13話
「影千代さん、なんか凄いですよ」
「確かにこれは凄いな」
時限式爆弾、ビリヤードの玉ほどの大きさの球体、大量の鉄屑、そして容積十ミリリットル程度の小瓶が大量に入っていた。
「特にこの球体、なにに使うんだよ」
「ああそれはね、小型のカメラだよ。わたしが頼んどいたやつ」
「彩、盗撮でもするんですか?」
「まあ、そんなところかな。それよりも大量の鉄とビンはなにに使うの?」
「鉄は目的地に行くまでに月夜に食わせておいて、わざわざ戦闘中に食べることの無いように用意してもらったもので」
「ビンには影千代さんの血液を詰めて一回一回吸血しなくていいようにするためです」
「つまりは時間短縮のための道具?」
「その通りです」
時間短縮というよりは、隙を見せなくてすむようにと思ってやってることなんだけど、まあどっちにせよ同じようなもんか。
「そういえば、大塚さんに伊勢のかせがどうだこうだって言われたんだけど、あれってどういうことだ」
「それはね」
そう言って伊勢は俺たちの目の前から姿を消し、
「こういうことだよ」
俺たちの後ろに立って言った。
要するに瞬間移動?
「おお、彩カッコいいです。瞬間移動ですね? 凄いじゃないですか、単体じゃただの魔術師崩れの影千代さんよりも凄いじゃないですか!」
「一言余計だ」
俺は月夜の頭を軽く叩く。
「わぁぁぁん、影千代さんが苛めてきます。彩助けてー」
楽しそうにニコニコと笑いながら伊勢の背中に隠れる月夜。
「女の子を苛めるなんて……」
「いや、苛めてはいないだろ」
「苛められます、苛められるんですー」
「お前もしつこいな」
「影千代君、苛めはよくないと思うな」
「やってねぇよ」
「とりあえず謝るべきじゃないかな?」
「そうだそうだー、謝ってください」
そういう流れですか、俺が謝る流れですか。二人してニコニコ、ニコニコと、ふざけるんじゃないよ、俺が謝るわけが無いだろ。
「……」
「……」
「ごめんなさい」
そんな風に自分の中で結論を出しても、結局は二人の無言の圧力に負けて謝ってしまう自分が恨めしい。
「そんなことはどうだっていいとしてですよ、どうやって仕事を完遂しましょうか」
そんなことはどうだっていいだとこのやろう、ふざけるんじゃねぇよ。人様に頭下げさせといてどうだっていいとは何事だ!
今回は口にも行動にも出さないけどな。
「それに関しては心配しなくていいよ。わたしが内部構造の大半を知ってるから」
「どうしてだ?」
「むかーし昔、わたしはあそこに侵入したことがあるからです」
「はあ!? お前あんなところに盗みに入ってたのかよ」
「うん、というか影千代君と月夜ちゃんに捕まったその日に盗みに入ってたんだよ」
「なるほど、だからあの時も黒装束に追われてたんですね」
そういえばあの時も黒装束を倒したな、なにあいつらって民間軍の兵士だったのかよ。というか、なんであんなところに盗みに入ってんだよ、こいつは。
軍隊だぞ、軍隊。あんなところに入ったって武器が積んであるくらいだろうに、何しに入ったんだよ。
「そのときはなにを盗んだんですか?」
「何も盗めなかったんだよね。入ってすぐに見つかっちゃったからさ」
「じゃあそのときと同じルートで入れるかどうか分からないじゃねぇか」
「大丈夫だと思うよ、あそこ簡単に入れるから。その代わり逃げるのが相当大変だけどね」
「まあ、逃げるなんてことが起こらないことに期待しておこう」
いや、祈っておこう。
「じゃあ、準備が出来次第出発だね」
「はいっ!」
まったく、遠足じゃないんだぞ。
準備が終え次第と言っておきながら、短めの作戦会議のようなことをし、なんだかんだとふざけ、結局出発したときには日が沈む頃だった。
家を出て、敵地に辿り着く本当にすぐ直前までこの空気のままだったが、
「こりゃすげぇな」
「……」
周囲を高さ三メートルの塀に覆われ、内部には三階建てほどの高さの建物の上に電波塔のようなものがそそり立つこの建物を間近で目にする頃には、緊張感が全員の心身を包み込んでいた。
俺や伊勢よりも身長の低い月夜からしてみれば、この三メートルという高さは途方の無いものに見えるのだろう。壁を大きく見開いた目でみつめて静止してしまっている。
「こっちだよ」
手招きをされて向かった場所は、正面入り口の真反対に値する場所だ。
「悪いけど影千代君これ投げ入れてくれるかな」
「了解」
俺は受け取った球体型の小型カメラを塀の中へと放り込む。
なにやら伊勢は携帯端末でカメラの映像をチェックしているらしい。
「彩、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫そう」
伊勢は短く息を吐いたあと、
「じゃあ行くよ」
と、俺たちに目配せをして、塀内部へと瞬く間に移動した。移動した先は、見事に低木で身を隠すことの出来る場所だった。
さて、まずは兵器の破壊からか。
「地下にはどうやって行ける?」
「たぶんあの施設の中からじゃないかな」
まあそうだよな。あそこ以外にはまともな建物なんて無いわけだし。
「敵兵来ます!」
月夜が押し殺した声で叫ぶ。
気が付けば前から二人の兵士が、楽しそうに言葉を交わしながらこちらへと歩いてきている。しかし、まったくこちらに気が付いている様子はない。
「どうしますか」
仮に殺すとして、流石に兵士二人が突然倒れたんじゃ他の兵士がぞろぞろと集まってくるだろうし、他の兵士の目に付かないように殺すとすると俺たちの多少のリスクは負わなきゃならない。だとすればこのまま身を隠しているのがベストか。
最悪低木の中に引き込んで絞め落とすという方法があるし。
「ここであいつらが通り過ぎるのを待つ」
そのあとは百メートルほど離れた場所にある建物内部に侵入だ。ここから建物内部に瞬間移動できないのは痛いが、まあそこは我慢しよう。
「影千代君これ投げてくれる」
俺は伊勢によって渡された球体を投げ、伊勢が周りの状況を確認する。
今この場所に兵士がいないのを確認すると、一気に建物の外壁までダッシュした。
「よし、ここからが本番だ」
「そうだね」
「そうですね」
俺たちは伊勢の手に自分の手を重ね、本来なら侵入不可能であったであろうコンクリート製の壁を無傷のままで通り抜けた。
壁を抜けた先はどうやら医務室の薬品庫らしく、薄暗い部屋に様々な薬品が並んでいた。
「はぁ」
ため息と共に勢いよく開けられる音を聞き、とりあえず各自で隠れたが、医者ぐらいなら見つかっても騒がれる前にどうにかなった気がしてならない。
現に男は俺の目の前で愚痴をこぼしてるし。
「ったく、盛んなやつらめ、勝手にベッドで――なんてしてんじゃねぇよ。監視カメラが付いてるとも知らずに、間抜けな猿共。お前ら次怪我なり病気なりしてみろ、確実に殺すからな」
短く咳をして、男は続ける。
「それに――のやつはいちいち声がでけぇんだよ。なにが……、――だよ。五十八年童貞への当て付けか? あの腐れビッチはや――もいいところだな、今月に入ってから……い目だよ」
そして男は随分と長い間時間をとって呟く。
「あーあ、――クンと……、――なぁ」
男は荒々しく薬品を手に取ったあと、聞き取りづらい声でぼそぼそと愚痴をこぼしながら薬品庫を後にした。
えええええ、なにそれ。序盤から声は小さめだったけど、最後のほうとかビンを手に取る音のせいで聞き取れなかったじゃん。
特に最後はいっそう声が小さかったせいでまったく聞こえなかったんですけど、なんで、なんでそういうことするの!?
「行きますよ、影千代さん」
「あ、ああ」
凄くもやっとするわー、超気になるんだけど。
あのおっさんなんだったんだよ。
俺はそんなことをただひたすらに考えていると、二回瞬間移動が終わり、最下層に到達したようだ。
俺たちが姿を現すと同時に、俺たちを待ち構えていた男が言った。
「オレ様に何か用か?」
軍人とは思えないほどに細身の体つきをしており、スーツ姿も相まって新社会人のような印象を俺に与えた男がニヤリと笑う。
「どうしたんだよ、オレ様に用があったんだろ」
ネクタイを緩めながら言葉を続けた。
「ったく、最近のガキはまともに会話も出来ねぇのかよ。いや、親の育て方が悪ぃのか。で、何の用だ」
口ぶりと、立ち居振る舞いからしてこいつが俺たちの倒すべき『大八木隆志』なのだろう。
いや、確実にそうだとは言えないか。なにせ俺にはこいつがただの一般人程度にしか見えない。威圧感があるわけでもなく、特別何か不気味なところがあるわけでもない、ただの口の悪い大人、その程度にしか見えない。
「オレ様は辛抱強い。だからもう一度だけ聞く、何の用だ」
男は額に血管を浮かばせながら言った。
しかし、俺も月夜も伊勢も答えようとしない。
「……ガキィ、人の質問には答えろよォ……!」
怒りを押し殺しながら搾り出したであろう言葉を吐き出すと、鋭い眼光を俺に向けた。
その瞬間、
『バリィッ』
男を中心として無数の傷が枝分かれしながら床を這う。
大八木の背後から闇よりも深い闇が、炎すらも凍らせるような寒気が、鬼よりも慈悲の無い鬼が、顔を覗かせたような気がした。
「なァ、お前ら何しに来たァ」
男はポケットから取り出したガムを、『クチャクチャ』と気持ち悪い音を立てながら口の中で転がす。
その音を耳にした途端、大量の蛆虫が俺の体をゆっくりゆっくりと足のほうから登ってきているような、何かそんな気味の悪い感覚に囚われる。
気づくと、歯がカタカタと音を立てていた。
いや、歯だけではない。体中のいたるところが震えている。
は、ははは、こりゃ駄目だ。このままだこの感覚に呑まれちまう。呑まれるだけじゃない、足をとられて動けなくなってしまう。
駄目だ、ダメだ、だめだ。
早くここから逃げないと。
「二人とも、良く聞いてくれ。そして黙って従ってくれ」
二人は何も言わずに首を少しだけ縦に振る。
「逃げるぞ」
最大限声を押し殺して、大八木には届かないように、最小限のボリュームで発した。
伊勢は俺の声を聞くや否やすぐさま俺と月夜の腰に手を回し、軽くジャンプをした後に一つ上の階へと瞬間移動を試みる。
が、
「逃げるなよォ」
男が言葉にしたとたん、全員して地面に貼り付けられていた。
は? 何が起こった。なんで階を移動できてない。ここの天井は高いが、流石に五十メートルもない。
大八木、なにをしたんだ!?
「逃げるなんてひでェな、オレ様寂しいぜェ」
一歩一歩近づいてくる。一歩距離が縮まるたびにヒシヒシと伝わってくる威圧感。威圧感だけで人を殺したと言われても信じてしまいそうになる。少なくともその程度には威圧感を放っていた。
「ふっ」
大八木は俺たちの目の前まで歩み寄ってから姿勢を低くし、俺たちを鼻で笑った。そして立ち上がり、足を振り上げた。
その間俺たちは強力な磁石に吸い寄せられているみたく地面に張り付いていた。
が、足が振り下ろされる直前、伊勢の手が大八木の足に触れ、大八木は目より下を地面にめり込ませてしまった。きっと伊勢が地面の中に瞬間移動させたのだろう。
「行くよッ!」
叫ぶように言った伊勢は俺と月夜の手を握り、二度瞬間移動をする。そして出た先は最初の薬品庫だ。あとはこの壁をぶち破って、
「女ァ、よくもやってくれたなァァァ!」
大八木の声が床二枚下より響いてくる。
「はや」
俺の言葉は続けさせてもらうことなどできずに、一つ下の階の床が崩れる音が聞こえた。ただ、そんな音が聞こえることには俺たちの足場も消失し、大口を開けている大八木の姿が視界に入る。
そして浮遊感と共に急激な降下を開始する。
はずだったが、俺と月夜はなぜか薬品庫の壁の外側にいた。
「えっ……?」
「影千代さん、走ってください」
俺は促されるままに走った。障害となる兵士や塀を打ち砕きながら、分けも分からないままに走った。
「ガキィ! 女は預かったァ! 一週間だけ待ってやる、来なければこの女は処刑だァ!」
ただただそんな言葉を聞きながら。
背中に残る暖かな感覚を感じながら。
俺はその場を立ち去った。
というわけで、13話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。




