第六話
翌日、私と父はラナンクラ公爵領を後にした。
それからどうなったかというと、ヴォルフとは良い文通相手になっている。
手紙ははじめ毎日届いていたのだが、文通と日記は違うということを諭したら週に二回に回数が減った。分厚い手紙は読み応えがあって、私も負けじと色んな事を彼に書き送っている。
ちなみに。
なぜか、ラナンクラ公からも手紙が来る。
内容はほとんど全てヴォルフのことで、最近息子が大人びたとか、君のおかげだとか、嬉しそうに書き連ねてくる。ものすごく可愛いな宰相様。
そんなわけで私の婚約者との顔合わせは、まったく意外なことに無事終了した。刃物も、血も、苦痛も、暴力的な一切が登場しない出会いだった。
とりあえず、一つの嵐を乗り切ったという気分である。
しかし、だ。
果たして、ヤンデレの脅威は去ったのだろうか?
順を追って考えていこう。
まず、ヴォルフのこと。我が婚約者どのは、幸い病んでいなかった。出会い頭の態度にはカチンときたが、今となってはそれも可愛いとすら思える。
ラナンクラ公も人格者で、父子の間にはきちんと肉親の絆がある。それってすごく大切なことだと思うのだ。
とにかく、問題らしい問題は見当たらない。
次に私のこと。いきなり色々なことを思い出して混乱したが、私は私だ。ヴォルフに会ってもそれは変わらなかった。
今の私はゲームのリコリス死亡エンドについての記憶があって、それを全力で回避しようと思っている。ヤンデレになってしまうようなことはないだろう。
あとの問題は、私とヴォルフ以外のゲームキャラクターのことだろう。
例えば今現在他キャラクターたちがどんな生活をしているのか、これを確認できたら良かったのだが。
実は私、ヴォルフ以外の攻略キャラクターについて詳細を覚えていないようなのだ。
なにせ『前世!?』『ヤンデレゲー!?』『婚約!?』と混乱しきりだった私は、とにかく『ヴォルフガング・アイゼンフート』について思い出そうとするばかりで、他キャラについては後まわしと思考から排除していた。
いざ一段落ついてからさて他のキャラクターはと思い出そうとすると、これがものすごく情報量が少ない。
まず、攻略キャラは確かヴォルフガングを含めて四人いた。それは確かだ。
各自イメージカラーがあって、ヴォルフガングの黒以外には赤・黄・白。
ここまではいい。
ではそのキャラクターの顔を思い出そうとすると、とたんに霞の向こうにぼやけてしまうのだ。
かろうじて名前がわかるのが、赤のキャラクター『シェイド』。ヴォルフガングと並んでエンディング数の多い、『双璧』扱いされていたキャラだったと思うが、どんなルートがあったか思い出せない。髪の色は茶色だった気がする。でも、赤がイメージカラーなのだから正確には赤褐色なのかもしれない。
黄のキャラは、明るい金髪。白のキャラはエキゾチックな黒髪美人。……だったと思う。多分。
考察してみるに、多分、私がゲームの内容を思い出すにはきっかけが必要なのではないだろうか。
幼少時から悩んでいた疑問が、ヴォルフガング・アイゼンフートという人物をきっかけに解消された。それと同じように、『前世の記憶』などというけったいなものを思い出すには、何か取っ掛かりを必要とするのかもしれない。
そうすると、残りのキャラクターについては接触していないから思い出せないのだろう。
攻略キャラクターは全員身分は高かったはずなので、なんとか探しだして接触することが出来るのではとはじめは思った。さすがに黄キャラと白キャラについてはどうにもならないが、『シェイド』という名については調べてみようとした。
その結果は――該当者なし。
こちらから調べまわって探さなくとも、一つ確実な手段はある。
時を待てばいい。
ゲームの舞台は王立魔法学校。魔法を使う資質を持った貴族の子弟が集まる、王国の中でも最も歴史の古い学校だ。
約二年後。十二歳になれば、私もヴォルフもそこに通うことになる。そこで一・二年待てば、その場にはゲームヒロイン以外の全てのキャラクターが顔を合わせるはずだ。
ちなみにゲームヒロインは私とヴォルフが六年になった年に特別編入生として学園に現れる。
(まぁねぇ……そもそもゲームキャラが全員この世界にいるって保証もないわけで……。どうなることかと思ったけどわりと大したことなかったなぁ)
そんなことをのんきに考えていた私は、かなり短絡的で、ものすごく間抜けだ。
この時の私は、すでに一番の山場を越えたつもりでいた。
今後への戒めのためにも、私はこの言葉を胸に刻まねばならない。
ヤンデレは 忘れた頃に やってくる