6話
「おい新人! お前が先に行け!」
「お、俺ですか?」
「そうだお前だ!」
必死に魔術を勉強して、どうにか魔術師になって、特殊部隊に配属されてからはじめての任務がまさかこんなことになるとは思ってもみなかったな。
それも突然半倒壊したビルを調べるために借り出され、まだ十五である俺に先人を切らせるとは、とんだ腰抜けやろうだな。
まあ、怖いのは分からなくもない。何せ国の技術を詰め込んだ最新鋭のビルが建って一週間で半倒壊だもんな、怖くないほうがおかしいか。
粉塵が巻き上がる中、足場の悪い瓦礫を進んでいくと、そこには女の子がいた。
綺麗な銀髪で、所々土埃で汚れた白いワンピースを着た女の子。
「ねぇ君、ここでなにをしてるの?」
俺の声を聞き、女の子はこちらを振り返った。
手にもったコンクリートの破片を口に咥えながら。
「き、君、駄目だよ、そんなもの食べちゃ」
女の子は軽く首をかしげ、どうして? と言いたげな表情を作り、口に咥えたそれを噛み砕き、飲み込んだ。
「ちょっ」
なにやってんだよ。
俺の言葉は口から出てくることはなく、ただただ重く閉ざされている。
驚愕と、恐怖とに押し殺されて俺の言葉は続くことがなかった。代わりに俺の鼓動だけが早くなり、見開いたまぶたは閉じることがなく眼前を捉えている。
「あなたは誰ですか?」
女の子の口元についたままのコンクリートの欠片。
女の子の口から伸びる人のそれとは思えない犬歯。
硝子玉のように綺麗な眼球に輝く青白い瞳。
そして顔中に飛び散った赤い液体。
そのどれもが俺は人間のもつものには見えなかった。
「あ、あああ、あああああああ」
そんな声だけが口から漏れた。本当に小さく漏れた。
そして俺は膝から急に力が抜けて腰から崩れ落ちる。
「大丈夫ですか?」
不安そうな顔で女の子は俺に近づいてきた。
こいつは何者だ?
血、犬歯……吸血鬼?
おいおいおい、本当にいるのかよ。確かに世の中にはそんな者が大勢いるとは聞いたことがあるが、本当にいるのかよ。
「おい、どうした」
腰抜け隊長の声が近づいてきた。
「お、おい、お前。そいつなんだ?」
そんな声が聞こえたあと、数秒のタイムラグの後、隊長は言葉を漏らした。
「ギフト――か」
ギフト聞いたことがある。
神や悪魔、妖怪なんかをそう呼ぶことがあると、魔術師になった直後、教官が言っていたようなきがする。
「ギフト、ギフトだな。お前、俺に力をよこせ」
そう言って目を吊り上げ女の子へと大股で擦り寄っていった。
「俺に、俺に力をよこせ、力、力を」
微動だにしない女の子の肩を掴み持ち上げ、力任せに揺らしながら力をよこせ、と言葉を何度も続けた。
いくら特殊な存在とはいえ、あまりにもやっていることが屑すぎる。
恐怖の中にいたはずの俺は、気がつけば酷い嫌悪感の中にいた。この子がなんなのかは知らないが、大人が子供に取るような態度では決してない。
「あなたは嫌です」
きっぱりと女の子は言い切った。
「あなたみたいな人はわたしのパートナーには見合いません」
「……お前、調子に乗るな。力をよこさないと言うのなら、消えろ」
人間の屑にしか見えないこの男は右手で女の子の頭を鷲づかみにし、空間が揺らぐほどの魔力をそこに集結させていく。
「駄目だ」
考えるよりも先に体が動いた。
というのはこういうことを言うのだろう、気がつけば俺は屑の頭に向けて全力で業火を浴びせていた。
「あぅ」
一瞬女の子はまぶたを閉じ、顔を仰け反らせた。
やってしまった後で俺の思考と言うものが、それじゃ女の子まで燃えかねない。と、遅すぎる静止をかけたが、既に後の祭り状態。
まあ、女の子の鼻先を熱気が迫っただけで済んだ様だったけど。
どっと溢れてくる疲労感に包まれながら、女の子の口より流れてくる綺麗な音に耳を傾け、俺は衝撃的な言葉を耳にした。
「わたしは決めました。あなたに力を貸します」
屈託ない幼くて無邪気で人懐っこい笑顔で女の子は言う。
こうして新米隊員と新米妖怪が出会った。
というわけで、6話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。