やっとわかった
「……あーちゃんっ!!」
「わぁっ!!びっくりしたぁ……」
いきなり呼ばれて、私は飛び上がった。
驚いて後ろを向くと、ちょっと怖い顔をして、中曽根さんが立っていた。
「仕事中にぼーっとしない!」
「…すいません」
「俺、今、めっちゃ上司っぽかった!」
謝ったのに、中曽根さんは自分のお叱りを自画自賛していて聞いてない。
…この上司、ダメかもしれない。
「何かあった?…なんか立橋さんも変だったし」
コソッと話しかけてきたのは、隣のヒカリ先輩。
「流都さんが変?」
「そう。今さっきの梓ちゃんみたく、ぼーっとしながら歩いてて、清掃のおじさんと正面衝突してたんだよ」
「珍しい…」
会社では、ミスターパーフェクトみたいな流都さんが、そんなドジするなんて。
「でしょ?
あれは絶対変!って事で、2人の仲になんか進展でもあったのかなぁ、なんて…
もしかして図星!?」
「進展って…何にもないですって」
「怪しい…」
この人、侮れない。
「強いて言えば…ご飯行ったくらいで…」
「ご飯!?大進歩じゃない!!」
「娘と3人ですけどね」
「だからよ。
…内緒だけど、彼ね、自分のデスクの引き出しに、梓ちゃんと娘の写真を入れてるの」
「えっ!?」
「人事部のコから聞いたトップシークレットだからね!」
「うそ…」
「待受も2人だって噂だよ」
信じられなかった。
だってそれって…多分私が設定した写メ。
流都さんは恥ずかしいからやめろって言って…。
もう削除してるって思ってたのに。
「彼女作らないし、合コンも行かないし、梓ちゃんとの復縁望んでるってもう暗黙の了解。
だから、立橋さんにべったりだったあのコも彼氏出来て、もう終わったって感じだし」
「それって倉木って子?」
「梓ちゃん知ってるの?」
「色々あって…」
会って色々聞かされて、平手打ちしましたなんて絶対言えない。
「あのコちょっとストーカーっぽかったし。
飲み会の時とか、絶対立橋さんの横に座って、無理矢理キスした時もあったっけ」
「そうなんだ…」
倉木から聞いた真実の裏付けのようで、変な感じだった。
…そういえば、私達が離婚した理由を知っている人はいないんだっけ。
流都さんは、私生活をあまり話さないタイプだし。
私は退職してからサナンの人と話す機会はなかったし。
…でも、流都さんの気持ちが変わってない事がよくわかった。
あの日の、再婚したいという言葉にどれだけの思いが込められていたのかも。
「だから一時期あのコのせいで離婚したんだって言ってたくらいよ」
「…そうなんだ…」
す、鋭い。
「復縁するの?」
「…わからないです」
「チっ」
「え、舌打ち!?」
「ケチな後輩持つと先輩は辛いわ〜」
「ケチって…」
「わかった、しょうがない。復縁する時は1番に教えてよ!」
「…わかりました。でもしないかもしれませんよ?」
ヒカリ先輩は渋々納得したようで、自分の仕事に戻った。
「で、あーちゃん、ちょっといいかな」
「中曽根さん…まだいたんですか」
「上司にそれはおかしくない!?」
「それより、用件は何でしょう?」
「さっき出してもらったコレ、赤で丸した所訂正して、再提出ね」
中曽根さんの持つ書類に赤ペンでいくつか丸がされていた。
「は〜い…」
受け取って、確認すると、誤字が2ヶ所、ルビのミスが1ヶ所あった。
「あーちゃん、俺で良かったら話聞くからさ」
そう言いながら、中曽根さんは私の肩をぽんぽんと叩いた。
今現時点での悩みはあなたですけど、言っていいの?と喉まで出かかった言葉は飲み込んで。
私はパソコンを開いて、修正に取りかかった。
ーーー「はい、部長。終わりました!お昼行ってきます!!」
修正した書類を中曽根さんに渡して、私はオフィスを出た。
「屋上でランチしない?」
「さすがヒカリ先輩。OKです!」
社食もあるし、会社の向かいには美味しい蕎麦屋があるけど、それはまた別で。
天気が良い日はここが1番。
「はい、梓ちゃんの分」
「ありがとうございます!お金…」
「いいよ、それより聞いて欲しい事があって…」
さっきまでと違って、ヒカリ先輩はえらく真剣な顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「実はさ…彼から結婚しようって言われたんだけど…」
「良かったじゃないですか!」
「それがさぁ…彼ね、転勤が決まってて…赴任先が、福岡なんだよね」
「…遠いですね」
「うん。
で、私に会社辞めて付いて来て欲しいって言うの。
でも…迷ってるんだよね。
年齢的にも適齢期だと自分でもわかってるのよ?
だけど…」
「バツイチの私が言えるのは、後悔しない選択をして下さいって事くらいです」
「当たり前な事だね」
「会社にしてみれば、ヒカリ先輩ほどデキる社員がいなくなるの
は痛手でしょうけど、彼氏さんにとってもヒカリ先輩は大事な人だから…。
難しいけど、私なら多分会社辞める方を選びますね」
「だよね…」
「結局失敗してるから、偉そうな事は言えないんですけどね」
「聞いてくれてありがとう!
多分私、背中を押して貰いたかったのよね」
「じゃあ…」
「結婚はやっぱりしたい。
仕事と彼は秤にかけられないもんね」
「私はヒカリ先輩の決めた事を応援しますから」
「ありがとう!まだ時間はあるから、ちゃんと考えるわ」
「はいっ!お先に戻りますね」
ヒカリ先輩はサンドイッチを食べながら、私に手を振ってくれた。
ヒカリ先輩の気持ちはもう決まってる。
私だってそうだった。
結婚の決め手は妊娠だったけれど、それだけじゃなかった。
この人とずっと一緒にいたい。
その気持ちがあったからこそ。
…そう。やっとわかった。
今、私が一緒にいたいのは…流都さんだ。
それが答えなんだ。
ヒカリ先輩のおかげで自分の気持ちがやっと見えた。
私もちゃんと伝えよう。後悔しないように。