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自慢する話

 王都から南にひたすら街道沿いに歩いていくと、ひとつの街が見えてくる。それほど大きな街ではなく、とある貴族が地方領主のようにその街を治めている。街から出てきた商人によると、治安が良く活気のある街だと聞く。

 街はもう目と鼻の先だが、旅人はのんびり歩いていた。茶色の大きなローブで顔と体を隠し、肩からは大きなショルダーバッグを提げている。ローブに隠されている顔は若く、目を少し細めて遠くを見ていた。


「ああクソ、暑いッ!」


 旅人――ロイゼは、誰が聞いてるわけでもなく、忌々しそうに叫んでフードを荒っぽく脱いだ。素顔が風にさらされ、汗ばんだ頬をローブの袖で適当に拭った。オレンジ色の髪を後ろで三つ編みにして、前は眉の上で切りそろえられている。そして、不機嫌そうな表情で目を細めていた。手で喉元に風を送りながら、街の入口へ向かった。門番をしている兵士などは見えない。

 身長程度しかない石垣で囲まれている街で、入り口になっている通路の両脇には大きな木が植えられていて、日陰を作っていた。

 ロイゼはまず、通りがかった人に宿泊できるところはないかと尋ねた。普段はフードを被ったままだが、あまりにも暑いので今は素顔を晒している。

 通行人の男性は、旅人は珍しいと言ってから安いホテルと高いホテルの場所を教えてくれた。ロイゼは迷わず安いホテルに向かった。

 ホテルは街の中心部から近いところにあった。木造の二階建てで、屋根も外装も何一つ装飾されていない。

 ロイゼが受付で値段を聞くと、宿の主人だという中年の男性はいきなり両腕を大きく広げてうれしそうに語りだした。


「私の宿は、この街で一番安くて、一番サービスが充実しています! 部屋はいつも綺麗ですべてのお客様に気に入っていただけています! どうです、素晴らしいでしょう! 是非泊って行ってください!」


 主人の大きな声に驚いて呆気にとられたロイゼはそれに「はぁ」と生返事を返した。

 宿代は、素泊まりと二食付きの値段に大差がなかったので、二食付きを選んだ。

 部屋は意外と広く、真っ白のシーツが映える大きくてふかふかのベッドが右奥を占領し、小さなナイトテーブルが枕元に置いてある。右手前に大きなクローゼットがあって、左奥にテーブルとイス。窓は東側に大きいものがあった。既に日が西に傾いているので、部屋は比較的涼しい。

 格安のホテルの割には、浴槽があって洗濯サービスがあるなど充実している。ショルダーバッグをベッドの上に放り出して、浴槽にお湯を溜めて風呂に入った。一人旅なので、時間を気にせず満足するまで体を洗った。

 ロイゼは、旅の中でついた汚れや汗をすっかり落とし、バスタオルで髪を拭きながら浴室から出た。三つ編みの髪を解くと、肩甲骨の下まである。タオルをテーブルの上に投げ出し、バッグの中に仕舞っていて綺麗なシャツとホットパンツを着てベッドに倒れこむ。

 そのまま寝てしまいたいが、何とか眠気を振り払って体を起こした。街に着くまでに着ていた肌着や下着、シャツとタオルを洗濯サービスに出して、髪を三つ編みにしてローブを着なおして部屋に鍵をかけて外に出た。

 宿から少し歩けば街の中心部だ。ローブが日光を遮断してくれるが、熱気の籠った空気が暑い。手ぶらになって肩は軽いが、ローブを脱ぐことができたらどれほど涼しくなるか、と思ってしまう。尤も、日光が照りつけて暑い場所で露出度の高い服装は危ないのだが。

 中心部ではバザーが開催されていた。通路の左右を屋台が敷き詰めるように並んでいて、ロイゼはそのうちの十ほどの店を見て回った。そして、そのすべてで店の自慢を聞かされた。

 焼き鳥を売っている店では、「ここで売っている焼き鳥は全て家で育てた新鮮な若い鳥の肉だけを使っている」と聞いた。

 焼きトウモロコシの店では、「うちはとある畑で採れた最高級のトウモロコシだけを使っていて、最高に甘い」と。

 ロイゼは途中で、屋台の一つにあったオレンジジュースを買った。ロイゼは王都で国の通貨を手に入れていたので、ジュースは硬貨で支払う。そこの若い店主は「うちのオレンジジュースはお客様の目の前で絞ります! 常に一番新鮮なジュースを格安で飲むことができますよ!」と言った。紙コップに七割ほど注がれたジュースは良く冷えていて、甘酸っぱい。

 ジュースを飲みながら歩いて、バザーを見て回った。途中からは自慢話に飽きてしまって、通り過ぎるだけになった。紙コップはバザー内にいくつもあるゴミ箱の一つに捨てた。

 街の北側は工事をしていた。たくさんの男たちが汗を流しながら働いていて、近くには屋敷がある。日はかなり傾いていて、労働者が撤収を始めている時刻だった。

 ロイゼは、作業の監督をしている人に声をかけた。壮年の男性で、少し塵に汚れた作業服を着ている。男は腰に手を当てて語った。


「ああ、ここはこの街を支配している……領主様の命令で工事をしているんだ。私は普段から領主様の信任を得ているから、この大きな工事で監督を任せられているんだ」


 撤収してきた労働者たちから、旅人かな、といった声が聞こえてくる。

 監督の話が自慢話になってきたので、ロイゼは近づいてきた労働者に声をかけた。若く、タンクトップの下から筋肉が盛り上がっている。


「ああ、俺はここで働いている。土木工事なら何でもできるぜ、力は街で一番強くてあそこのデカい木材を五本まとめて運ぶことができる」

 男はそう言って、積み上げられた木材を指さす。あれを五本とは大したものだ、とロイゼは興味なさそうに答えた。集まってきた労働者たちは、それぞれに自慢話を始めた。


「俺はこの中で一番体力があるから、一番長く働くことができる」

「俺はナイフを使えば国一番だ!」

「儂は三十年間街の並木を世話してきたぞ」

「私は作家です。国中で有名な本を十冊書きました。王都で表彰されたこともあります」

「俺の息子は王都にある神殿で働いている。すごく頭がいいんだ!」

「僕の自慢は、毎日一生懸命働いて家族を養っていることだ。一度も生活に困ったことがない」


 ロイゼは驚きと呆れが混ざって、途中から生返事を返すこともしていなかった。それから、監督の取次で領主と面会することになった。

 ロイゼは涼しくて広い応接室に案内され、ソファに座った。低いテーブルを挟んで耳の下で巻いた金髪が特徴的な太った中年の男が座る。ソファが恐ろしいほど沈み込んだ。二人の前に冷たい茶と菓子が出され、男は「食べてくれ」と少し尊大に言った。

 男が茶を飲むのを待ってから、ロイゼも茶に口を付けた。フードを脱いで、素顔を見せる。先に男が話し始めた。


「ワシはこの街を支配している貴族じゃ。バザーもワシの主催だし、並木を植えるよう命じたのもワシだ。そしてこの屋敷で五十人を雇っている。軍で五百人、その他も合わせて六百人の部下がおる」


 街を支配しているのならば命令するのは貴方しかいないだろう、とロイゼは思ったが、口には出さない。それよりも気になることがあったので質問してみた。


「貴方は奴隷を所持しているの? それと、ここは王都より栄えているみたいに見えるけど」


 貴族は、少し間をおいてから話し始めた。相変わらず尊大な態度だ。


「奴隷はな、ここじゃ持っている意味がない。労働者は募れば必要な人数くらいすぐに集まるし、使用人も公募したら二日で五十人となったわい、ははは」


 貴族は愉快そうに笑った。顎下の贅肉が動きにつられて揺れる。ロイゼは先ほどと全く同じ声色で「それはすごい」と返答した。


「王都より栄えている、か……。旅人にはそう見えるかね?」


 ロイゼが頷いて返事をすると、貴族は顎に指を当てて考え込んだ。


「王都では貴族が奴隷を所有して豪勢にしていたけど、街の暗い所に行くと、あっという間に路上生活者に囲まれた。この街ではそんなことはない。治安が良いという方が正しいかな」


 ロイゼが言い直すと、貴族は合点がいったように目を大きく見開いた。そして、嬉しそうに語った。


「ああ、それはそうじゃな。なぜなら、この街では王都や大抵の街で必要な国民証が要らん。住みたければ、この隣にある役所で申請を出せば空家を探してくれる。そうだ、お主は魔法使いだろう、ワシの所持している軍に入らんか?」


 男は、給料は保証すると付け足した。ロイゼが丁寧に断ると、貴族は諦め悪く倍の給料を出すと迫ってきた。国民証が要らないのだから、この国でこの街は一番簡単に移民することができる、と言う。


「私はまだ旅をしていたい。貴方のお誘いは一応覚えておくけどね」


 ロイゼはそう言って、席を立った。外は暗くなっていて、ホテルでの夕食の時間も近い。さすがに貴族も諦めたのか、「そうか」とだけ言って、席を立った。

 ロイゼが部屋を出ようとすると、貴族が扉を開けた。小さく頭を下げて礼を言い、先に出る。外に出てからフードを被った。


 その日の夕食は、豪華な羊肉のステーキだった。鉄板の上にレアで出されたステーキを、自分の好みに合わせて焼く。ロイゼはミディアムを少し超えるくらいに焼いてから食べた。臭みは一切なく、付け合わせの野菜も柔らかい。オニオンスープの量が少し少ないが、ロイゼは満足した。

 部屋に戻ると、洗濯サービスに出しておいた肌着などが新品同様に綺麗になって戻ってきていた。それを底なしのショルダーバッグに丁寧に仕舞い、ローブをクローゼットのハンガーに掛けた。再びシャツとホットパンツだけになり、バッグからノートとペンを取り出し、椅子に座ってノートを開いた。日記帳だ。

 ロイゼはできるだけ日記を書くようにしている。旅の記憶を書いておけば、後日まで覚えていることができる。ロイゼはペンを顎に当てて少し考えてから、あまり綺麗ではない字で書き始めた。

『王都より南に何日か。クソ暑くて死にそうな日々が続いた。ようやく着いた街では、王都よりも穏やかで活気に満ちた生活を見ることができた。そして、この街は自慢話が流行っているのだろうか。声をかけた人が皆、各々の自慢を口にする。それはそれで面白いが、だんだん飽きてくる。

 街を支配している貴族は王都にいた貴族よりもまともな人格をしている。尊大な言い方は気に食わないが、権力者の責務は全うしているようだ。街が活気づいているのも、あの男の政治が決して悪いものではない証左だろう。まあ、貴族が役立たずのろくでなしばかりではないということか』

 ロイゼはそれだけ書いて、ペンを止めた。ノートを閉じてバッグの中に仕舞う。外は真っ暗だ。


「……寝るか」


 小声で言ったみたものの誰が聞いているわけでもなく、ロイゼはベッドに飛び込んだ。そのまま真中まで転がり、仰向けになって全身の力を抜く。

 疲れていたせいか、ロイゼはすぐに寝入った。夜の街は静かで、眠りを妨げるものは何もない。

 翌朝、部屋に差し込んでくる日光を浴びてロイゼは目を覚ました。窓を開けて伸びをし、湯船に湯を入れて体を洗った。その際に、先ほどまで着ていた服を自分で洗う。そして、新しい下着と肌着を着て、ノースリーブのブラウスとデニムジーンズに身を包んだ。その上からローブを身に着ける。これを着てしまうと、ブラウスもデニムジーンズも見えなくなってしまうが、気にした様子はない。

 朝食は野菜スープと、鶏肉を挟んだパン、中にクリームの入ったクッキーが出された。

 ロイゼはクッキーの甘さに驚いて、コックに作り方を聞いたが、教えてくれなかった。その代わりコックの自慢話を延々と聞かされた。私はこの宿で二十年間コック長をしている、料理の腕は街一番だと云々。

 ロイゼは話を全部聞いてから宿を出た。ショルダーバッグを肩から提げて西方向に歩く。出口があると聞いていて、まだ見てもいなかったからだ。

 しかし、ロイゼはすぐに後悔した。

 西は住宅街で、人は見えなかった。しかも日向が多く、暑い。ロイゼは茹だるような暑さの中住宅街を通り過ぎて街から出た。ホテルでもらった地図によると、西に歩いていくと国境が近くなり、国境沿いの街があるらしい。ロイゼはそこに向かうことを決めた。ここから歩いて十日というところだ。季節的にはこれから涼しくなるというので、ロイゼは歩きとおすと決めた。まだ午前中なので、当分は歩いていることができる。

 自慢じゃないが、暑いのは嫌いだ。と文句を垂れながら。

読んでいただいた方々に感謝いたします。できれば、ご感想、ご指摘、ご叱咤をいただければ幸いです。

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