから、期待しないでね」
「いいよ、なんせ俺はさっきの熱ーい告白で心がいっぱいだから(笑)」
「だっ…あれはっ!」
「冗談だから。そんなに怒んなって」
「…意地悪」
膨れっ面の私とは正反対に流都さんはくしゃくしゃの笑顔だった。
こんな表情を見せたのはいつ以来だろう?
───「突然だけど、パパともう一度家族になろうと思うんだけど、唯花はどう思う?」
「パパと一緒に暮らすの?」
「そうだよ。どうかな?」
「授業参観とか来てくれるの?」
「お仕事で行けない時もあると思うけど、きっと来てくれるよ」
「じゃあ…楽しくなるね!」
「じゃあパパと一緒に暮らしてくれる?」
「いいよ!パパならっ」
唯花は笑顔で頷いた。
今まで1度もパパが欲しいと口にしなかったけど、やっぱり欲しかったんだと思う。
この笑顔が唯花の本心だと思うから。
―――唯花が眠りについた後、私は流都さんへメールを送った。
『唯花がいいよって言ってくれました。明日、これからの事話し合おうね』
『明日仕事が終わったら、そっちへ行く』
流都さんからすぐに返事が来た。
って事は、家でご飯だよね?
久しぶりに食べてもらうご飯は、彼の好物だったオムライスを作ろう。
私の気持ちは新婚の頃に戻っていた。
―――それからはあっという間だった。
私の誕生日でもある10月7日に入籍し、その1週間後に新居が決まり、10月の末にやっと家族3人の新しい生活が始まった。
会社には引っ越しの前日に報告。
やり手の人事部長と入ったばかりの社員が、しかも復縁という衝撃的なニュースはしばらく社内を騒がせた。
何も知らないでいた、親戚であり上司である中曽根さんには、そういう事はもっと早く報告しろという小言とお祝いを貰った。
普段通り仕事をこなしながら、色んな手続きに追われる毎日に体は疲れても、心は満たされていた。