5話
「お腹が空きました」
「我慢しろ」
俺たちは現在秋風に吹かれながら空腹と戦っている。
服は囚人服を月夜に食わせて普通の服に作り変えてもらったが、さすがに食べ物は作り出せないから仕方ない。
とは言えない。
半日食べてないだけでもう体が動きそうにないんですけど。
お金は捕まったときに取られたし(キャッシュカードならあるけれども、それは使えないようなきがするし、俺たちがここに来たと言う情報が残ってしまうから使えない)、かといって盗むわけにもいかず、結局空腹との激戦が繰り広げられているのをどうすることも出来ないとは、情けなくてしかたない。
「こうなったら仕方ありません。わたしがお札を作り出します」
「止めとけ、最近じゃどこの店でも魔力のこもったお札なんて受け取ってくれないから」
「そんなこと言われたってこのままだと死んじゃいます」
「俺だって死にそうだ」
いろんな意味で死にそうだ。
どうやら俺には賞金が掛けられたらしい。それも民間軍事会社では世界トップレベルとまで言われている『ラブ&ピース社』の社長、大八木によってだ。
しかし、もっと驚くべきことに俺の首には一億もの金を掛けたらしい。そのせいで色んな人が血相変えて俺のことを探している。
というか、軍事会社がラブ&ピースってどういうことだよ。社長が巨大電光掲示板で、俺の首に賞金を掛けたとか何とか言ってるときに初めて聞いたが、妙な違和感を覚えずにはいられない。
俺の首に賞金を掛けた理由が自分の故郷が壊滅されたからとか言ってたけど、俺やってねぇし。
そういえば、昔泥棒に侵入されたとか言って騒いでたような気がしなくも無いが……まあ気のせいだろう。
「もう無理です。死にます。飢え死にします」
「まだ大丈夫だって、少なくとも今日一日なにも食わなくたって飢え死にはしないはずだ」
「あのーすいません」
「はい?」
俺が声の主へと顔を向けると、声の主は金属バットを振りかぶり言った。
「賞金首さんですよね?」
一切変わることのない笑顔で俺の脳天めがけて振り下ろされる金属バットに向け、自らの魔力を炎に変えたものを叩きつける。
すると、バットは『ジュッ』と焼肉を想像させる音を残し、中ほどよりグニャリと折れ曲がってしまう。
ああ、焼肉食いてぇ。
「逃げるぞ、月夜!」
「はい!」
俺たちは全速力で走った。
時より水を大量に撒いてそこに電流を流して一瞬動きを止めたり、燃やして水蒸気を発生させて視界を奪ったり。
とにかく怪我を負わせない程度の事を続けて、とりあえずは逃走に成功する。
「撒い、た――な」
乱れる呼吸を整えながら月夜に短く声を掛ける。
月夜は、
「ええ、そうみたいですね」
と、一気に言葉を吐き出し、そのあとでいくつかの深呼吸をした。
「こんなんじゃ飯なんて食ってられないぞ」
「でも食べないと死んじゃいますよ」
「そんなこと言ったって、とても飯を食えるような状況じゃないことぐらい分かるだろ」
『ドドドドド』
かなりの人数の足音が近づいてきていることに顔を真っ青にしながら俺と月夜は顔を見合わせた。
「どこか隠れるぞ」
「はい」
とは言った物の、今いる場所は店と店の間の狭いスペースで、あるものといったらゴミ袋と青くて人が一人入れるサイズのゴミ箱。
「これしかないな」
「そうですね」
これだとどちらかが犠牲になってしまうことは確実だ。
何か方法を考えなければ。
「申し訳ないが、月夜。これ食ってもう少し大きいサイズのもの作ってくれないか?」
「やっぱりそうなりますか?」
「ごめん」
「分かりました。その代わり、今度わたしの気が済むまで食べ物をおごってくださいよ」
ジト目で俺を睨む月夜。
本当にすいません。
「はい」
覚悟を決めると早い月夜は、ちゃっちゃとゴミ箱を食って、さくっと俺の血を吸って、ポンとさっきのものよりも一回り大きいゴミ箱を作り出した。
若干厚みが薄くなってるけど、大丈夫だよね?
そして俺たちはそそくさとゴミ箱の中に身を隠し、足音たちが通り過ぎるのを待つ。
それにしても、狭いゴミ箱の中に一緒に入ることになるとは想像もしていなかった。こんなときにはとても役立つ幼女体型だ。うん、でもやっぱり密着度は凄いけどね。もう正直苦しいだけだけどね。もう少し成長した姿をしていたらこの状況はとてもありがたいんだけど、小学生みたいな体型の子供と入ったって全然嬉しくないよ。
年齢不詳の月夜だから実はとんでもないお婆さんかもしれないけど。
「行ったみたいですね」
「あ、うん、行ったみたいだな」
どうやら無事に逃げ切ったらしい。
とりあえず安心して寝れる場所を探さないとな。
そんな俺たちの安心もつかの間、突然ゴミ箱の蓋が開けられた。
「えっと……」
栗色の髪を後ろで無造作にまとめた、困惑顔の相手の第一声はそんなものだった。
ええ、実に正しい反応ですとも。ゴミ箱を空けたら銀髪幼女と賞金首が一緒に入ってる。これは絶対に犯罪の匂いがしますよね。
実際にするにおいは生臭さだけど。
「彩じゃないですか」
「月夜ちゃん、これは一体?」
月夜のことを月夜ちゃんと呼んだちょっとした知り合いである伊勢は、月夜に問いかけたあと、背筋の凍るような笑顔で俺を見た。
ああやべぇ、これは俺死ぬんじゃない。恐怖で心臓が止まっちゃうんじゃない。下手したらゴミ箱の中で死んでたなんてニュースが流れるんじゃないの、これ。
「わたしは影千代さんに乱暴をされてしまったのです」
ゴミ箱の中から出た月夜は、胸元を隠すような仕草をし、純白のワンピースを手で少し下に伸ばして、いかにも『性的な乱暴』をされましたみたいなニュアンスを持たせた台詞を口にした。
この銀髪幼女め、調子に乗りやがって。
伊勢は月夜のとった行動と俺の表情を見比べて、あらかた理解したというような表情を作った上で言葉を続けた。
「影千代君、君なにやってるの? こんな小さな女の子とゴミ箱の中に入ったりして、そこまで捻じ曲がってたの? ねぇ!」
伊勢は鬼の形相で迫る。
「伊勢怖い、そんなに睨め付けるな」
「新たな性癖が目覚めてしまいそうです。なんて言ってますよ」
「おい止めろ、月夜」
「影千代君、あなたって……」
危ない人を見るような目で見ないでくれますかね。実際世間では危ない人のくくりの仲間入りしてしまったわけだけど、俺は安全な人間だから。
「あんたも悪乗りしてるんじゃないよ」
「賞金首が何言ってるの」
「元犯罪者が何言ってんだか」
「現賞金首が何言ってんだか」
「同じようなもんですよ。元犯罪者も現賞金首も」
「月夜ちゃん全然違うよ。現と元じゃ全然違うよ、かまぼこと白身魚くらい違うよ」
いやまあ、確かにかまぼこの素は白身魚だけど、字が違うよね。素と元は同じじゃないからね。同じなのは読み方だけだから。
「なんと! それは大変な違いです」
「でしょ」
月夜はどうやらかまぼこを与えられたようだ。
こ、この女なんてやつだ……。
「おい、なに納得してんだ。ついでに手懐けられてるんじゃないよ」
「じゃあ、月夜ちゃんはわたしが貰ってくから」
「影千代さん、さよならです」
「コラコラ、かまぼこで釣られるな」
俺は月夜のワンピースの襟首を掴み、かまぼこで釣られるのを阻止する。
「影千代さん、昔の人はかまぼこの恩は忘れるな。と言ったそうです。そういうことで」
「なにがそういうことで、だ。お前は俺と行くんだよ」
「月夜ちゃんわたしと来たらかまぼこ一杯あげるよ」
「分かりました。彩についていきます」
「だからかまぼこに釣られるな」
かまぼこを咥え、もぐもぐと幸せそうに味わっている月夜だったが、すぐに表情に緊張感が加わった。
なにせ数人の足音が小走りに近づいてきているのだ。表情が変わっても当然と言えよう。
「やっば、ちょっとこっち来て」
伊勢は俺と月夜の手を引き狭い路地や、野良猫くらいしか通る者のいなさそうな道、ネズミのたむろする飲食店の裏を抜け、とにかく様々な道とも呼べぬような道を通り、俺たちは一軒のボロアパートに辿り着いた。
いや廃アパートのほうがしっくりと来るかもしれない。
「ここはなんだ」
俺は伊勢に問いかける。
「わたしの家だよ」
「彩の家にはとても見えません」
どうしてこんな場所にあるのかも、どうしてこんな廃れきっているのかも分からない。が、ここが伊勢の家らしい。
「最短の道を使えば駅まで五分、ここに来る道は一番分かりやすい道でも二、三十回は使わないと迷っちゃうような道だから人がやってくることは絶対にない。しかも大家さんはいないみたいだから家賃タダ。ボロいのが玉に瑕だけど、追われる者にとっては最高の物件だと思わない?」
確かに俺にしてみたら凄くいい条件の場所ではあるが、なぜ伊勢がこんなところに住む必要がある?
まあ、昔は色んなところに盗みに入っていていた泥棒ではあるが、俺が捕まえて以来伊勢のものらしき窃盗はなかったと聞いていたんだがな。
「どうして彩はこんなところに住んでるんですか?」
「んー、なんだかんだでここが落ち着くからかな」
まじまじと廃アパートを見つめてから伊勢はそう言った。
「でもどうして俺たちをここに連れてきたんだ?」
「それはもちろん、今や超高額賞金首さんには住みやすい場所かなと思ってだよ」
「じゃあわたしは彩と同じ部屋に住ませてもいます」
なんかすっかり伊勢に懐いてるな。
もしかして俺嫌われちゃった? なんて考えが一瞬頭を過ぎったが、こいつはいつもこんなやつだった。
自由気ままで人懐っこい、そんなやつ。
いや、それよりも決断が早すぎるだろ。
というわけで、5話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。