23話
気づけば体に圧し掛かっていた重みも消えている。
もちろん俺の顔を潰そうとしていた力も。
「――――えっ?」
月夜が声を漏らした。
さっきまで痛みよってか放心状態だった月夜だが、たぶん今はまた別の理由によって硬直している。
俺は硬直したままの月夜の横顔に声を掛けた。
「おい、月夜」
「……」
「おい! 大丈夫か?」
「えっ、ああ」
「大丈夫なんだな?」
「影千代さんにはなにが見えましたか?」
「何って、影が現れて急に爆発したんじゃないのか?」
「影は誰でしたか?」
「いや、俺の位置からは良く見えなかったけど、お前には見えたのか?」
「はい、わたしには見えました」
ここまで淡々と一切感情のこもっていない言葉を並べていた月夜が、俺に顔を向けた。そして大きく見開かれたままの目で、俺をしっかりと見て続く言葉を口にする。
「彩、でした」
月夜はここを現実なのか非現実なのか分からないといった様子で、言葉を口にした。
伊勢?
伊勢があの影だったのか?
だとしたらなんで爆発した?
なにがあったらあの規模の爆発を起こせるんだ?
「ってェな。あの女自爆テロかよォ、流石のオレ様も予想外だったなァしかもあの兵器を拾ってくるなんて、気が狂ってやがる」
その言葉は月夜の中にある何かに触れ、月夜の中で壊してはならないものを粉々にした。
「気が狂ってるのはどっちですか! お前みたいな男のほうがよっぽど気が狂ってるに決まってるじゃないですか!」
土煙の中から、体のいたるところにやけどの痕を残した大八木が姿を現しながらに口にした言葉に対し、月夜が一呼吸の間も空けずに言葉を返した。
「お前なんかわたしたちが今すぐに殺してやります!」
「ああ!? んだよガキィ、オレ様を殺す? ククッ、それ面白ェ冗談だやってみろよ、作戦会議をしたっていいぜェ? 五分くれてやる、その時間で好きにオレ様を殺す作戦を立ててみろよォ」
今にも笑い出しそうなのを必死に堪えた様子で大八木は言った。
「今すぐにその気持ち悪いニヤケ面なんて出来なくしてやります!」
そう息巻いた月夜はカツカツと靴を鳴らして俺の目の前まで歩いてくる。
「影千代さん!」
「お前の怒り全部練りこんで一番強いもん作れよ」
「もちろんですっ!」
そう言って月夜は俺の背中に回りこんで牙を首筋に突き立てる。
突き立てられたその牙は普段と比較のしようもないくらいに、力強く深々と首筋が食いちぎられてしまうんじゃないかと疑いたくなるほどに目一杯食い込んだ。
正直に言ってしまえば痛い。
普段なら無理やりに引き剥がして声を張り上げて怒っているところだが、今回ばかりはそれは出来ない。月夜にとって、無意識のうちに俺の首筋を噛み千切ってしまいそうになるくらいに、『伊勢彩』という人物はそれほどまでに大切な人間なのだ。
「影千代さん、少々血を吸いすぎてしまいました」
「まあ今すぐに倒れてしまう、なんてことはないんだろ?」
「はい、たぶん」
たぶん、という言葉に若干の危機感を覚えずにはいられないけども、まあそのたぶんという言葉がたぶんのままで終わることを祈ろう。
月夜が俺の目の前に立ち、俺の心の奥底でも見るようにしっかりと俺と目を合わせた月夜は言った。
「影千代さん、わたしに出来ることはやったつもりです。次は影千代さんの番です。あいつを殺してください」
「任せてとけ」
俺の言葉を聞くと、月夜はその手に握られている武器を俺に手渡した。
渡された武器はいつものように回転式拳銃。ただ、普段のものとは明らかに別物と言っていいだろう。
闇の中でも闇として認識できてしまうと確信を持てるほどの闇色をした金属で全体を構成されており、細部にまで施された装飾はどれも禍々しく、大八木の纏うものと比べても引けを取らない程度には禍々しい。
俺がなにかの暗部へと引き込まれてしまいそうになるくらいに禍々しいこの拳銃を扱うことに恐怖を感じずにはいられないが、これほどの力が無くては大八木という男を倒すのは非常に困難だ。それも、左腕が使い物にならない今、俺は月夜の怒りと憎しみと憎悪の塊とも言えるこの武器無しでは勝てないだろう。
「ガキ共ォ、もういいか? オレ様早く殺されてみてェよ」
「もういいですよ。今すぐにお前は死んでしまいますけど」
「じゃあやってみろよ、ほら、どうした? オレ様まだ死んでねェぞォ、ほらほら、オレ様を殺すんだろ? どうした? 怖くなっちゃいましたー。ってか? ククッ、面白ェな最高だぜェお前たちはオレ様だけの芸人として雇ってやろォか?」
「どこ見てんだよ」
俺は大八木の喉下に向けて弾丸を打ち出した。
弾丸は本来音速程度の速さであるはずだが、たぶんこの弾丸はその速度の十倍程度の速さで目標に向かって進んだと思う。
そんな風に思った理由は簡単だ、大八木の右肩に直撃した。
ただこれだけ、ついさっきは弾丸の進行方向を九十度下に向けることができたが、今回はそれが出来なかった。十倍かどうかは正確に判断することが出来ないし、実際拳銃でその速度はでない。
ただ、そんな恐ろしく速い速度をたたき出したのは人間の作ったものじゃない。この世でギフトと呼ばれる人間とは大きく外れた者が作り出したものだ、その程度驚くにも値しないし、その程度なら起こっても不思議じゃない。
それも怒りと言う怒りが込められた代物で、だ。
それを考慮すればすさまじい威力ではあってもこの程度可能域でしかない。
「はっ、まあこのくらいのハンデが無いんじゃオレ様の相手にはならないからなァ、手を抜いてやったぜ」
「そりゃどうも」
一歩ずつ距離をつめていく。
大八木は魔術を駆使し俺に攻撃をしてくるが、ただの魔術による攻撃なら別に怖いことなんて何も無い。
どうやら大八木は随分と動揺しているらしい、何せ俺に向かってただの魔術を乱発してきているのだ。今までやっていたように不可思議な力を使って攻撃してくればいいのものを、わざわざ魔術で攻撃してきている。
大八木にとってそれほどまでに自らの腕に穴を開けられたことが衝撃的だったのだろう。
今しかない。
大八木が動揺してまともに脳が動かなくなっている今ならば、ごり押しでどうにかなるに違いない。
これで終わりだ。
心の中で口にしながら四発の弾丸を発射する。
一発は頭のすぐ上に。
一発は耳のすぐ右に。
一発は顎のすぐ下に。
一発は耳のすぐ左に。
これで一発は顔のどこかに穴を開けるに違いない。これだけ密接した位置をめがけて撃てばもし万が一軌道を逸らされても、一発は当たる。流石に器用にすべての弾を別方向に捻じ曲げるなんてことは出来ないだろう。ただでさえ難しいであろうが、更に今はまともに考えることが出来ていないはずだ。
ならば不可能と言ったっていい。
「クソガキィィィィィ!」
今日何度目か分からない大八木の叫び声が虚しく大気に飲まれる。
弾丸はどれも進行方向を逸れることなく飛んでいった。これによって当たったのは顎の下。つまりは喉に一発だけだ。しかし、大八木は力なく仰向けに倒れた。
「案外たいしたこと無かったな」
念のため止めを刺すために大八木の側によって大八木を見下ろす。
たいしたことなかった事はない。ただ、頭が使えなくなってからはあっさりと倒せた、と言うのはあながち間違ってはいないはずだ。
「ガキィ甘いなァ」
大八木の声が聞こえた。
刹那俺は強力な力によって大八木の上に重なる形で倒れこんでしまう。
「お前も道連れだァァ」
最早声とも取れぬ声で言った。
最後の最後まで嫌な笑顔でいる奴だ。
大八木は体中にとてつもなく黒いものを纏ったのを俺は肌で感じ取る。本当に道連れになりかねないと思い、残っていた弾丸を大八木の心臓に向けて打ち込む。
「これで本当に最後だ」
「ガハッ――フッ、死ねェ。ガキィ」
耳元で大八木は囁くように言った。
もうこいつは死んだ。爆弾のようなものの姿もない。誰かにここが狙われていると言うことも無い。
じゃあどうしたって言うんだ?
今はもう昔のことのようにも感じられるが、俺は建物を破壊した。そこはいまやもう瓦礫の山と化したと言っていい。
俺はそんな瓦礫の山の随分と深いところで何かが煌くのを確認した。
「月夜! 逃げるぞ!」
「は、はい!?」
何のことだが良く分かっていない月夜を抱え上げ、もう限界の近い体を最大限酷使し、全力でダッシュした。
今なら車だって追い抜ける気がするほどに全力で走った。
が、爆音と爆風が俺の背中を激しく叩いた。
そして――
というわけで、23話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。




