ロジーナ、回収される
「女のわりに、ずいぶんとしぶとかったなぁ」
フリッツはニヤニヤとしながら、テーブルにおかれた金包を自分の懐に戻した。
「かなりの使い手っちゅう話だったが、他愛もねぇ」
ゲロルトは動かなくなったロジーナに近寄り覗き込んだ。
「それにしても別嬪だなぁ。魔術師にしておくのは勿体ねぇ」
下卑た薄笑いを浮かべながら、手を伸ばし、ロジーナに触れようとした。
「私の弟子をどうするつもりだ」
突然背後から低く静かな声が聞こえた。
ゲロルトが振り向くと、見知らぬ男が立っていた。
男は腕を組み、冷たい目でじっとゲロルトを見据えている。
ゲロルトはその凄味のある雰囲気にたじろいだが、すぐに気を取り直すと口を開いた。
「何だお前」
「彼女をどうするつもりなのかと訊いている。返答如何によっては容赦はせぬぞ」
男は感情を押し殺すように言った。
その高圧的な物言いにゲロルトはカッとなった。
「なんだと」
思わず身を乗り出そうとしたゲロルトをフリッツが慌てて押さえた。
「マズい」
怪訝な顔をしたゲロルトにフリッツが小声で続けた。
「紫蒼の星クレメンスだ」
反応の鈍いゲロルトにフリッツはさらに続けようとした。
「貴様。さっさと答えろ」
クレメンスの静かだが怒気を含んだ鋭い声が飛んでくる。
まるで地獄の底からわき上がってきたような迫力に二人は縮みあがった。
「ご、ご気分が悪いとおっしゃられたので、介抱しようとしていただけで、ごさ、いますよ」
フリッツは愛想笑いを浮かべ、揉み手でしどろもどろにこたえる。
クレメンスは瞬きもせず、半眼のまま鋭い目でフリッツを睨む。
フリッツはガタガタと震える身体を必死で押さえつけた。
「そうか。ならば彼女の身柄は私が引き取る。いいな?」
静かだが憤怒を含んだクレメンスの声に二人は首ふり人形のようにコクコクと頷いた。
クレメンスが二人の方に向かって、ゆっくりと一歩、また一歩と迫ってくる。
二人は背筋を伸ばし「気をつけ」の姿勢のまま、クレメンスが動くたびに、避けるように、一歩、また一歩と移動する。
クレメンスはロジーナの前に膝をつき、容態を確認する。
二人は息を凝らして、直立不動のままその姿を眺めていた。
クレメンスはロジーナを担ぎ上げると、二人の方を横目でちらりと見た。
瞳の奥に怒りの炎がメラメラと燃えさかっていた。
二人は息をのんだ。
背筋を冷たい汗がつたう。
「後刻、この返答はたっぷりとさせていただく。そのつもりで、首を洗って待っているんだな」
クレメンスはニヤリと嗤い、ロジーナとともにその場から姿を消した。
残った二人はホッと息をつき、へなへなと座りこんだ。