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第二十二話

 学園に平和が戻ってから、初めての休日の昼さがりのことだ。

 私は寮に戻る道すがら、柔らかい木漏れ日がゆらゆらと揺れるのをぼんやりと眺めていた。


 平和が戻ったと言っても、すぐに何もかも元通りというわけにはいかない。アルトの怪我から続いた学園内の騒動を受けて、私が家に戻っていた間にも帰省した生徒は幾人もいたそうだ。そしてそのほとんどは未だ学園に戻っていなかった。家族にしてみても、心配して引き止めるのは当たり前だろう。

 この状況で授業を再開するわけにはいかないので、学園側は明日から臨時休校の措置をとることを決めた。その間おそらく学園長や先生方が、王都や保護者の元を訪ねて説明をして回ることになるのだろう。

 私は家にトンボ返りということになるが、前回と今回では気持ちが全く違う。今回はリリィを家に招くことが決まっているので、帰路はシェイドとリリィ、途中まではヴォルフも一緒だ。休暇の二日目がちょうど私の誕生日なので、内輪で誕生パーティーを開く予定もある。とても楽しい休暇になりそうなので、今からすごくワクワクしているのだ。


 休暇のことを思えばひとりでに弾む心。

 さわやかな風と、やわらかな木漏れ日を肌で感じる。

 訪れた平和を甘受しながら、私はふと『例のゲーム』のことを考えた。


(ゲームの時間軸は、もうほとんど終わっているはずなんだわ)


 結果としてヒロインであるリリィが辿ったのは隠しキャラ――ギフトのルートである。最後にリリィがギフトを選ばなかったことで、トゥルーエンドにはたどり着かなかった。つまり、バッドエンドの扱いになるだろう結末を迎えたのだ。

 バッドエンドといっても、誰も死ななかった時点で私にとってはハッピーこの上ないエンディングである。

 もちろんエンドロールが流れるわけではないから、はっきりとしたことは分からない。この後リリィが誰かと恋に落ちて別のルートが開かれるという可能性も、ないではない。

 しかし、少なくとも私が知っている限りのゲームのイベントはもう起こらないのではないかと思う。私の知る展開で恋に落ちるならば、いくつかのイベントが既に起こっていなければつじつまがあわないのだ。そのことを私は今日確信した。


 リリィが私に『とある報告』をしに来てくれたのは今日の昼のこと。

 私たちは今回のことで開き直って以降、誰はばかることなく一緒に食事をとっている。大体はヴォルフやシェイドも同席するのだが、今日は二人とも朝から忙しそうだった。

 今、男子寮は大掃除という一大イベントの中にあるのだ。

 女子寮では年に一度しか行われない部屋チェックが男子寮では年に四・五回行われるのは、単純に汚部屋騒動がたまに起こるからである。なんでも今回のギフトの『呪い』騒動で汚部屋問題が喧嘩の種になることが重なったとかで、事態が収束した今をチャンスと現在学園にいる生徒だけでも一斉掃除をさせるそうである。部屋が片付かなければ休暇も先延ばしと言われては男子生徒も必死になる。

 ともあれ、私たちは「男ってしかたないわね」などと微笑みあいながら昼食を済ませ、その後リリィが私にこっそり打ち明けてくれたのである。


「リコリス、実は私、治癒魔法以外の魔法を使えそうなんです」

「え? 本当?」

 素晴らしいニュースだと思うが、リリィは少し複雑そうな表情で頷いた。

「私の魔力の高さを怖がっている生徒はまだたくさんいるから、しばらくは伏せておこうと先生にも言われたんですけど……」

 それは賢明な判断だろう。今回の件で犯人が別にいたことは学園側から説明されたが、やはりまだ生徒たちの中にはリリィを恐れる子がいる。こういうことは多分、理屈ではないのだ。時間をかけてゆっくりと理解を求めてゆくしかない。

「でも私、この力は絶対に誰かを――私の大切な人を守るために使います。そうし続けていたらきっと、この力も含めて私のことを認めてくれる人が増えてくれるんじゃないかって思うんです」

 そのあまりにも健気な決意に感動した私は、ひしと彼女を抱きしめた。


 と、この時は感動が先に立って思いつくこともなかったのだが。

 一つの大きな問題、というか。

 リリィは魔法の天才なのである。そんな彼女がめきめき力をつけて攻撃魔法なんか覚えてしまった日には。それだけならともかく、彼女の魔法適性がどれほど広範に及ぶのかは未知数だ。

 言うなれば、ヤンデレが包丁を持ちだしたその時に、ヒロインがもっと火力のある武器を持っていた、みたいな。

 もしくはヤンデレによる、汚い手を使ってでも拉致監禁してやろうというその企みを、ヒロインが簡単に看破してしまったら、みたいな。

 ヒロイン無双が始まりそうだ。


(ヤンデレ系乙女ゲー敗れたり。……でもそれって、ゲーム的に――というかこの世界的にどうなんだろう)


 ギフトについて思い出したのが遅くて非常に驚かされたが、ゲーム時間が終わりそうな今、私は多分ゲームについてほとんどのことを思い出していると思うのだ。

 その上で考える。この世界のこと。ゲームのこと。ゲームとこの世界の関係について。

 いくつものゲームとの共通点から、私はこの世界(イコール)ゲームの世界なのだと思った。だとしたらなぜ、この世界はゲームと違う部分を持っているのだろうか。バグ? だとすると私の存在はバグの塊みたいなもの? ……あまり楽しい想像ではない。


 それとも例えば、ここがゲームそのものではなくてゲームを下敷きに作られた世界だという仮説はどうだろうか。

 しかし『作られた』のだとすると、『創造主』がいることにならないだろうか。その創造主に意志はあるのか。あるとしたら、ゲームの趣旨とずれつつあるこの世界をどう思うのだろうか。


(そうすると私は自分の人生において、創造主が定めていた運命を覆したことになるの?)


 それは随分と大仰で、少し怖い想像だった。

 私はその時その時を、私なりの精一杯で生きてきたつもりだし、後悔はしていないけれど。

 いや、そもそもこれは仮定の話で、確証はどこにもない。想像して悩むだけ損だ。でも……。


 私が尽きぬ物思いに足を踏み入れたその時。

 視界の端を、不審な人影が横切った。

 大きな荷物を大事そうに抱えて歩いているのは、ひょろりとした青年――オリアだ。

 ルイシャンの凛とした立ち姿は近くに見えない。あのエキゾチックな貴人の警護兼お付き役として学園にいるオリアが、一人で歩いているのは珍しかった。布に包まれた荷物を抱えこんで、どこかピリピリと周囲を警戒するような様子である。

 舗装された煉瓦の道を無視して木陰に隠れるように歩いているのも怪しい。今日男子寮で大掃除が行われていると知らなければ、夜逃げでもするのかと思うところだ。

 そうでなくても私は、彼に不信の念を抱いている。理由が理由だけに誰かに相談するという事もできないのが難点だった。

 理由というのが、『なぜか彼がゲームに影も形も存在していないから』という、他人からすればわけの分からないものなのだ。


 その事実を除けば、オリアは好意に値する人物である。自分よりも身分は高く年が下の人間達の中にあって、少々気の弱い所が見えるも卑屈ではない。なによりルイシャンの護衛という任にあたる態度は真面目だ。

 ひょろしとした体つきといい、控えめな物腰といいあまり頼りになる年上の男性という感じではないけれど、温和な所がいいと女生徒からも一定の人気を集めている。

 実際彼は、鳶色の長めの前髪がどうにも陰気な印象を与えるのがもったいないくらい優しげな顔立ちをしている。

 私は気を取り直し、つとめて友好的な笑みを浮かべて彼に声をかけた。

「こんにちは、オリア」

「ヒィッ!」

 しかし声をかけただけでまるで首でも絞められたかのような声を上げられたとあれば、私の微笑みも引きつろうというものだ。

「リ、リコリス寮長! す、すみません。驚いてしまって……」

 オリアは慌てた様子で謝罪すると、それでは、と言ってそそくさと立ち去ろうとする。ご丁寧に抱えた荷物をぎゅっと抱き直して、それを私の視界から遠ざけるように体をひねる。


「……待って」


 引き止めたのは当然のことだと思う。

 オリアは死刑宣告でも受けたような青ざめた表情で立ち止まり、あげく言った。

「私はなにも……怪しいものなんて……」

 完全にアウトな発言だ。ここまで不審な行動をされて、疑念を抱かない人間などいるのだろうか。

「その荷物は、何? あなたの荷物? それともルイシャンの?」

 ルイシャンの名を出した時に、オリアの肩がビクリと揺れた。この人は私よりも一回りほど年上のはずだが、こんなに分かりやすくて世間をわたっていけるのか。

 さて、と私は腕を組んだ。

 男子寮の寮長であるヴォルフならばともかく、私にはルイシャンの荷物を検分する権限はない。しかし見過ごすのはどうもひっかかる。よって私はゆさぶりをかけてみることにした。


「荷物、重そうね。よろしければ運ぶのを手伝うわ」

「めめめ滅相もない! これは私一人で運ぶようにと言いつかっておりますから!」

「あら。そう言われてしまうとなんだか中身が気になるわ」

「えええええええええ!?」

 オリアの反応は一々大きい。

「中身は何かしら?」

「そそそそれは、申し上げられません! た、ただのゴミです!」

「でも、男子寮にも捨てる場所はあるでしょう? わざわざ自分で捨てに行かなかればならないものなのね」

 オリアが目指していた先には、学園内のゴミが集められる集積所がある。生徒がわざわざそこまでゴミを捨てに行くのは、粗大ごみか、もしくは出処を知られたくないゴミが出た時である。

「それは、その……大きなゴミですから」

「そうかしら?」

 私はジロジロと『ゴミ』を包んだ真っ黒の布を見つめる。

 布にはデコボコと不自然なでっぱりがあった。ある程度硬く、不規則な形のものを包んでいることが分かる。布が何重にも重ねられていて、いかにも中の物がなにか悟られたくない様子である。

「形からして、本の類でないことは確かね……」

「探ろうとしないでくださぁい」

 オリアはあまりにも情けない声で言うと、あたふたと自分の上着を脱いで私に背を向けてしゃがみこんだ。芝生の上にべたりと自分の上着を広げ、それで荷物を包みはじめる。

 それがあまりに必死な様子なので、私もなんだか自分が弱い者いじめをしているようないたたまれない気分になった。

 私が視線を外そうとしたちょうどその時。

 オリアの腰のあたりから、ポロリと何か物が落ちた。

 ほとんど反射的に拾い上げたそれは、黒皮の手帳のようだった。

 大きさは現代日本で言う新書サイズほど。しかし厚さはこれで剣先でも遮るつもりなのかと思うほどに厚い。中の紙にはしっかりと書き込みがされているようで、紙の一枚一枚が少しずつよれてなおのこと厚みが感じられた。

 使い込まれて、しかし大事に使われている様子である。

「オリア、これ落とし……」

「うわあぁぁあああぁああぁ」

 動揺そのままのドップラー効果のような悲鳴を上げたオリアは、それまで一応保っていた折り目正しさすら捨て去って私の手からその手帳を奪おうとした。

 私はそれを反射的に避ける。別に返すつもりがないわけではない。驚いたし、私はわりと運動神経は良い方なのである。

 少しは落ち着いてちょうだいと言おうとした私の前で、オリアが地面に膝をついた。

「え?」

「すみませんすみませんすみませんすみません……」

 本人にそのつもりはないのだろうが、私の足元にすがりつくように身体を丸めたその姿はまさしく『土下座』のようである。

「こ、怖いからやめて」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「な、何を謝っているの?」

「悪気はなかったんです! 出来心で……」

 会話にならない。

「オ、オリア、大事な荷物を放り出してしまっているじゃない」

 ルイシャンの荷物は、オリアの上着につつまれて芝生の上に放置されている。だから立ち上がって、という半ば懇願のような私の言葉に、オリアは斜め上の返答をした。

「こ、これをお渡ししますからどうか! そちらは中を読まずに返してくださいお願いします」

 オリアは自分の上着をばっさと例の荷物から剥ぎ取ると、黒い布の塊を私に向けて捧げ持つようにして懇願してきた。


(なんという変わり身の速さ……)


 つまり主の秘密(?)を犠牲にしても、自分の秘密(?)を知られたくないということだろうか。

 私は呆れたが、とりあえず荷物の中身は気になる。手帳と交換でその荷を受け取ると、固結びにされた布の結び目をほどいた。

 まるで暗幕のように厚く大きな布を、慎重に開いていく。

 そこからポロッと顔を出した白い塊を目にした瞬間、私は喉の奥で引きつるような音を発した。


「……ッ!!」


 まるで明るい日差しが私の周りだけ遠のいたような。

 真冬の凍れる息吹が私の背中にだけ吹きかけられたような。

 そんな心地がした一瞬だった。


 布の中から現れたもの。

 それは白くて華奢な、子供のものとしか思われない『腕』だったのだ。



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