12話
「影千代さん、緊急事態です」
「なんだよ」
「昨日一人一玉しか食べていなかったうどんで、主食が底を尽きてしまったようです!」
朝っぱらからドタドタと人の部屋に飛び込んできたかと思えばこれだ。ちゃんとチェックしてなかったお前たちがいけないだろ。
いや、それよりも顔中にこびりついた赤い液体はなんだ? 血か? 血か! あ、違うわ、なんかほんのりとトマトジュース的な匂いがするわ。
そういや初めて会ったときに顔にこびりついてたのもトマトジュースなんだよな。そもそもどうやったらそんな盛大にトマトジュースが顔に飛び散るのだろうか。
という実に平和な回想を終え、月夜に言葉を返す。
「うん、それで?」
「それで? じゃないですよ! 主食がないんですよ、主食が! 朝食で主食を抜くなんで馬鹿な真似をこのわたし、月夜が許すと思っているんですか!?」
「許さないだろうな」
「じゃあ今すぐ買いに行ってください!」
「いや、お前が行けよ」
「こんな時間に女の子一人で買い物に行けと?」
「こんな時間って、お前今何時か分かるか」
「朝の八時です」
「別にお前一人で出歩くのが危険な時間でもないだろ」
というか、こんな人が多そうな時間に俺が出歩くということのほうが危険だ。
「お腹が空いて死んでしまいそうなわたしを見捨てるんですね?」
上目遣いで月夜は言った。
「そうは言ってないけどだな」
「じゃあ買いに行ってください」
「伊勢に行って貰えよ」
「彩は朝食の準備で忙しいんです」
「じゃあ自分で行って来い。俺も忙しいんだ」
「酷いですよ」
むくれ顔で月夜がそんなことを言ったが、別に気にもならない。こんなのは月夜とのスキンシップのようなものだからな。
「ご飯できたよ」
伊勢はいつかのように扉から顔だけを覗かせて言った。
「だとさ」
「主食……」
主食についてぶつくさと言っている月夜をなだめながら伊勢の部屋に行くと、そこにはお椀が二つと、ラーメンどんぶりが一つ用意されていた。
面白いのがこのラーメンどんぶり、俺のものではなく月夜のものなのだ。
「彩、流石です。すいとんですか」
なんだかんだと言いつつも、誰よりも早く食事を始めていた月夜が歓喜した様子で声を上げる。
「そうだよ」
「すいとんか」
「何か文句でも?」
「いえ、文句なんて滅相もございません」
「ならよろしい」
月夜に遅れて俺もすいとんに手を付ける。
味はもちろん美味い。なぜか美味い。料理スキルをどこに隠し持っているのかまったく想像もつかないが、料理は金を払えと言われたら何の迷いもなく金を出してしまうほどに美味い。
「料理だけは美味いよな」
「影千代さん、一言余計です。彩は料理以外にも色々な特技があるんです」
「例えばなんだよ」
「影千代さんの物真似は秀逸です」
それを聞きすぐさま伊勢に視線を移すと、耳を真っ赤にして俯いていた。
ええっと、こんな反応をされるとこちらとしては非常に怒り辛くて困るんだが。
「他にもですね」
「月夜ちゃん、そんなことよりも足りる? 足りなかったら言ってね」
「他に」
「月夜ちゃん、それ以上は三日食事抜きになっちゃうよ」
「分かりました。何も言いません。影千代さん、もし彩の特技を知りたかったら覗きに来て下さい。わたしと彩は大抵遊んでいますから、きっと見れることでしょう」
「影千代君は覗きなんてことしないよね?」
伊勢は口角をぎこちなく持ち上げ、まったく笑っていない目で俺を睨んでいた。
「も、もちろんですよ。俺が人の部屋を覗くなんてそんなことするわけが無いじゃないですか。まったく、いやだなぁ」
『ピンポーン』
グッドタイミング、どこの誰か知りませんがありがとうございます!
俺は一生この人に足を向けて眠れなさそうだな。
「久しぶり」
そう言って勝手にこの部屋に入ってきたのは大塚さんだった。
刑務所の所長の、大塚さんだった。
「大塚、さん?」
なんでこの人がここにいる?
いや待てよ、そもそもこの家には誰もたどり着くことが出来ないんじゃなかったのかよ。どうなってるんだ。
俺は驚いていた。
しかし、それ以上に冷静でもあるように感じる。
「今大丈夫かな」
「はい、大丈夫です」
伊勢が答えた。
なんでお前が答えたんだ?
「まずは説明からだね」
そして大塚さんによって現在のこの時間にまでの説明を一通りうけ、なぜここに現れたのかについても簡単な説明を受けた。
俺が大塚さんにされた説明を一言でまとめるとこうだ。
『君たちに仕事を任せたい』
どうやら俺たちは薬といって飲まされていたあれは即効性の高い睡眠薬で、いつ逃げ出しても全力で逃げられるようになっていたらしい。そして万が一に備えて警備も極限まで少なくしていたとのことだ。
そして伊勢、こいつは俺たちを見つけ次第ここにつれてくるように言われていたらしい。この場所には大塚さんと伊勢、そこに俺と月夜を加えた四人以外は基本的に入ってこれないそうだ。
「つまり、全部仕組まれていた、と?」
「悪いけどそうなるね。君たちが脱獄したのも、ここに来たのも」
現在俺と大塚さんの二人だけでの話し合いがなされている。話し合いといっても俺の現在の状況を教えられているだけだが。
「で、そんなことをしたのは仕事を頼むため?」
「その通りだ」
仕事を頼むためにここまでするなんてのはいくらなんでもやりすぎだろ。
「ちなみに仕事っていうのは?」
「ラブ&ピース社長の大八木隆志の暗殺だ。もちろん、報酬も用意してある」
「どんな報酬ですか?」
「まずは君たちに関してこの国が手を下すことは一切しない。そして君の首に掛けられた額と同じだけの金を用意しよう」
随分と報酬が高すぎやしないか?
たかが民間軍の社長を殺すだけで、自由と一億円なんていうのはいくらなんでもおいしすぎる話だ。
「なんでその男を殺すんですか」
「集落を地図上から消したのはやつの会社の新型兵器だ。だから早急にやつとその兵器を消して欲しい」
「それにしたって報酬が随分といいですけど」
「やつはギフト所持者だ。それも君たちとは違い、ギフトをその身に取り込んだタイプの、ギフト所持者だ」
大塚さんは随分とギフトを取り込んだほうが強いみたいな言い方をしているが、俺たちのようなツーマンセルと違って片方がいなくなったら機能が著しく低下するという弱点がないだけである。
まあなんにせよ、報酬の理由は分かった。相手がギフト所持者なら安すぎるくらいだが。
「それと、すでに捜査そのものは打ち切ってあるから、そこまで気を使って外を歩かなくても問題ないから、まあ見つかったら飛び掛ってくるかもしれないけど」
「断るという選択肢は?」
「ないね、もし断ったらここで君を殺すことだって出来るんだ」
確かに、俺なんかを殺すのは容易いだろう。月夜がこの場にいるのならまだしも、現在はいない。
まあ、断る気はないから別に問題はないんだけどね。
「引き受けさせていただきます」
「そうか、ありがとう。必要なものがあったらなんでも言ってくれて構わないよ」
一泊あけて大塚さんはぼそりと呟く。
「子供に頼ってばかりで申し訳ない」
「気にしないでください」
「それと、伊勢彩のかせは外しておくよ」
「はい」
返事をしたものの、なにを言ってるのかさっぱりだった。
というわけで、12話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。
はい、それとですね。昨日の投稿完全に忘れてました。すいません。
明日から今まで通り投稿していきます。




