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13の理論  作者: 安藤真司
19/21

ペイン

えへ、と笑った静音はそのまま、戸口の前の策を越えて、この四階の高さから飛び降りた。


「っ、しずっ、ねええええええええええええっっ!!!!」


すぐに全ての痛みを振り切って駆け出したが、すでに満身創痍の俺の身体は言うことを聞かず、一歩目ですぐに体勢を崩して、そのまま倒れる。

ここ四階だぞ。

こんな所から落ちたら死んじまうだろーが。

なのに、なんで。

なんで。

なんであんなに笑ってたんだよ。

なんであんなに泣いてたのに、笑って落ちていったんだよ、静音。

なんで、が頭を支配する。

わからない。

その俺に、琴音が震え声で話しかけてくる。


「静音が、死んだ……?わ、私は、静音に、幸せになって欲しかったから、こんな道を、選んだ、のに……あ、で、でも、でも、そうだ、私が消える意味もなくなって、柴山君に、選んで、もらえる?私を選んでもらえるの、柴山君に、そう、そうよ、柴山君、私、私を選んでよ。私を、選んでよ、柴山君!!」

「黙れ琴音ぇ!!」


もう、わかんねーよ。

どうすればいいのかわからない。

何が正しいのかわからない。

何が本当で何が嘘なのか。

俺の、俺の所為なのか?

俺が結局、琴音のことも静音のことも好きで、どっちかを選べない屑野郎だったからこんなことになっちまったのか?

なら、俺は、どうすればよかった?

俺は、これから、どうすればいい?

どうしたら、いいんだよ?


「静音、俺は、どうしたら、いいんだよぉ……」


「甘えんなよユキト」


ちっとも動かない体の力を全部使って、目線を上げる。

藤崎家の玄関と、その先の静音が落ちていった、柵がある。


そしてそこに、傷一つ見られない藤崎静音と、俺の手足だった鳳凰寺瞬が立っていた。


ついさっきそこから落ちたはずの静音がいる、という驚きと嬉しさが交じり合う。


「し、ずね……良かった、良かった……!!」


そしてそれとほぼ同時に、並び立つ瞬の殺意に気付く。

全身が冷える。

瞬は明確な殺意を、俺と13に向けていた。

殺意、なんて、初めて感じるというのに、ここまではっきりと感じるものなのか。

純粋に、怖い、という感情が沸き起こってくる。

それは琴音、いや、13の方も同じらしい。


「な、んで!?今日ここには誰も来ないはず!!そう、時を支配したのに、なんで、なんで私たち以外の人間がここにいるのっ!?」


そう、だ。

未来は何故か、鳳凰寺瞬の存在を認識していなかった。

13と琴音にとっても、俺について知らないことといえば瞬のことだけだっただろう。


「フジサキコトネさん、ね。それにサーティーンさん。ふーん……」


瞬がどうでもいいことのように、呟く。


「死ね」


単純で、分かりやすいその言葉が俺の耳に届いたと同時に、背後で飛沫があがる音が聞こえた。

また俺はなんとか力を振り絞って自分の角度を変えると、そこにはついさっきまで玄関に立っていたはずの瞬と、何かによって切り刻まれた13の死体が、いた。

瞬が、13を、殺したのだ。

それは一瞬の出来事。

瞬の持つ、機械仕掛けの剣は、かつて俺が作成したものだ。

人類には扱えない仕様で作って欲しいと訳の分からない頼みを受けて作ったのは、『Break the Sound Barrier』つまり『音速越え』。

剣に取り付けられたトリガーを引くのをスイッチに、超高速で切っ先を薙ぐことができる、凶悪なものだ。

周りに散らばる金属片から、恐らく13もガードしようと試みたようだが、機械共ごと13の体を瞬は切り裂いたのだろう。

しかし、奴がやったことは、13を、つまり、琴音を殺した、ということで。


「なに、してん、ぐあぁっ!!」


再びの怒りから瞬に何かを言おうとするが、俺が声を発してすぐに、瞬が床に転がる俺を思い切り蹴り飛ばした。

蹴りを喰らった足に激痛が走る。


「うあっ、っぐ、ううう!!!」


あまりの痛みに自分の足を見れば、右足が曲がるべきでない方向を向いていた。

直したくとも、動こうとすれば痛みに襲われ、しかしじっとしていてもやはり痛いものは痛い。

なんだこのどうしようもない感じは。

苦しい。

痛い。

きっと右足は当分使いものにならなそうだ。


「ほらほら、早く復活してみろよサーティーン。こんなんじゃ何も面白くねぇ」


すると13の体が光に包まれ、時間が巻き戻っていくかのように傷が癒えていく。

その光景に俺は少し安堵し、力を抜く。

と、その間に静音が俺の側に来た。


「これ、脚、どうしたらいいの?」

「素人判断で動かさない、方が、いいだろう、な」


痛みをなんとか堪えて言葉を返す。

もう涙は抑えられないし、息は荒いし、体は動かないしで、情けない姿だ。

静音は、なんだか複雑な表情で俺を見ていた。

俺のよく知るつんとした感じでもなく、琴音に対してや今さっきまで俺にも見せてくれていた優しい感じでもなく、なんというか。

言葉にしにくい、妙な感じがする。

そんなことを思っていると、13の体が完全に元通りになり、体から発していた光も消える。


「あなたが何者なのか知らないけど、私の邪魔を、しないで」


そう言って13が手を前に突き出すと、そこから業火が溢れ出した。

急に全身を襲った熱に目が眩むが、それも刹那のことで、


「はい死んだ」


と瞬の声が聞こえたと同時に炎は切り裂かれ、鳴りを潜めた。

と同時にまた13の体は引き裂かれる。

引き裂かれ、またすぐに回復する。

瞬が、何をしたいのかが、わからない。


「お前、何が目的?なんで私の邪魔をするの?」


13も同じことを疑問に感じたらしい。


「あー?俺に目的なんざねぇよ。目的ねぇとかほざいてたどっかの十三と違って俺自身に願いも目的もねぇ」

「どういう、意味かしら?」

「フジサキコトネとサーティーンとの間には齟齬があるってことだよいちいち言わせんなてめぇのことだろ」


言いながら、13の顔を流れるように切り刻んだ。

既に瞬の服はもちろんのこと、部屋も血の色に染まっている。


「あ、の、鳳凰寺さん、あとは、私が」


静音が少しびくびくしながら瞬に話しかける。

瞬はしかし、俺や13に対しての殺気を静音には向けず、からっと笑って返答した。


「いいや、そこも全部俺の仕事さ。静音ちゃんはそこで俺の頭脳さんを支えていてくれ。補足がありゃ適宜頼むよ」

「おい、瞬、おまえ、っがあぁっ!?」


瞬が俺に近づいたかと思えば、おかしな方向を向いていた足を無理やりに戻した。

もうなんだか痛みそのものへの反応が鈍くなってきている気がする。

元に戻って、少し楽になったようにも、新たな痛みが生まれているようにも感じられる。

麻痺してしまっていて、俺の感覚なんてもう当てにならん。

なんとかまだ、意識を保っていないと……。

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