ロジーナ、叱られる
ロジーナはゆっくりと目を開いた。
頭の奥がまだかすんでいる。
記憶を思い出すように目を動かした。
「気がついたか」
声のした方をみると、クレメンスが立ち上がり、こちらへとやってくるところだった。
ロジーナは慌てて起き上がろうとしが、思ったように身体に力が入らなかった。
「無理に起き上がらなくていい。寝ていなさい」
クレメンスの言葉に従い、ロジーナは力を抜き、再び横になった。
「ロジーナ。なぜ私の言いつけを守らなかったのだ」
クレメンスは枕元に立つとロジーナを見下ろす。
「出されたモノを安易に口にしてはならない、と何度も言ったはずだ」
ロジーナはクレメンスの話を聞きながら、あの時の状況を思い出していた。
バカだった。
いくらしつこく勧められても断るべきだった。
人の良さそうな笑顔に気を許してしまった。
今思えば、フリッツもゲロルトも言動に不自然なところがあった。
それを見逃してしまっていた。
完全にロジーナの不注意だった。
「すみません……」
ロジーナは視線を落とす。
「今回はこの程度で済んだが、命を奪われていたのやもしれぬのだぞ」
クレメンスの口調が少し強くなる。
ロジーナは返す言葉もなかった。
もし、あのままだったらどうなっていたのだろうか。
背筋がヒンヤリする。
考えることすら恐ろしかった。
「いくら優秀な使い手でも、毒を盛られたら一巻の終わりだ。これに懲りて、二度と同じ過ちを繰り返さないことだな」
「はい」
ロジーナは深くうなづいた。
「体内から薬物が抜けるまで、今しばらくかかるであろう。ゆっくりと休みなさい」
クレメンスの言葉にロジーナは目をつぶった。
頭の奥――芯のあたりに鈍い痛みが残っていた。
先ほどまではそうでもなかったが、こうして目をつぶっていると、痛みに意識が集中してしまう。
ロジーナは無意識にこめかみのあたりに手をやった。
「痛むのか?」
クレメンスがロジーナの顔を覗き込む。
「……大丈夫です」
ロジーナはこめかみをグッとおさえたままこたえる。
これくらいの痛みは痛みではない。
痛いなどと言えるような立場ではない。
この痛みは油断した罰なのだ。
ロジーナは眉間に深いシワを寄せながら痛みを和らげようと、こめかみにあてた指先をマッサージするようにグリグリと動かした。
クレメンスはそんなロジーナの様子を眺めながら「フッ」っと笑った。
「仕方がないな。ロジーナ、抵抗してくれるなよ」
囁くように呪文を唱えながら魔力をねる。
そして、人差し指と中指、二本の指をロジーナの額にあてた。
ロジーナはクレメンスの指先から魔力が流れこんでくるのを感じた。
心地よい呪文の響きがゆっくりと脳内に広がる。
ロジーナもよく知っている睡眠の呪文だ。
ロジーナは抵抗せず、ゆったりとクレメンスの魔力に身をゆだねる。
ロジーナは深い眠りについた。
クレメンスはロジーナが完全に術にかかったのを確認すると、頭をおさえていたロジーナの手を布団の中に入れてやる。
布団をロジーナの肩まで引き上げ掛けなおすとため息をついた。
「まったく……」
そうつぶやくと、じっと見つめながらロジーナの頭を二度ほど優しくなでる。
その手をそのままゆっくりと頭から頬に滑らせ、手で包み込むようにすると「フッ」っと笑い、手を離すと、ベッドから離れ、机の前に座った。
クレメンスは、チラリとロジーナの方に目をやった後、机に積まれた書類を手に取り、読みはじめた。