思いつき
REKHDに入社して、1週間後。
「あーちゃん、ちょっと人事部まで行ってきて」
「…部長、いい加減あーちゃんはやめて下さい」
おかげで私は先輩方からあーちゃんと呼ばれている。
親しまれてるのか、馬鹿にされてるのかわからない。
一応上司だからあんまり強くは言えないし。(言ってるけど)
「この書類、人事部長に渡してきて」
「…わかりました」
入社してから、流都さんとは1度も会っていなかった。
同じ会社でも部署が違えば、接点は少ない。
…あんな告白された後だから、会いにくいのに。
ヒカリ先輩から聞いた話だと、元サナン商事の社員しか私と流都さんの関係を知らないらしい。
当然といえば当然だけど。
余計な詮索をされずに済むけど、逆に知られた時が面倒くさい。
―――「立橋部長、総務部の中曽根からの書類です。」
「あぁ、そこに置いてくれ」
「では失礼します」
流都さんはパソコンに釘付けで、私が来たことに気付いていない様子だった。
中曽根さんから預かった書類をデスクの空いている所に置いて、私は人事部を出た。
エレベーターに向かって歩いていると、後ろから誰かが走ってきて、私の肩を掴んだ。
「な、なにっ!?」
「俺だよ俺!」
驚いて振り返ると、流都さんがいた。
「びっくりした…」
「ごめん、驚かすつもりはなかったんだけど」
「何か不備あった?」
「いや、まだ書類見てない。梓が来てたって聞いて…面接以来会ってなかったから、気になってさ」
「大丈夫だよ。良くしてもらってるし。仕事もなんとかこなしてる」
「そうじゃなくて」
「…流都さんの事はちゃんと考えてるよ。でもまだ答えは出せない。…それに今は目の前の事で精一杯なの」
「それもわかってる。俺が言いたいのは…」
「もしかして中曽根さんの事?あの人は私の親戚だよ?」
「だからそれも知ってる!」
え、知ってたの?
「じゃあ何?」
「………」
流都さんは急に黙ってしまった。
もしかして…言いづらい事?
倉木の事気にしてる?
「…倉木の事ならもう平気だよ?終わった事だし。それに…一発殴ったらスッキリしたし♪」
「…それ笑うとこか?」
「…入社祝いしてくれるよね?」
「は?」
「唯花が、美味しいハンバーグ食べたいって言ってたんだよね」
「…今夜だったら空いてるぞ」
「後で住所教えるから」
「はいはい」
面倒くさいという返事をしながら、その表情はとても嬉しそうだった。
「じゃあ私は総務部に戻るけど」
「あぁ、書類確かに受け取ったと伝えてくれ」
「はい」
私は流都さんと別れ、エレベーターに向かった。
…どうしよう。
思いつきでとんでもない事言っちゃった…。
私のバカバカっ!
今更やっぱりいいなんて言えない。
はぁ…。
唯花になんて言おう…。