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今は亡き亡国の戦い

 我らが王家が滅びたのは、ごく最近のことである。――僅か、三年前のことだ。当時の主君は王座についてから二十年以上が経過していて、世継ぎも決まっているという状態だった。若い時から内政型で、堅実な政治と慈悲深い性格で国民からも人気があった。軍事については少し過大評価な面があったものの、名君と呼ぶにふさわしい方であった。俺が下士官から将軍まで短期間で駆け上ることができたのは、運の良さもあったが、最大の要因は陛下が任命して下さったから。

 当時の姫君が進言して、近衛兵長だった俺は将軍を兼任することとなった。

 就任後の半年ほどは無難に過ぎた。起こった大きな事件と言えば、西の方で盗賊団が街を攻撃したということがあったものの、ベルトラーという壮年の将軍が軍を率いてあっさりと治めた。俺と、同期のジショウなどは王都で留守番。その間は鍛錬と姫様の話し相手くらいしかすることがなかった。

 そんな日常が破壊されたのは、空が恐ろしいほど澄み切った青に染まった日だった。北方の大国、エストが攻めてきたのだ。さらに俺たちを驚愕させたのは、確認できた軍隊の人数が我が国の軍の倍近いということだった。

 緊急的な会議の場が設けられ、「まともに戦えば必ず負けますぞ」とクラークという将が言い、俺はそれに同意した。普段は不敵なジショウも、渋々と頷く。

 陛下は、ベルトラー将軍を大将に、クラーク将軍、ラヴァロンテ将軍、ザース将軍、ジショウ将軍、そして、俺――ガルムも出陣させると決めた。

 陛下は停戦協定を結びたいとお考えであったはず。しかし、強大なエスト軍を抑え込むために、戦力を惜しんでいる余裕はない。それで、ヴァナス六大将と呼ばれる六人の将軍を含んだ十万の兵が出陣することとなった。

 戦いの状況は、よく覚えていない。敵軍は二十万を超え、到底我々の軍が抑え込むことのできる数ではなかった。最初にぶつかったのは、ベルトラー将軍、ジショウ将軍、俺が率いた六万。場所は、森と川のある平原だったはずだ。

 開戦当初は卓越した将軍が互角の戦況を作り上げていた。俺は一万の兵を率いて右翼側から攻撃を仕掛けた。すぐに敵将の一人とぶつかり、これを討ち取った。貴族の出だろうか、綺麗な服に煌びやかな装飾をした馬。その手に持つ大きな剣も、宝石の装飾があった。非常に目立つ姿だ。

 その後、我が軍はすぐに退却する予定だった。しかし、ベルトラー率いる四万が敵に囲まれていると聞いてそちらの救援に向かうことにした。


 結果としては、それが大敗につながった。俺は敵の情報に踊らされたのだ。当時はまだ実戦経験が少なかった俺は、情報の出どころを一切確認しないまま戦闘の中心に突っ込んでしまったのだ。同い年のジショウも同じミスをした。

 情報が届いた時点でベルトラー将軍は討ち取られていたのだ。そのうえ四万のほとんどが戦死していて、俺とジショウの軍計二万は敵軍十二万とぶつかった。

 あとは戦いにならなかった。彼の持つ刀の刃は血に染まっていて、俺の持つ双剣も鍔まで血の色だった。

 ジショウが馬を寄せてきて、「もはや敗北と討死は免れんな」と彼には似合わない弱音を吐いた。

「ガルム、お前は将軍だが、王女の身を守る近衛兵だ。ここを抜ける義務がある」

 彼の言うことを、その時の俺は鼻で笑った。どうやってこれを切り抜けろというのだ、と。

「俺が退路を切り開いてやるよ」

 ジショウはそれだけを言って、気合とともに馬を駆けた。それに、僅かに残った兵が追随する。

「……ったく」

 舌打ちをして、俺も馬を駆けた。すぐにジショウに追いつき、彼の左を狙っている騎兵を斬り倒す。両腕を同時に振り上げ、ほぼ同時に振り下ろした。直後、二人の敵兵が血液を吹きあげて地に倒れる。

 その後、俺とジショウは敵兵の波に呑まれてはぐれた。俺のもとに僅かに残った兵は精鋭ばかりであったが、一人の兵に五人の敵兵。瞬く間に兵は数を減らし、いつの間にか俺は単騎になっていた。そして、周りには長槍を構えた騎兵が五名。数的な余裕のせいか、彼らは隙を見せていた。

「降伏すれば命は助けてやるぞ」

 一人が笑みを浮かべながら言い、槍先を小さく動かした。俺は何も言わずに剣を構え直し、隙を見せている右前の男に馬を駆ける。右の剣で槍を半ばから断ち切り、左の剣で首筋を浅く切り裂いた。赤黒い血が噴き出すのを見送るような悠長な真似はせず、すぐに囲いから抜け出す。

「し、しまった」

「囲え、陣形を整えるぞ」

 その時になってようやく慌てたように新たな囲いを作ろうとした。必然的に一人一人の間隔は広くなり、必要以上に空いた瞬間、一番近い一人に向かって馬を駆けた。瞬時に首を刎ね、慌てて向ってくる騎兵の槍先を切り飛ばし、返す刀で腕を半ばから断った。その時になって追いついてきた二人の騎兵を見て、右の剣で一人の槍ではなく腕を切り飛ばした。

 絶叫が響き渡るのを気にせず、驚いて動きの止まったもう一人の騎兵に接近し、首を半ば断ち切った。黒い血液が顔にかかったが、気にしていられない。既に甲冑も剣も乾いた血液とまだ乾いていない血液の色に染まっている。

「ふー……」

 地面に倒れた四体の死体を見降ろして、俺は一息ついた。そして、戦場とは反対の方向に馬を駆けた。


「姫様……どうか御無事で……!」


 俺はただ、それを祈りながら森の中に入った。既に手遅れではないか、という考えを抑え込むことはできなかった。


「そ、それで……ガルムは王都に戻ったのですか」


 青ざめた顔でレナが問いかけてきた。ガルムは小さく首を振って、それを否定する。赤い髪が風になびいた。


「いえ。途中で、引き揚げてきた敵の本隊とぶつかり、捕虜となりました。今にしてみれば、よく生きてたと思います」

「私は、敵に捕まる辱めを受けるくらいなら命を断て……と教わりました。貴族の誇りを捨てることは許されないと」

「貴族ではそうでしょう。しかし、守るべき方のいる軍人では考え方が違います。姫様の死を知るまでは、何としてでも生き延びてお仕えするという使命がありましたので」


 姫の死を知った後、暫く自暴自棄になってしまったのは言えた話ではない。彼女の不安を煽るような内容は慎むべきだろうと考えたのだ。


「生き延びて……ですか。しかし、国を出たこととの関係がわかりません」


 レナが呈してきた疑問は、ガルムにとって答えることのできないものだった。彼が自暴自棄となったことと関係が深く、言葉を詰まらせる。天気の悪い空が、ガルムの心情を映しているようだ。


「そこは……すみません。今はまだ、お教えできません」

「そうですか……。ガルムが言葉を濁すのは珍しいですね、余程のことがあったのでしょう?」


 ガルムは拍子抜けした。彼女がこんなに簡単に引き下がるとは思っていなかったのだ。レナは何も気にしていない様子で風を浴びている。小柄な白馬に乗ったまま両手を手綱から離しているが、危なげはない。


「ですけど」


 レナは遠くを見ながら、語るように静かな声で言った。デニムパンツのポケットから紺色のヘアゴムを取り出し、髪を後ろ手にまとめる。ガルムは無言で言葉の続きを待つ。


「いつか教えてくれるのだと信じて、待つことにします」


 髪をポニーテールにして、レナは手綱を取った。街道から少し外れた草原で馬の足を止めているガルムに近づいて、早く行こうと催促してくる。彼女の表情に変わったところはなく、むしろ清々しいと感じるほどだ。ガルムは過去の記憶を脳の奥深くに仕舞い込み、代わりに国内の地図を思い浮かべる。


「ここからもう少し街道沿いに行けば、道が二手に分かれます。南に向かえば、国境へ。西に向かうのは危険ですので……できれば南に向かいたいと思いますが」

「ガルムの決定に異などありません。南に行きましょう」


 レナが即答し、なだらかな一本道を見据えた。ほんの僅かな登坂であり、分岐は坂を下った先にある。道は馬が二頭並んで歩くには狭く、レナが前を行くことになった。


「早ければ、今夜にでも国境に着きます。街はありませんが、少し外れたところに村がありますので、今日はそこに宿を取りましょう」

「わかりました。村とは、どれくらいの大きさなのですか?」

「国内でも特に小さな村です。記憶が正しければ、人口は五十人ほど。国境が近いので宿を目当てに来る人がおり、宿場が何か所かあります」


 夕焼けより赤い目で北西の空を見ながら、ガルムは記憶を少しずつ掘り起こして説明していった。その時、僅かに喉が詰まって咳き込む。何か異物を吸い込んだ感覚はなく、むせ返ったに近い。


「大丈夫ですか? お茶、飲んでください」


 レナが慌てずに茶の入った水筒をそのまま差し出そうとして、何かに気付いたように慌てて引っ込めた。空いている左手でガルムの荷物に引っかかっているコップを引ったくり、その中に濃い独特の香りがする茶を注いでいく。そのコップを、そっと差し出してきた。


「ああ、すまない」


 差し出されたコップを受け取り、ゆっくりと飲んでいく。苦みがあって、それが彼には丁度良かった。彼がコップを元の場所にしまうと、レナは満足そうに水筒を直した。


「飲みたいときはいつでも言ってくださいね?」

「レナ様のお飲物をそうそういただくわけにも。それに、自分の飲み物があります」

「でも、美味しかったでしょう? 新しく作ってみたのです」


 なるほど、道理で飲んだことのない味だ、とガルムが声に出さずに呟いて、「ええ、とても」と短い感想を言った。しかし、彼女には少し苦いのでは、とも思う。

 それは事実のようで、レナは少し恥ずかしそうな表情で「私には少し苦くて」と呟いた。彼女は苦いものが苦手な傾向にあり、味の好みはガルムと正反対である。ちなみに彼は甘いものがやや苦手だ。

 いつの間にか坂は下りになっており、馬の脚を少し早めた。分岐は南――この時は左に曲がり、そこからはガルムが先導する。村の場所は街道沿いだと遠く、草原を突っ切る方が圧倒的に早いからだ。

 馬を駆けつつも、レナとの距離は一定を保ち続けている。彼女も馬術に置いては一人前で、騎馬の民と比べても遜色がないくらいだ。

 しばらく草原を一直線に駆け抜けた後、街道に出た。その時には夕焼けも暗くなっており、ペースを落とす。街道の周りは整備されているが、少し外れれば鬱蒼とした森が視界に入る。


「もう少しすれば、到着します。近くの森には熊が出ますので、植物の採取はおやめください」

 ガルムが注意すると、レナは頬を膨らませて抗議した。

「夜は出歩きませんよ。危ないのくらい存じております」

「以前夕刻から出かけて迷いかけたのをお忘れですか」

「うっ……でも、あのときはちゃんと道に目印を付けていましたし。さすがに熊が出るような場所に勝手に出歩くような危険な真似はしませんよ」


 そうこうしているうちに、村に到着した。非常に小さく、質素な村だ。村長は突然ガルムが訪れたことに驚きながらも、村で一番大きな宿の二部屋を紹介してくれた。異国人のレナも、将軍であるガルムと同行していれば怪しまれない。

 ガルムが村長の家に行っている間、レナは部屋でポーチを開けていた。中はいくつもの仕切りがあって、さまざまな植物が仕舞われている。その中から苦みのある茶をもっと作ろうと考えたのだ。幸い、彼がおいていった荷物の中に空の水筒もある。


「苦いもの……というより、薄味を好む方のようですが……」


 レナは誰もいない部屋で一人呟きながら、使う植物を選んでいった。基本は前と同じだが、水の量をそのままに茶葉の量を減らしてみた。少し苦みが強すぎるように感じていたので、薄味にしようと考えた。

 彼女の手は少しだけ荒れていて、美容に良い植物を使った自作の塗り薬を使っている。効果はいまいちだ。もっと効果の良いものが作れたら、手荒れの酷いガルムに使わせたいと思っているのだ。

 しかし、眠気が襲ってきた。火を使う作業の途中で寝てしまってはいけないので、茶葉の選別だけを済ませて一度仮眠をとることにした。ふかふかのベッドに体を投げ出し、毛布を引き寄せる。本当ならば寝巻に着替えるべきなのだが、まだ夕食を食べてないのでそのままの格好だ。

 腰のあたりまで毛布を被って、小さな寝息をたてはじめる。一度寝入ると簡単には起きられないのだが、その時はガルムに起こしてもらえばいいと思っていたりするのであった。

読んでいただいた方々に感謝いたします

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