8話
翌朝、朝のものとは思えないようなテンションの二人組みによって叩き起こされていた。比喩表現ではなく、物理的に叩き起こされていた。
「今日は買出しに行くよ」
「イェーイ。食べ物一杯買い込みましょう」
「ちょっと待て、俺は朝から殴られて気分が悪いから、静かに説明をしてくれ」
ヒリヒリと痛む頬をさすりながら説明を求める。
「今朝月夜ちゃんが、冷蔵庫に入ってたものを全部食べちゃったの。だから、食べ物を買いに行こうという話になったんだよ」
「お前……」
月夜に最大限の圧力を掛けてみるが、いつものごとくまるで気にも留めずに、楽しそうに笑っている。
本当にこいつは能天気でいいな。
「まあまあ、怒らずに、ね?」
「冷蔵庫の中ってどれくらいの物が入ってたんだ?」
「かまぼこ一本と塩辛だけ」
なにそのチョイス。
これなら月夜でなくとも全部食べることは可能だな。まあ、塩辛だけを食べ続けることが出来るあたりが月夜らしいが。
「ちなみにどれくらいの予算?」
「影千代君の貯金全部」
「影千代さんは今までの仕事でたんまり稼いでいるから心配はないですよね」
まあ確かにいままで稼いだお金は全額貯金しているけど、節約すればあと十年は生きていける額の貯金はあるけど。
いくらか引き出しに行ってカードが使えないとか、誰かに見つかるとか嫌だよ、俺。
「伊勢はお金ないの?」
「あったらもう少しマシな生活を送ってるよ」
「ここは影千代さんの出番ですよね」
「そうそう、影千代君の出番だよ」
俺って財布扱いですか?
「ささ、影千代さん出発です」
そう言うと月夜は俺の手を引き、大股開いて歩き出した。
結局行くんですね、俺を財布に使うんですね。
伊勢と月夜は楽しそうに会話をしながら、暗記も出来ないような複雑な道を進んでいく。最早進行か後退かも分からないようになってきているが、とりあえず目の前にいる二人からはぐれないように付いて行く。
右も左も同じような景色の続く道だったが、ようやくいろいろなものが並んでいる大通りにでることが出来た。
「じゃあスーパーを何軒か回って食材を買い込もうか」
「そんなに食材の入る冷蔵庫なんかあるのか?」
「彩の部屋には業務用の大きな冷蔵庫がありましたよ」
「マジかよ」
業務用ってなんでそんなでかい冷蔵庫があるんだよ。まさに月夜のための冷蔵庫みたいな冷蔵庫だぞ? 普通の女子があんなもん使わないだろ。
「マジだよ、しばらく引きこもらなきゃいけないとき用に、業務用のものを買っておいたんだよ。昔だけどね」
業務用の冷蔵庫があったという事実よりも、業務用の冷蔵庫にかまぼこと塩辛だけしか入ってなかった、という事実に気づいてしまった俺はそっちが気になって仕方ない。
「さぁ、行こう行こう」
と、陽気な声で伊勢が言った。
そしてそれに月夜も続く。
「行きましょー」
こいつら、俺が賞金首だって理解してるのか?
出来るだけ静かにしていてもらいたいものだ。正直このままの感じで買い物をするとなると確実に俺見つかっちゃうよ、そして捕まっちゃうよ。
「まずはあそこのスーパーからだね」
そんな伊勢の声に従い順次各スーパーを回って行く。
買うものと言えば保存の利くものから、肉、魚、野菜、果物、そして大量のかまぼこ。どうやら月夜は、かまぼこがとても気に入ったらしく、かご一つをかまぼこで一杯にさせて、
「これだけは譲れません!」
と、頑なに大量のかまぼこを買うことを譲ろうとはしなかった。
誰が運ぶと思ってんだよ、俺だぞ、俺。袋一杯のかまぼことか運んでみろよ、ものすごい視線にさらされることになるんだぞ、その結果見つかってみろ終わりだからな。
「二人とも、ちょっと待って下さい」
「なんだよ」
「一つ大切なものを買い忘れていました」
「なにを買い忘れたの?」
「内緒です」
「かまぼこだったら許さないぞ」
「この店のかまぼこは、ほとんど買い占めましたよ」
そんなに買ったのかよ。一体いくらになるんだ?
「俺たちは先に行っていいか?」
「どうぞどうぞ」
「じゃあ、店の前で待ってるね」
「はい」
そう言うと月夜は店の中へと戻っていった。
頼むからかご一杯のなにかとかは止めてくれよ。
「いたぞ! こっちだ!」
どこからかそんな声が上がる。
声のしたほうに視線を向けると、そこには人ごみの中を縫って駆けて来る黒装束の二人組みの姿があった。
クッソ、見つかったか。
二人組みは人ごみが開けると共に手をかざし、火球を俺に向けて弾きだす。二つの火球は空気を焦がしながら、俺の反応速度ギリギリの速さで飛んでくる。
これを辺りに被害を出さずに避けるのは不可能だと判断し、俺の持てる反応速度を総動員して水壁のようなものを作り出す。作り出された水壁は火球を飲み込み、瞬時に鎮火させる。
「影千代さん!」
そんな声と共に俺の左手に、良く馴染む拳銃が出現する。
声の主である月夜は、手当たり次第に物を詰め込み、腰に大量に付けられた小瓶に入った俺の血液を流し込んでいく。
念のためにと今朝、小瓶に血液を詰めてきた甲斐があるってもんだ。
まあ、おかげで貧血気味だけど。
俺たちがこの一連の流れを行なっている際に、すばやく次の攻撃に移っていた二人組みは、より火力を上げるためか、火球と風の合わせ技を放ってきた。
が、もう一度出現させた水壁で勢いを殺し、何も持たぬ状態で刀を振るようなモーションをとると、意図を汲み取った月夜の手によって俺の右手には日本刀が出現する。何の躊躇いもなく刀を振ると、水壁によって勢いを殺された火球は水壁もろとも見事に両断された。
そして、二人組みが次の攻撃へと移るまでの一瞬の隙をつき、左手に握られた拳銃の引き金を引く。
『ドン』
という重低音が二度続き、二人組みの左胸を穿った。そして二人組みは左胸から赤黒いものを吐き出しながらピクリとも動かなくなる。
「行くぞ!」
「はい、彩も早く」
「あ、うん」
戸惑いながら頷き、三人で人ごみを潜り抜け伊勢の誘導によって来た道とは別の複雑な道を抜けていき、家まで辿り着く。
「ふぅ、逃げ切ったか」
「そうみたいですね」
「まあ、誰も追っかけて来なかったけどね」
それもそうだ、目の前であんなことが起こったというのに、俺たちを追いかけてくる命知らずはいないだろう。
もしいても一般人なら殺しはしないが。
「それにしてもあいつらは何だったのでしょうか?」
「魔術師だけど、自衛隊には見えなかったしな」
自衛隊ならあんな風に黒装束で身を包む必要がないし、そもそもあんな人が大勢いるところで魔術を披露はしないだろう。
「あれは、ラブ&ピース社の軍人じゃないかな」
「なるほど」
あそこなら民間とはいえ軍事会社だ、魔術師ぐらいいてもおかしくはない。そして俺を追う理由もある。
ついでに言えば自衛隊ほど回りに気を使う必要も無い、と言うことか。
「彩、詳しいですね」
「いや、ほら、魔術師なんて自衛隊か、民間の軍隊にしかいないでしょ? それ以外は影千代君みたいなかなり特殊な人たちだし」
「確かにそうですね。疑ってごめんなさい」
「いやいや、気にしなくていいよ」
なんかすっかりやりきった的な空気になっていたが、実際はまだ買ってきたものを冷蔵庫に収めるという作業が残っている。
そしてそこが一番お難関でもあったりもする。
なんだって一人二つ、袋がはち切れんばかりの量の戦利品を持っているんだから。はたして業務用冷蔵庫の容量で対応出来るのか? そしてかまぼこはどうなるのか?
今更だが、主食をうどん三玉しか買っていないこの事実に誰か気づくのか?
「じゃあ買ってきたもの冷蔵庫に入れちゃおうか」
「はい」
「時間かかりそうだな」
「文句言わない」
「そうですよ、影千代さん。文句ばかり言ってちゃいけません」
別に文句ばっかりってこともなさそうだけどな。
いや、周りから見れば文句ばかりなのか?
その後大量の文句を心の中で吐き出し続けながら、冷蔵庫に納品する作業がひとまずは終わった。
それにしてもかまぼこは恐ろしかった。
冷蔵庫の一角が紅白模様を見事に作り出してるからな。なんか冷蔵庫の中が、凄くめでたい感じになってるよ。
「いやー、案外大変だったね」
「そりゃ、かまぼこを咥えながら仕事をしていたやつがいたからな」
「かまぼこは正義です」
「かまぼこは食料だろ」
月夜の中で、そこまでかまぼこの神格化が進んでいるとは、これは大変なことになりそうだな。
しばらくはかまぼこ漬け生活。
想像しただけでも恐ろしい。
なんにせよ、これでほとぼりが冷めるまで静かにしていられるといいんだが。
というか、月夜が買っていた鋸ってなにに使うつもりなんだ。
というわけで、8話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。