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変わっていない話

 とある国の王都は、君主が代替わりしたばかりであった。


 悪政を強いていた前王が心臓発作で急死して、御年十歳の若い王が誕生した。戴冠式には三万人が集まり、新たな政治が始まるという期待に満ち溢れていた。

 国中で祭りが起こって、国民は皆ビールのジョッキを天高く掲げて新たな時代を歓迎した。

 腐敗していた大臣や神官は一掃され、政治要職に携わる人間も半分以上が入れ替わった。私腹を肥やしていた者は火刑に処せられた。

 王都だけで二百人以上が処刑された。


 そして景気は急激に良くなり、国内は豊かになった。餓死する国民が半分以下にまで減り、治安も良くなった。

 若い王は、良き臣下のアドバイスを聞いて善政を敷いた。臣下も権力を濫用することなく、権力を正しく使った。


「……内容が薄っぺらい気がする」


 少し汚れた大きなローブで顔と体を隠した人物が、古びた本を閉じた。声は少し掠れているが、少女のそれだった。

 本には手垢がついて、紙が変色している。背表紙を見ると、出版されたのは百年前だった。題名は、『国内歴史物語』だった。小説と思って手に取ったが、どうやら歴史本らしい。


「これを書いた人は、よほどお堅い歴史年表が嫌いだったんだね」


 本棚の隙間が少ない。少女は何とか本を寄せて寄せてやっと一冊分の隙間を作り出した。そこに半ば無理やり押し込んで、本を仕舞う。

 奥の方で、椅子に座って舟を漕いでいる老人がこの店の店主だろうか。これなら二、三冊万引きしてもバレないじゃないか、とそんなことを考えながら、店を後にした。

 城壁で囲まれた王都の中は、とてものんびりしている。先ほどの古書店から東に歩くと、青空市場の通りがあった。呼び込みの大きな声が通りの端まで響き、活気がある。


「ローブのお姉さん! 暇だったらうちの店見ていきなよ! 美味しい果物がたくさんあるよ!」


 足を踏み入れてから僅か数分で、声をかけられた。声の方を向くと、オレンジ色のエプロンをつけた若い女性が手を振っている。看板には、『マリーの八百屋』と大きく縦書きされている。

 少女は女性に近づいて、フードを脱いだ。十代後半だろうか、やや不機嫌そうな印象が残る鋭い目つきで、少女にしては精悍な顔つきをしている。オレンジ色の髪を後ろで三つ編みにして、前は眉の上で切りそろえられていた。


「よく、私が女って分かったね。貴方がマリー?」

「ええ、そうよ。性別くらい顔を見たらすぐに分かるわ。貴方の名前はなんて言うの?」


 マリーは人懐っこい笑みを浮かべて、ウィンクした。マリーは黒色の髪を後ろにまとめてリボンで縛っている。


「私はロイゼ。見ての通り魔法使いよ。果物ね……リンゴはあるかな?」

「勿論! 何個買う?」


 ロイゼは下顎に細い指を当て、少しの間考えた。肩から提げた大きなショルダーバッグを片手でつついて、中身を見る。まだ随分空きがあった。


「二つでいいや。いくら?」

「んー、ロイゼがまた来てくれると信じてタダでいいよ!」


 マリーは溌剌とした声で、迷いなく言った。ビニール袋にリンゴを二つ入れて、半ば無理やり手渡してきた。


「はいっ、どうぞ」

「あ、ありがとう」


 ロイゼはやや気圧され気味になりながら、受け取った。リンゴをショルダーバッグに入れて、礼をして立ち去った。

 フードを被り直して角を一つ曲がると、そこは静かな公園だった。子供が遊ぶような遊具はあまりなく、子供も少ない。年老いた人たちがベンチで談笑している姿の方が多いようだ。老人たちは皆、綺麗な服を着ていた。

 公園の周りはフェンスに囲まれていて、興味本位でぐるっと回ってみたところ、入口は一つしかない。


「ちょいとあんた、公園に入るのかい?」


 ロイゼは驚いた。振り向くと、背の高い男が自分を見下ろしていた。スーツに身を包み、茶色の制帽を被っている。サングラスで目を隠し、腰には拳銃のホルスター。

 警備員だろうか。


「公園に入るには、身分証明になるものが必要だが、あるかい?」

「私は旅人よ、そうね……これでいい?」


 ロイゼはフードを取って、ポケットから一枚の紙きれを出した。

 警備員はロイゼが年若い少女だったことに驚いた様子を見せたが、表情はほぼ変わらず、紙きれを受け取る。


「ああ、入国許可証か。充分身分証明になるな。了解、入っていいよ」


 警備員から返された許可証を畳んでポケットに入れ直し、公園に入る。そしてすぐに、ふと思い出したように振り向いた。


「ねえ、なんでここに警備員なんて必要なの? できたら教えてくれないかな」

「いいよ。職務だから、ここにいなければならないけど」

「……真面目ね」


 ロイゼはほんの少しだけ噴き出してしまった。すぐに「ごめんなさい」と詫びを言い、すぐ近くのベンチに腰掛ける。バッグを脇に置いて、リンゴを取り出した。

 二つあるうちの一つを警備員に差しだす。


「前払いよ」

「ははは、話の内容に見合う報酬だな。ありがとう」


 警備員は笑いながらリンゴを受けとり、サングラスを胸ポケットに入れた。想像以上に若く、穏やかな目つきをしている。


「そうだね……まず、この国の事から話そうか」


 警備員がリンゴを一口かじった。しゃりっ、とみずみずしい音がする。


「こう暑いとリンゴの水分でも嬉しいものだね……」


 警備員が感慨深く言った。ロイゼは、「そうね」と素気なく答える。彼女の持つリンゴにも、小さな歯形が残っていた。


「どこかで、『国内歴史物語』っていう本を読んでみたかい?」

「ええ、ここから北にある古書店で。小説かと思って読んだけど、全然面白くなかった」


 ロイゼは不満を隠さずに言い捨てた。そして、リンゴをもう一口かじる。


「ははは、そうだろうね。あれは全部作り話だ。……いや、全部ではないか。王が変わって政治が良くなったところがあっただろう? あれは、王が変わって祭りが行われたところまで事実だ。祖父が子供のころに祭りで踊ったと聞いたからね」

「じゃあ、政治は良くならなかったのね?」

「ああ、全く変わらなかったそうだ。実際、今も変わっていない。……で、何で僕がここに居るのかだけど、国民証を持っているかどうか、チェックしているのさ」

「公園に入るのに?」


 ロイゼは半ば反射的に問い返した。警備員は苦笑しながら、続きを言った。


「そうさ。ここの法律には、最新の国民証を持たない者は公共の設備を利用することを認めない。というのがあるのだよ。ほら、これが国民証だ」


 警備員がプラスチックの板を取り出した。ロイゼが身を伸ばして覗き込む。顔写真、氏名、生年月日が記されているだけのシンプルな作りだった。氏名は、自然を装ってしっかりと指で隠してあった。

 暫く見せてくれたあと、国民証をしまって話の続きをした。


「で、色々な理由で国民証を更新できない人がいるんだよ。多いのは経済的困窮かな。更新にかなりのお金がかかるから、払えない人が毎年少なからず出ている。あとは、犯罪で前科が出来てしまった場合。この場合は数年間更新ができなくなる」

「更新できなかったらどうなるの?」

「まず、公共の設備は利用できない。あと、賃貸住宅にも国民証が必要だから、家をなくす人も多いな」

「なるほどね、それで北西の方にはホームレスが多かったのか」


 古書店に入る前、道に迷って適当に歩いていたらスラム街に迷い込んでしまったのだ。そこは路上生活者で溢れ返っていて、途中で何度も襲われた。慌てて逃げ戻った後で古書店に入った。追いかけてきた人から隠れるということも兼ねての事である。

 それを話すと、警備員は同情したように慰めてくれた。ロイゼが恐怖におののいている姿でも想像したのだろうか。決して間違ってはいないが。

 ロイゼは顔を隠すようにそっぽを向いて、「続きは? リンゴ一個はそんなに安くないと思うけど」と言った。心の中では、貰いものだけど、と付け足して。


「そうだね。家も仕事もない……となると、路上生活者になってしまう。僕も、今リストラされたら一年後にはホームレスだろうね、ああ怖い。国民証がないと、家も仕事も手に入らないから、社会復帰もできない。……悪法だと思うよ」


 警備員はリンゴをかじった。既に、元の半分くらいの大きさになっている。


「王族貴族は、その法律に縛られていない。高い税金と、高い更新費用を吸い上げているからね。治安が悪くなっていることも気にされない」

「ふうん……。それで、あそこで喋ってる人は綺麗な服を着てるんだ」

「ご名答。国民証を持っているのは、全体の四割ほどと言われている」

「少ないね」


 ロイゼは正直な感想を漏らした。半分くらいの大きさになったリンゴをかじる。空を見ると、太陽は西に少し傾いていた。


「活気があるように見えたんだけどなぁ。やはり裏はドロドロか」

「ここに限った話じゃないみたいだね」


 警備員が苦笑した。ロイゼも苦笑して、「ええ、そうよ」と返答した。


「ま、長居はお勧めしない。銃も持ってないみたいだし」

「そう、気になってた。腰のそれ、何?」

「なんだ、銃を知らないのかい?」


 警備員は右手で腰のホルスターを叩いた。


「拳銃だよ。魔法よりずっと早く、ペン先みたいな形をした弾を飛ばすんだよ。最新の武器だ」

「へぇー……魔法より速く飛ばすんだ、すごいね」


 言いながら、ロイゼは身震いした。自分の持つ最速の魔法は、氷の礫を正面に飛ばす攻撃魔法。その速度は、魔法を使っている自分でも見えないほどなのだ。それよりも早い銃という武器に、本能的な怖れを感じた。

 しかしそれを気取られる前に、平常心を取り戻してショルダーバッグを撫でる。この中には、魔法を使う時に持つ小さな杖も入っているのだ。ロイゼの身を守ってきた唯一の武器である。


「ここは科学や工業が発達しているのね」

「まあ、最近はこの有様だから殆ど成長してないけど」


 確かに、工場は見えなかった。ロイゼはリンゴを食べ終わり、芯を近くに置いてあったごみ箱に放り投げた。

 ちょうど同じころに警備員も食べ終わったらしく、芯をゴミ箱に入れた。


「ご馳走様」

「こちらこそ、貴重な話をありがとう」


 ベンチから立ち上がり、公園を出た。警備員に手を振って別れを言う。彼も手を振ってくれた。ロイゼがフードを被ると同時に、警備員はサングラスをかけた。


 角を曲がり、王宮が見える広場にある屋台で大きな紙コップに入ったジュースを買った。この広場でも入国許可証を出さなければならなかった。


「面倒な国だなぁ。王都だけがこんなのならまだマシなんだけどな」


 木の幹にもたれかかってジュースを飲みながら、独り言を呟いた。まだ王都に入って半日程度だが、既に二度、身の危険を感じている。

 警備員と別れた後、暴漢に襲われたのだ。数人が刃物を取り出したので、ロイゼは慌てて逃げ出した。ある程度逃げて、気品のありそうな人が歩いている場所まで来ると、暴漢は追ってこなかった。どうやら暗い場所から出るのに抵抗があるらしい。


 ふと、周りが騒がしくなっていることに気づいた。


「これ、そこの薄汚れたの」


 綺麗な服を着て杖を突いている小太りの老人が、見下すような目つきでロイゼを見ていた。その近くで、小麦色の肌に黒髪の若い女が団扇を仰いで老人に風を送っていた。女は汗が流れ落ちている。

 老人の服装は、お世辞にも趣味が良いとは言えなかった。宝石が散りばめられた絹服、指にはごてごてとした指輪が三つもついていた。浅黒い肌の女性は、麻の簡素な服装をしているだけだ。

 老人の視線に気づいてから、自分が呼ばれていることに気づく。

 薄汚れた扱いを受けたことに腹が立ったが、ローブだけ見れば綺麗とは言い難いので、何も言わずに生返事を返した。フードは取らない。


「貴族様がお通りになる。立っていてはならん」

「はあ」


 ロイゼがまたも生返事を返した直後、老人が座り込んだ。視線の向いている方向を追うと、太った中年の男性が輿に乗って移動していた。輿は四人の良く鍛えられていそうな男が支えている。彼らの表情は暗く、体は汗だくだった。そして、一様に麻の簡素な服を着ていた。

 貴族の男は、輿の上から民衆に向かって手を振っている。その表情は余裕そのもので、まったく警戒心が感じられなかった。

 それもそうだろうか、男の後ろには、甲冑で武装した兵士が三人、辺りに視線を送って民衆を警戒していた。兵士たちの表情は、兜に遮られて見えない。


 輿を支えている男たちが可哀そうとは思った。しかし、口にも表情にも出さなかった。その言葉が全くの無益であると、ロイゼは知っているからだ。周りに従って座り、フードの下から不機嫌な視線を貴族の男に送る。


「あの方は、我が国の大臣をしておられるお方じゃ。儂らに富を授けてくださる」


 老人が恭しく言った。


「そう。貴方は?」

「儂か? 儂はしがない下級貴族じゃ。特権以外に目立つところがないでの、暇を持て余しとるんじゃよ」


 老人は小さな声で笑いながら言った。ロイゼが特権について尋ねると、疑う様子もなく説明し始めた。


「特権とはな、国民証の永久保存、税金からの生活費支給などじゃ。ちょっと多くての、これくらいしか覚えとらん。ああ、あと、奴隷の所有権じゃ」

「そう、ありがとう」


 ロイゼは老人から目を離した。気分の悪い話を自慢げに話されて、辟易していたのだ。興味なさげに返事をしても、老人は感づかないのか話を続けようとする。

 仕方なく、ロイゼは話を強引に断ち切って「奴隷ってのは、麻服を着た人たち?」と質問した。老人は笑いながら、「法律で、奴隷は麻を、平民は布を、貴族は絹を着るように義務付けられておるのじゃ」と言った。周りを見てみると、実際に殆どの人は絹でも麻でもない服を着ているように見える。


「奴隷に給料は?」

「支払い義務などあるわけなかろう。儂の所有物じゃ。それにしても、なぜそんなに知りたがる」


 流石に怪しまれたか、ロイゼは盛大な舌打ちをしたいという衝動を堪えた。少し考えてから、返答する。


「僕は旅をしている。他の国との制度の違いとかに興味があるから、知識の豊富そうな人に聞いた」


 ロイゼは直感で、自分を男と詐称した。声がやや掠れているので、一度男と名乗ってしまえば、顔を見られなければ押し通せる自信があった。気取られない程度にフードをさらに深く被って顔を隠す。老人はその行動に気付かなかった。そればかりか、ロイゼの「知識が豊富そう」というおだてを真に受けているらしい。やや下品な含み笑いを漏らしていた。

 ロイゼは老人に冷たい視線を投げかけておいて、うちわを懸命に扇いでいる女性に話しかけた。


「奴隷……ですか。その経緯、環境を聞いてもいいかな?」


 女性からの返答はなかった。押し黙ったまま、風を老人に送り続けている。


「おい、話してもよい。許可する」


 老人が言うと、女性はうちわを扇ぐ手は止めずに、顔をロイゼに向けた。彫りの深い整った顔立ちをしていて、体のスタイルも美しい。ただし、嬉しさと悲しさのないまぜになった複雑な表情をしている。


「あたしはね、身売りなんだよ。知っているかい、お嬢さん」


 ロイゼは硬直した。驚きを隠せずにいると、女性は僅かに微笑んだ。


「わかるよ、あたしにはね。お嬢さん、旅人ならほかの国の奴隷制度も見たことがあるのかい?」

「ええ、まだ二、三国くらいだけど」

「ここは酷いだろう?」


 女性が嘲るように言った。ロイゼにはそれが、自嘲するように聞こえた。ロイゼは正直に、酷い、とだけ返した。


「我が身が情けないよ、せめてヴァナス国……もしくはエスト帝国なら違っていたかもね」

「ヴァナス国は滅んだよ。それに、あそこは滅ぶ直前に奴隷制度を廃止している。エスト帝国は行ったことがないな」


 ロイゼは、自分の記憶を掘り起こすようにゆっくり言った。ヴァナスとは、この国と海を挟んでいる大国だ。ロイゼが赴いたときには既に滅んで、治安がなくなっていた。半日で二度も盗賊の襲撃を受け、一度は死にかけたのだ。エストはヴァナスの北にある超が付くほどの大国だ。ロイゼは行ったことがないが、奴隷制度が存在し、その内容はこの国と比べると格段に優遇されている。

 ヴァナスが滅んだと聞いた女性は、ショックを隠し切れないようだった。ヴァナスは辺境まで治安の良い国だった、行きたかったよと残念そうに話した。

 それから女性は、この国の闇について話し始めた。ロイゼはフードを取り、体ごと女性に向けた。


「ここはね……何も変わっちゃいないさ。古い奴隷制度、古い中央統制……輝かしいのは上辺だけで、下半分は地獄さ。あたしでも、まだ上半分すれすれにいるかもしれない。奴隷の証……これね。を持っていたら国民証と似た権限が使えるから」


 女性が服の下から引っ張り出して見せてきたのは、ひもで首に括り付けられた一枚のプラスチックの板だった。氏名と主人の名が明記されている。ロイゼが見ると、すぐに服の中に戻した。


「下半分は可哀そうだよ。いつ逮捕されるかわからない。国民証がないからここからも出られない。奴隷は気楽かもね。あたしのご主人様はこれでも、まだ寛容的な方だから」

「まぁ、横暴な人ではなさそうね」


 ロイゼは正直に返した。女性も頷いている。次の話を探しているのか、女性は少し考えてからいきなりロイゼの耳元に近づいてきた。

 一瞬何事かと思ったが、すぐに耳打ちと理解する。ロイゼはおとなしくした。


「あなたはすぐにここから出なさい。うちのご主人様があなたを奴隷にしようとしてる」

「わかるの?」


 ロイゼは身を硬直させながらも、冷静に返した。少しだけ声が震えている。


「わかるさ。おそらく、侍らせたいんだろうね。若い女の子に目がない人だから」


 ロイゼがそっと老人の様子を見る。

 老人は品定めするような目つきでロイゼを見ていた。だが、満足したように気持ち悪い笑みを浮かべている。

 慌てて視線を戻し、女性の方を向いた。


「下級貴族でも、少数なら警察を動かせる。城門で待ち伏せられたら逃げられないから、お急ぎ」

「ありがとう、そうする。貴女はそれで我慢してるの?」


 ロイゼが少し落ち着きをなくして問うと、女性は即答した。


「機会があったら殺したいさ。だけど、主人殺しは死刑だし、殺す手立てもない。我慢するさ。さ、もうデブ男も行ったからお行き」

「ありがとう。貴女も、気を付けて」


 ロイゼは立ち上がり、女性に頭を下げた。フードを被り直し、不機嫌な表情に戻った。老人には別れを告げず、また声をかけられる前にさっさと広場から出た。

城門に向かっている途中の角を曲がった時、先程の暴漢と鉢合わせした。彼らが刃物を取り出す前に、走って逃げた。身体能力には自信がある方で、実際にロイゼがバテるより暴漢がバテる方が早かった。

城門の外に出た後、小さな花畑を見つけたロイゼはそこに行って、座り込んだ。フードを取ると、額や首筋が汗ばんでいるのがさらけ出された。

ショルダーバッグから白いタオルを取り出して、顔を拭いた。それから喉元を拭いて、ローブの中にタオルを突っ込んで体を拭いた。

 暫し花畑の花をつついたり愛でたりして時間を潰したが、気が付けば空は真っ暗だった。ロイゼは慌てることなくショルダーバッグから杖を取り出す。

「〝我に干渉することを否定する〟方向は未来と過去と天と今」

 小声で呟いて、杖を地面に突いた。すると、前後左右と上に透明の壁が立ち上がった。外からは蜃気楼のようになって内部が見えず、中からは外の様子がしっかり見える。解除するまでロイゼ自身も壁の外に出られないが、通気性は良いので暑くならない。ショルダーバッグから折り畳み式の椅子を取り出す。バッグはまだまだ空きがあった。どう見てもサイズより容量が多い。それに、重量も気にしていない様子だ。

 携帯食料をゆっくり食べてから、ロイゼは毛布と寝袋を取り出して、毛布を地面に敷いた。その上に寝袋を置いて、ショルダーバッグを枕にして寝袋に入る。

 ロイゼは不可侵の壁の中で、すやすやと眠りについた。天気は大変に良く、星が無数に光っていた。

読んでいただいた方々に感謝いたします。もしよろしければ、ご感想やご指摘をお願いします。

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