”聖剣” VIPの単発スレでもらったお題
九月、暑い盛りを過ぎたとはいえ、まだ十分に夏の気配の残る空気を吸い込んで私はハイギングを楽しんでいた。
遅めの夏の休暇を使って久しぶりに実家に戻り、子供のころに父と上った山を一人で歩く。木々のざわめきと沢のせせらぎ、とりあえず嫌なことをすべて忘れて歩いた。
キンッ
トレッキングシューズのつま先が何かを蹴った。硬い金属音、鈍く光る金属のかけら。誰かが捨てたゴミかなにかか?マナー悪いな。
思いながら、私はその金属片を拾ってザックのポケットに放り込んだ。4センチほどの小さな金属片はなんだか妙に重量感があったが、まあ取り敢えず、いまは山を楽しむのが優先だ。
翌週の土曜日、東京に戻った私のもとに、実家から荷物が届いた。重いので送ってくれと実家に置いて来た着換えやザック、トレッキングシューズ、その他、米だの缶詰だの支援物資と、隙間にはトイレットペーパーまでご丁寧に詰め込んである。母ちゃん……。
「いくつになっても子供扱いかよ、ありがてえ、ありがてえっと」
食料品を流し台の下に放り込み、米を米びつに移す。いい天気だし、ベランダにザックを干そうと持ち上げて違和感を感じた。
「ああ、あれか」
ベッドに腰掛けてザックのポケットを開けると、私は金属のかけらを取り出した。大きさの割りに妙に重い気がする名刺ほどの大きさの金属片には見慣れない文字が掘り込まれている。不揃いに割れた両端を見ると、割れる前は長い板のような形だったのだろう。
「まあ、文鎮にはちょうどいいな」
ベッドサイドのテーブルに無造作に置いて、私は着換えやザックの片付けに取り掛かった。
その夜、風邪でもひいたのか背中に悪寒を覚えて私は早めに寝床に入った。体調が悪いとき独特の浅く不快な眠りの中。妙に口が渇き、体が火照る。
「暑い……のどが渇いた……」
小さく呻いて私はベッドサイドのテーブルに手を伸ばした。酒飲みの悪癖で夜中に水が飲みたくなる事が多いのでいつもならそこにペットボトルの水が置いてあるからだ。
「くそ、忘れてた……」
そして今日に限って、そこに水は無かった。変わりに冷たい金属片が手にふれる。
「冷たくて気持ちいいな……」
夢うつつのまま、私は金属片を握り締める。プツリと親指に角が食い込み痛みが走る。
「つっ……」
もういいや……だるい……と投げやりになりながら冷たい金属片を頬に押し当てて眠りについた。冷たく心地いい。
ふと、人の気配で私は目を覚ました。身体を起こそうとしてまったく体が動かないことに気がつく。何度か金縛りにあった経験があるので、うなり声を上げて身体に力を入れる。心霊現象なのか疲れてるだけなのかは知らないが、これで体の感覚が取り戻せるはずだ。
「ふむ、その気力は買うが、まあ動けぬよ」
枕元で少女の声がして気配が近寄ってくる。鍵は閉めたはずだ。熱にうなされてまだ夢の中か?
ふわりと香の香りがして長い髪が頬に触れる。藤色の着物の少女が私の額に濡れた布を載せる。冷たくて気持ちいい。妙に冷たさがリアルだ。
「わらわは”ふつのみたま”今お主が伏せておるのはわらわのせいじゃ、だが主もわるいのじゃぞ、いきなり寝床に引き込むなど、不埒千万じゃ」
良く出来た夢だ……うん、良く出来た夢だ……、思いながら目を閉じた。いくら私が40歳で独身とはいえ、これが現実ならとうとう毒男をこじら
せて正気を失ったと判断するところだ。
次に目を覚ましたとき西日の差し込む部屋に少女の姿は無かった。
少し残念に思う自分に苦笑いを浮かべて私は、寝返りを打った。
冷たい金属が手にふれる。
「え?」
そこにあったのは金属片ではなかった。長さ60センチほど、藤色の下げ緒のついた直刃の長剣が私に寄り添うように転がっている。
《わらわは”ふつのみたま”、タケミカヅチが振るいし剣》
夢の中の少女の声が頭に響く
「え……?っと」
《すこし眠るゆえ、また後で話そうぞ》
「……」
どうやらこじらせたのは毒男じゃなくて中二病だったらしい……。頭を抱えて私は天井を仰いだ。