21話
あとは殺すだけ。
とは言ってもそこが一番面倒なところでもある。面倒と言うか、俺的には不可能と言ってしまいたい。
「じゃあ、早ェけどここから第三ラウンドォ」
こいつの中での基準が分からない。どうなったら次のラウンドへ移るのか、というか何ラウンドあるのか。
確かボクシングだと、一ラウンド三分でそれが十回だか十二回だったはず。それも一ラウンドごとに一分ぐらい休憩があったような気もする。
「開始ィィィ!」
大八木は叫んだ。
そしてさっきよりも若干重みと黒さを増した雰囲気を纏う。
だんだんとあの日のものへと近づいてきている。俺の目測だと、あと三、四回もあればあのときのような恐怖が俺を襲うだろう。
「まあ、安心してくれェ。オレ様の本気はもう少しだけ後になってからだからよォ」
俺の左腕は使い物にならない。こんな状態でこいつに勝つというのは実に厳しい。今でさえそう感じているのに、こいつに本気を出されてしまったら本格的に死しか残らないような気がする。
「オレ様が本気になる前に死ぬんじゃねェぞ」
俺の目の前までゆっくりと歩いてきてそう言った。
大八木は俺と月夜の周りをぐるぐると回りだす。氷の上でも滑っているような滑らかな動きで俺たちの周りを回っている。それがどんな意味を持っているのか、どんな攻撃へと繋がるのか、想像もつかないが、なんとなくやばそうだというのは分かった。
「なんか嫌な予感がします」
「ああ」
嫌な予感というの含めてだが、ニヤニヤと笑う大八木が自分の周りを回っているというのはそれだけでかなりの不快だ。
徐々に徐々に速度を増している大八木の動きだが、一向に攻撃を仕掛けてこない。だからといってこちらから攻撃をするというのも良くないような気がする。
「待たせちまったなァ。まあ今すぐに始めるから許してくれェ」
大八木はわざわざ俺たちに攻撃予告をしてきた。きっと何も意味の無い行為だろう。やった本人にだって意味の無いことに違いない。もしくは、この予告に重大な意味が隠されているのか。
流石に考えすぎか、なんだか疑心暗鬼というか、深読みのし過ぎというか、なんにしたって考え過ぎだろう。
ただ、こんな状況じゃ考えすぎないほうがおかしい。
「ククッ」
大八木の笑い声が聞こえた。
その瞬間に一気に加速し、残像が見えるほどまでの速度に達したかと思えば、大八木の足が四方八方から伸びてくる。そしてそれに反応をする。
しかし、残像が見えるほどに加速した相手の蹴りがまともなものであるはずが無く、実際はその少しずれた位置から足が伸びてくる。
月夜のほうも同じように苦労を強いられているようだ。
クッソ、このままじゃジリ貧だぞ。
仮に土なり鉄なりで壁を作ったって自分達の退路を塞ぐだけだ。とにかくこの場所から逃げだす方法を考えろ。
何がある?
上は……駄目だ、こいつは空を自由に歩いて見せたんだ上に逃げたって同じことをされるだろう。
下ももちろん駄目、上を塞がれてしまったら本当に駄目だろう。
とりあえずこいつの動きを止めないことには始まらない。自分ごと巻き込むことになるが、まあ一つだけ方法はあった。
仕方が無い、これで行こう。
「(月夜、息止めとけよ)」
「(はい)」
俺は短く言うと、自分の魔力を最大限引き伸ばして大八木がいる辺りまでを覆いこむ。そして、大八木を捉えた瞬間に今引き伸ばしていた魔力を水へと変換し、大八木を飲みこんだ。これならば多少は動きが鈍るだろう。何せ水の中だ、多少動きが遅くなるぐらいはあってもらわないと困る。
「ゴボッ」
大八木は口から大き目の気泡を吐き出した。
よし、どうやら成功みたいだな。まあ成功したのはいいが、流石に水を饅頭型に留めておくのはかなりの重労働だ。
「影千代さん、もういいですよ」
水の中でとても聞き取り難かったが、月夜が言った。
俺はその言葉を信じ、形状をとどめることを放棄して水面に顔を出す。しかし水は流れていくことなく、形をとどめていた。周りを見渡すと、この水を囲うように鋼鉄製の壁が作り出されていた。
決して小さいとはいえないこの囲いを作るのには、それなりの血を使ったはずだ。と、なるとあまり月夜の能力を無駄に使っていると、持ってきていた血液入りのビンが底を尽きてしまう。もしそうなると、俺から直に血を吸う必要が出てくる。そんな状況に陥ってしまったら、この男相手に勝つことは非常に困難になるといえるだろう。
「昔、ある男の子が冷たい冷たい水の中で溺れてしまいました。男の子はそれ以来体を水に浸すのが嫌いで仕方がありません。もし体を水の中に沈められるようなことがあったら、沈めた奴らを家畜の餌にでもしてやらないと気が済まないそうです」
大八木は急に語りだしたかと思えば、ゆっくりと自身の体を宙に持ち上げていく。
「そーいうわけでェ、今から本気でお前たちを殺しまーす。ちゃんと泣き叫べよォ?」
ドッと大八木の体中から、
どす黒くて、
重くて、
粘っこくて、
ウネウネとしていて、
今にも俺たちを喰ってしまいそうなほどに禍々しい何かを纏う。
刹那、俺の体は金縛りにでもあっているかのようにピクリとも動かなくなる。それは隣で大八木を見上げている月夜も例外ではないようだ。
それだけではない、俺が今浸かっているこの水は常温のほんのりとぬるい水のはずだ。俺がそれくらいの温度の水になるようにしたんだから間違いない。しかし、なぜだろう。俺は今氷水にでも浸かっているかと思えるほどに体中が冷たい。体の表面から芯まで全てを氷で冷やしていたって感じることが出来ないような、圧倒的な寒気。
「第四ラウンド開始ィ!」
まったく笑っていない。
大八木の目を見ていると飲み込まれてしまうような錯覚にあってしまうくらいに暗かった。最早そこだけ空間がないようにも見える。
それくらいに暗い瞳だった。
大八木は言葉通り本気を出したのだろう。だから俺はこんなにも気圧されてしまっている。それに間違いはないと思う、しかしながらどうして大八木は俺たちに攻撃を仕掛けて来ない? 別に俺たちが強力な敵ということは無いだろう。なんなら雑魚同然のはずだ。そのはずなのになぜ攻撃をしてこない。
「きゃっ」
月夜が隣で声を上げた。
「どう――ゴボッ」
そしてすぐに月夜が声を上げた理由が判明する。見えない何かによって足が引っ張られているのだ。いや、足を引っ張られているというよりか、体そのものが下へ下へと引きずられている。そうなると当然水中に引き込まれ、呼吸が出来なくなる。そして最後には溺死だ。
まずい、どうにかしないと。とりあえず呼吸だ。空気、特に酸素が欲しい。引き込まれていってるおかげか知らないが、体の自由は取り戻した。
だからと言ってどうすればいい?
どう抗っても体は沈んでいく。
とりあえず壁をぶち破って水を逃がすか?
どうすればいい、今炎系統の魔術は無意味だし、電気系も逆効果、土系統は水の中でどこまでの威力を持ってくれるのかが不明。特に俺が今いるのはこのでかい水槽の中央だ、届くかどうかが怪しい。
月夜の能力を使うというのはどうだ?
これも厳しいだろう。
銃器にしたって水中だ、陸のような威力を持っているのか分からない。
「ククッ、もうおしまいかつまんねェな」
上空では大八木が俺たちを見下ろしている。
このクソ野郎。
ああ、寒い。今更になってこの寒さはきつい。というかこの秋の季節に水なんて出したら時間と共に冷たくもなるよな。いっそのこと氷のほうが溺れる心配が無くってよかったんだけどな。
……そうか! 氷だ、氷。この水槽を凍らせるのと同時に自分の周りだけ炎で包めば上手いこと逃げられるんじゃないか?
俺は隣でもがいている月夜の手を引き、抱え込むと一気に俺の魔力が混じった水を氷へと変換する。
そして同時に自分の回りに炎で膜を張って、俺たちが凍ってしまうのを防ぐ。
「髪が焦げました」
「我慢しろ」
月夜がむくれ顔で言ったが、今は我慢してもらおう。命が掛かってたんだ、いずれ生えてくる髪が犠牲になっただけですんで良かったじゃないか。
「今から横穴空けるから、ちょっと離れてろ」
「あーあ、髪の毛が焦げちゃいました。焦げちゃいました」
「五月蝿いな、これが終わったら美容院でも何でも連れて行ってやるから、今は我慢しろ」
「その前に高級バイキングですね」
「分かったよ」
俺は月夜の小言の相手をしながら溜めておいた、この氷の壁に穴を開けるために必要になるであろう魔力を一気に放出する。
もちろん属性は炎。
ジュ、というなかなかに気分爽快な音を残し、一気に月夜が作り出した壁まで穴を開ける。
「よし、行くぞ」
「了解です」
俺たちは壁際まですぐさま駆け寄り、月夜の作り出した刀によって穴を開けた。
「そうでなくっちゃなァ、面白くねェよなァ」
穴を開けた先で口裂け女と見紛うばかりに口元だけ笑った大八木が立っていた。
大八木はすぐさま前蹴りを俺の腹部に決める。その蹴りは、ただの蹴りなんかではもちろん無く、軽く電気を纏わせてある蹴りであった上に、俺の腹に足が届いてめり込んだ瞬間に、追い討ちを掛けるかのように足を捻ってより深く俺の腹に食い込んでいた。
「がはっ」
結局俺が一番初めに作り上げた空間にまで押し戻されてしまう。
そしてそこに更に追い討ちを掛けてきた。
「ヒャッハァァァァァ!」
叫び声と共に大量の炎が飛び込んできた。炎は俺の開けた穴を次々に広げていき、最終的には二倍ほどの大きさにして俺へと迫った。
「影千代さん、早く次の穴を開けてください!」
月夜は声を荒げながら迫り来る炎たちの前に分厚い鉄製の板を作りだし、それらを打ち砕いた。
俺は月夜の言葉に従い、すぐさま大八木がいる方向と真逆に穴を開ける。今度は月夜の作り出した壁ごと溶かしてしまう。
「よし、いいぞ」
俺の声を聞き、月夜は早々と出て行った。
背後はこの鉄の壁に任せていても問題ないだろう。
「どこ行くんだよォ」
俺が月夜に続き巨大プールから脱出したとたん、大八木が俺たちを見下げるようにして目の前に立ちふさがった。
「オレ様が葬ってやるから安心しなァ」
大八木は眼球が飛び出てくるんじゃないかと思えるほどに目を見開き、俺たちを見下ろした。ただそれだけのことだった。
が、俺の体に急激な重みが加わった。体中が重くなり、両足を地面について立っているのが限界となってしまうくらいに急激に重くなった。
「どうだァ? 動けないだろォ? 今からゆっくり死んで逝くんだ。ゾクゾクするよなァ? オレ様はゾクゾクが止まんねェ」
まるで薬物中毒者でもあるかのように体を震わせながら、汚らしく涎を垂らし、目を充血させていた。
「最初は腕からだァ、二人で仲良く左腕を壊しましょうねェ」
大八木は、子供が人形相手にごっこ遊びをしているのと同じように俺たちに語りかけた。そして、俺と月夜の腕が同時に潰れた。
強烈な圧力によって潰された。
「ああああ! あああああああああ!」
隣で月夜は絶叫している。
目からは大粒の涙をいくつもこぼし、泣き叫んだ。
骨も肉も完全に潰されてしまった。もうどうしたって動くことは無いだろう。少なくとも今現在は使い物にならない。弾丸の切れた拳銃のようなものだ、いや、もっと酷いかもしれない、拳銃ならば鈍器として使うことも可能だしかし、今のこの腕はどうやったって使い物にならない。
「オイ、オイ、オイ、オイオイオイオイオイオイオイオイオイ。オイ! このクソガキィィィ! 叫べよ! 泣けよ! 苦しめよ! 嘆けよ! 喚けよ! 悔いろよ! 絶望しろよ!」
大八木は額に血管を浮かべながら激怒した。
「腕が潰れてんだぞ、痛ェだろ、辛いだろ、なァ!」
また大八木は大声を張り上げた。
「ずっと痛かった腕から感覚が消えてくれて嬉しい限りだ」
俺は言った。
実際これは俺の本心と言ってもいいくらいに腕が潰されて感じたことだ。なんだって元々潰されていた左腕だ。正直激痛が走る中戦い続けることに比べれば、感覚が脳によって切られてしまったほうがずっといい。
「ざけんじゃねェェェ!」
またしても大八木は叫んだ。
そして続けた。
「お前のその頭ァ、今すぐに潰してやる!」
今にも額の血管が破裂してしまいそうなほどに、血管が浮き出ている。ついでにかなり鋭い目つきだ。紙程度なら穴が開くに違いない。
しかし、俺のそんな思考は強制的に終わってしまう。なぜならば本当に俺の頭を潰そうとしてきやがったのだ。四方から鉄板にでも挟まれている、というのが表現として正しいに違いない。
「どうだァ? 痛いよな。許して欲しいなら、ちゃんと頭を下げて許しを請えよォ」
そんなこと言ったって声が出ない。それに、今頭を下げようとすれば頭に留まらず、体ごと地面に叩きつけられるに違いない。
鼻の辺りで何かが折れる音がした。更に続けざまに激痛が鼻に走る。
いってぇぇ。
なんでこうも痛めつけられてばかりなんだよ。そろそろ俺に反撃のチャンスをくれ。
俺の願いが届いたのか否か、大八木の背後に突如として影が出現する。俺の位置からだとそこに人が現れたことしか確認出来ないが、何者かが現れた。
「クッソォ」
上空四十メートルほどの高さに漂う大八木が声を漏らすと、そこに直径五十メートルほどの限りなく白に近い炎が球体として形を成した。
そしてそれは爆音と轟音を奏で、大地を十メートルも削り大きく揺らし、突風を巻き起こし俺と月夜を吹き飛ばす。
というわけで、21話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。




