思い出した気持ち
「流都さん、今日はありがとう」
「俺も楽しかったよ」
「唯花も楽しかったみたい。寝顔が笑ってる」
「なら良かったよ。」
「ごめんね、運んでもらって」
帰りの車の中で唯花は眠ってしまった。
とても満足そうな寝顔で、ぐっすり。
「こんなの何でもない。じゃあ俺は…」
唯花を布団に寝かせて、流都さんは玄関へ向かおうとした。
「もう少しだけ…」
私は思わず流都さんのジャケットを掴んで引き留めてしまった。
「あ…ごめんなさい……」
「コーヒーもらっていい?」
「う、うん。ソファに座ってて」
「それから…さっき渡した紙袋の中、お土産のジェラートだから」
「そうなんだ。頂いていいの?」
「男が一人で食べる物じゃないだろ」
「じゃあ…一緒なら食べるって事ね?何がいい?」
「何がある?」
「えっと…レモン、ストロベリー、メロン、ブルーベリーでしょ…」
「レモンがいい」
「はい、じゃあレモンね。私はブルーベリー。コーヒーもう少し待ってね」
私は電気ケトルを気にしつつ、残りのジェラートを冷凍室へ入れた。
それからマグカップを2つ用意して、ちょうどケトルのお湯が沸いた。
「お待たせ」
「ありがとう、いただきます」
それから私達はしばらく無言で食後のデザートを楽しんだ。
「ご馳走様」
「こういうの、本当に久しぶり」
「だな」
「多分だけど…離婚した夫婦ってこんな状況有り得ないよね」
「もっと泥沼なんじゃないの」
「ははっ、言えてる」
それからまたお互い無言になって、私はコーヒーを一口飲んだ。
この状況をとても心地良いと思う私は、流都さんとやり直せるのかな。
「流都さん…」
「何だ?」
「離婚してから今まで一度も考えなかったけど、今日初めて思った事があるの。
…やっぱり子供には父親が必要なんだなって。
戸籍上の存在じゃなくて、一緒にいて、母親と同じだけの愛情を注ぐ存在」
「…それは」
「でも今すぐに再婚は出来ない。
…過去じゃなく、今の私に迷いがあるからなの」
子供には父親が必要で、流都さんとやり直したい気持ちはある。
でも、すぐにイエスと言えないのは、多分翔真への気持ちを思い出してしまったから。
このまま再婚しても、また同じように流都さんへの後ろめたさで辛くなる。
翔真に彼女がいるとわかってても、諦めきれない。
そんな中途半端で、傷付ける事はしたくないから。
「…わかった、答えを急ぐつもりはないから。待つよ」
流都さんは少し落ち込んでいた。
「…期待させてごめんなさい」
「焦らないと言ったのは俺だからな。
…でも、また唯花に会いに来てもいいか?
というか、またご飯食べに行こう」
「それはもちろん。
でも本当に出さなくて良かったの?
かなり高かったんじゃ…」
「何言ってる。
今日は就職祝いだろ?
それに、須田の奴が結構気を回してくれたみたいだから…じゃあ俺は」
流都さんは立ち上がって、玄関へ向かった。
「うん、気をつけて。お休みなさい」
「おやすみ」
私は流都さんの車が走り去るまで見送って、部屋に戻った。
机に置かれた2つの空のマグとジェラートの容器が、さっきまでの全てが夢じゃないという証拠。
片付けながら、結婚した頃の事を思い出していた。
どんなに疲れて帰って来ても、必ず一緒にご飯を食べて、何てことない会話して、こんな風に後片付けして…。
時には流都さんがやってくれたり…。
…私、離婚した事を後悔してるの?
その事実はどうやっても変えられないのに。
今更気付くなんて。本当に馬鹿だ…。