17話
『やあ、影千代君。おはよう』
「え、ああ、おはようございます」
朝から電話がかかってきて、若干こんな時間に掛けてきやがって、と怒りを覚えながら出たらまさかの大塚さん。
そういえば今日はまだ月夜を見てないな。
『月夜ちゃんは預かったよ』
「は?」
『返して欲しければ僕の職場まで来てくれるかな』
「は?」
『早くしないと……』
そんな風に嫌なことを想像させるような言葉を残して一方的に通話が切れた。
***
あの日から三日が経過した今、わたしは今檻の中に入れられています。
檻といっても天窓しかついていない不気味な檻、壁の厚みも分からないし、天窓も五十メートルは離れている。
これはわたしが逃げることの出来ないちょうどの高さ。
そして、精神病院みたいな壁に囲まれていてむしろそのせいで精神病にかかりそう。
「せめて壁の厚みが分かればな」
天井の高さから計算するにここが地下であることは間違いないと思う。だから、壁の厚みによっては壁を抜けて、地下室にある兵器を盗むだけ盗んでそれを使いながら逃亡ということも可能なんだけど。
「やっぱり壁の厚みが分からないとなー」
流石に移動先が真っ暗な壁の中なんてのは絶対に嫌だからなぁ。
「おい、食事だ」
声が上から降ってくる。
そしてビニールに入れられたコッペパンとジャムが投下させられる。はずだったが、今日は風魔術に乗せてご飯とお味噌汁と箸が降りてきた。
そして食事をわたしが受け取ると、声の主は心底疲れたようにため息をこぼし、去っていった。
「久々のご飯とお味噌汁」
なんてありがたいのでしょう。ジャムの味しかしないコッペパンと違って、ちゃんとそれぞれの味のする食べ物、ああ、なんて素晴らしい。
それにこの肌寒い秋口にはちょうどいいお味噌汁の温かさ。
「はあ、幸せ」
言いながら箸をお茶碗の上に置き、お味噌汁をすする。しかし、箸のバランスが悪かったのか、音を立てて床を転がってしまう。
しっかりと音を立てて。
「あっ」
そうだ、この食器類を向こう側に瞬間移動させれば、大体の距離が分かるかも……。
そうだよね、うん、お茶碗なんか陶器だから割れる音が聞こえるし。
これなら脱出も夢じゃない。
まあここで待っていてもそのうち助けが来てくれるだろうけど、どうせなら早く脱出したいし。
しかし、
「あっちゃー、どうしよう。お箸汚れちゃったな」
まあ仕方ないか。
もう残ってるのは具の食べ終わったお味噌汁だけだし。
わたしは急いでお味噌汁を胃の中に流し込むと、壁に耳を当て一応物音がしないことだけを確認し、お茶碗を五十メートルギリギリのところに瞬間移動させる。
『ガシャン』
しっかりと響くその音はわたしの鼓膜を振るわせた。
やった! これで向こう側に行ける。
わたしは一人で喜ぶが、今は浮かれている場合じゃない。とりあえず、わたし自身が向こう側に行かないと脱出なんて出来そうも無い。
もう一度壁に耳をあて、物音がしないことを確認すると、すぐさま壁の向こう側に飛んだ。
「あれ、もしかして、怖がる必要なかった?」
移動した先から振り返ると、そこには四十五メートル程の空間が余っていた。つまりは用心して、十メートルも先に瞬間移動をしていればそれでなんの問題も無かったというわけだ。
「まあ、仕方ない」
わたしは言うとすぐさま走り出した。
ここがどこか分からない以上、むやみやたらに瞬間移動なんてするわけには行かず、結局走ることにしたわけだけど吉と出るか凶と出るか。
とりあえずまっすぐ走っていくと、突き当たりに怪しいスーツケースが大量に積んであり、入り口がガラス扉の部屋があった。しかもそこにあるのはそれだけ。
念のためすぐにここから離れられる準備をした上で、ゆっくりとスーツケースを開く。
「ボール?」
大きさや形はここに侵入したときにわたしが使っていた、盗撮器具とほぼ同系だった。ただ、側面には小型の液晶ディスプレイがついて、ボタンのようなものもついている。
そんな爆弾であることは考えるまでも無い物体が、一ケースに五つ入っていた。
中身が入っていたのは一つだけだけど。
「大丈夫、だよね」
興味本位で触っていい物ではないここは確実だけど、そんな興味に負けてしまいボタンを押す。
すると液晶ディスプレイに五、四、三、二、と数字が小さくなっていくのを見て、すぐさまもう一度ボタンを押しなおした。嬉しい事にもう一度ボタンを押すと、数字が一と表示されるのと同時に停止した。
「これが新型兵器かな」
試しに一つ使ってみたいところだけど、これで見つかったら元も子もない。というか下手したら死んでしまってもおかしくはない。
だからこそこのまま放置するわけにもいかないし、しっかりと場所を覚えておこう。他にはもう残ってないはずだし。
流石にこんなものを運びながらの逃走は危険すぎてホントに無理。
「これも一応戻しておこうかな」
わたしは作動させてしまっていた爆弾をもう一度同じ配置でしまい、痕跡が残らないように立ち去る。
「さてと、出口はどこかな」
ここまでは直線だったから迷わずに済んだけど、今は二手に道が分かれている。
右に行くか、左に行くか。
『女が脱走した、繰り返す女が脱走した。女を捕まえ次第即刻首を落とせ!』
「やっば」
首を落とせは激しすぎるよ。
左右の道から大量の足音が近づいてくるのが分かる。
わたしが使えるのはこの瞬間移動の魔術だけで、他の魔術は一切使えない。この魔術を応用して戦うことも出来るが、あくまでそれは対一の場合だけ。人数か増えたら捌ききれずにわたしがやられちゃう。
足音の数だけでも向こうには、三十人はいると思う。となると、どうやったってわたしの力でどうにかするのは無理がある。
別にここで無理をして逃げる必要などまったく無い。なんたって壁の厚みが分かったんだからいつでも逃げられる。それに、きっと助けも来てくれる。
なら無理をせずに一旦あの部屋に帰ろう。
わたしは迫り来る足音を聞きながら全力で走った。
残り四十メートル。
行けるっ!
瞬間移動を使い、一瞬のうちに四十メートルの距離を縮め、というか扉の無い壁を潜り抜け居心地のとても悪い部屋に帰還する。
「おい、女はどこに行った!」
壁の向こう側ではそんな風に叫ぶ声が聞こえる。
「おいお前、本当に女が消えたんだな」
「は、はい。間違いないです」
「どーかしましたかー」
わたしは壁の中から声を上げる。
「なっ」
「おい、いるじゃないか。いちいち騒ぎやがって」
「すいません」
向こうではグチグチと怒られている人が平謝りしている。可愛そうに、本当のことを言っただけなのに。
「あと四日か、大丈夫かな……」
というわけで、17話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。




