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魔術

 あまりにもあまりな題名に、軽く現実逃避しかけた俺は、しかしパン一つと棒切れしかないという切羽詰った実情のために逃避すら許されなかった。


 仕方なく、一度は置いたそのふざけた題名の本を拾い上げる。


 その時気がついたのだが、この本、裏表紙側に何かがついているようである。


 気になって裏表紙をみてみると、A4サイズの本の真ん中に、題と同じく金色の糸でには六芒星と円で描かれた魔方陣が描かれており、手のひらより少し小さなそれの上から、皮製のベルトのようなものが取り付けられていた。


 どうやら、手を差し込んで片手で本を支える為の物の様である。


「変な作りだな」


 一応、左手を差し込んでみるが、当然ながら本が開きにくいだけで何も起こらない。


 ふん、と鼻息を吐いて手を抜くと、本を開いた。

 もし武器は装備しないと効果がないよ、とかふざけたことが書いてあれば即閉じるつもりだったが、それ以上に異様な、ある意味題名通りの目次に乾いた笑いしか浮かばなかった。


『 初めての魔術士・冒険の手引き

   1.魔術士にできること、できないこと

   2.魔術を覚えよう

   3.魔術を使ってみよう

   4.魔術が使えなくなったら

   5.魔術士として冒険する為に          』


 なんというメルヘン。いや、ファンタジーな内容。

 こんな本を真面目腐った顔で読んでいる自分は、他人の目にさぞかし滑稽に見えることだろうな。


 背中を嫌な汗が伝うのを感じつつ、俺は現状をそう皮肉った。心の底で、自分の今の現状のほうがよっぽどファンタジーだと思いながら。


 ページを捲る。


『魔術士は魔術を使い、遠くから敵を傷つけることができます。あるいは魔術的な霧や煙で敵を弱らせたり、毒にしたり、呪いを掛けることができます。』


 そう書かれた文章の左に、漫画的な絵で炎のような物を黒い鬼のような物に撃つ杖を持ったローブ姿の人の絵や、同じくローブ姿の人が持つ杖から沸く煙に巻かれて顔に縦線を描かれ、苦しそうな黒い鬼の姿が描かれていた。


 思わず顔を上げて眼前の通路を確認するが、幸いというか当然というか、黒い鬼のような物などいなかった。


 ため息を吐いて、ページを捲る。


『逆に、魔術士は殴り合いに向きません。金属製の武器や鎧などは魔術を阻害するので、それらの装備も推奨できません。』


 淡々とそうかかれたページの隣には、黒い鬼に殴り倒されるローブの人と、同じく黒い鬼に羽交い絞めにされてリンチを受けるローブの人が描かれている。デフォルメされてはいるが、未熟な幼児に向けて描かれたようなその絵が逆に恐怖を煽ってくる。


 無言で、さらにページを捲る。


『魔術は、魔術教本で契約することで覚えます。魔方陣に手を当てて、読める魔術の名前をしっかりと唱えましょう。容量が足りれば、自然と呪文が頭の中に刻み込まれます。まずは左のページの魔術の矢を覚えましょう。』


 そう書かれた文章の下に、本を手に、杖を掲げて何かを叫んでいるローブ姿の人が描かれており、その左に、よくわからない文字の羅列が六行ほど大きな字で書かれている。


 いや、一番上の文字だけはかろうじて読めなくもなかった。


 えらく達筆な字で、そこだけ縦書きで魔術の矢、と書いてあるのだ。


 魔術。普通なら試すのもばかばかしいレベルの話だ。三十越え近いおっさんが大きな声で魔術の矢、等と唱えるなど、いうまでもなく愚考である。


 だが、脳裏に『魔術士は殴り合いに向きません』と書かれた文章と、殴り倒される絵がちらつく。


 だれも、近くにはいないのだ。


 俺は本のベルトに左手を通し、魔方陣に再び手が当たってるのを確認すると杖を右手で握って、深呼吸した。すごく恥ずかしいが……


「魔術の、矢!!」


 と、叫んだ。


 瞬間、脳裏に女とも男ともつかない機械めいた音声が響いた。


『アナタは 魔術の矢 を覚えた。』


 思わず辺りを見回すが、スピーカーらしき物はあたりに存在しない。

 そして、覚えたという割りに何か変わったような気配がない。


 使い方、そうだ使い方だ。俺はページを捲る。


『魔術は覚えられましたか?啓示が下ったら成功です。まずは本をもったまま適当な目標に向けて手を翳し、覚えた魔術を唱えてみましょう。杖の用意があるなら杖を使ってもかまいません。』


 適当な目標、といわれてもなあ。

 と、辺りを見回してため息を吐く。

 左の絵には的のような物に向けて炎のような何かを放つお馴染みのローブの人物が書かれていたが、今、俺の周りには壁と扉くらいしかない。いや、外には的になる物があるったな。


 リュックを背負いなおして、扉を開く。

 相変わらずの藪と雑木林が広がっていた。


 とりあえず、少し下がって目の前の藪に向けて唱えてみよう。


「魔術の矢!!」


 指揮棒のように翳した杖から、電気のような音を立てて青い光が放たれ、音を立て藪が弾け飛ぶ。

 いや、正確には土ごと捲れあがって、テニスボール大の穴が出来上がっていたのだ。


「マジかよ。」


 俺は年甲斐もなくはしゃいで、その辺の藪に向けて魔術を唱えまくった。

 しかし、八回目以降はうんともすんともいわない。杖を地面にほうりだして、座るのも面倒だと立ったまま鼻息も荒く本を捲る。


『魔術が使えなった場合考えられる状況は三つ、魔力切れか、契約切れか、呪いです。魔力は休憩するか専用の魔法薬を飲むかでしか回復できません。何かの呪術で魔術契約が切られたば場合は契約し直すしかありません。呪いは、神殿で神様に祈るか祝福を受けなければ解けません。』


 そう書かれた文章の横には、胡坐をかく人物、フラスコから何かを飲む人物、祭壇に跪く人物、何かを自分に振りかけている人物が描かれている。言うまでもなく皆ローブを着ているのだが、これは紫色で統一された袖長のシャツにズボンの俺に対するあてつけか何かなのだろうか。


 何にせよ座って休めば何度でも使える強い武器が手に入ったのは心強い。

 今さっき起こった現象が物理法則に喧嘩を売っているトンデモだと言うことをひとまず棚に上げて、俺は再び扉を閉めて床に座り直した。


 何となく効果がありそうだったので結跏趺坐っぽい座り方にして目を瞑り、ゆっくりと深呼吸をする。




 そして、四足の何かが猛然と駆け寄ってくる気配に何事かと目を開くと、通路の奥から明らかにお肉食べて育ちました、といわんばかりの大きな犬が牙をむき出しにして駆けてきているのがわかった。


 あわてて立ち上がろうとするが、結跏趺坐なんてしていたので立ち上がる頃にはその犬は俺の首にまっしぐらであった。


 グジュリ、という湿った音と未知の激痛が俺を襲う。魔術を唱えようにも喉がない。


 痛みの余り痙攣する俺を食べる犬の脇で、未だ手につけられたままの本の最後のページが開きっぱなしになっていた。


『魔力は魔術士の生命線です。切らさないように慎重に使い、休憩によって回復を図る場合は安全な場所をしっかりと確保してからにしましょう。』


 もしそれを読めていれば、意地の悪い文章構成にいまや物と化した彼が激怒したことは間違いない。

おお、入り口で死んでしまうとは情けない。

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