第四話
メンバーが揃ったので、私たちは連れ立って集会の行われる講堂へ向かった。
私達が扉から入っていくと、ざわついていた生徒たちが急に静かになる。四方八方から注視の視線を感じるのはけっこう負担だが、慣れた。
余談だが。
こういう時に『すごく馬鹿なおふざけをする自分』を想像してしまうこの心理状態は一体何なのだろうか。例えば突然奇声をあげたらどうなるだろうとか、わざとらしくすっ転んでみたらどうなるだろうとか。
別に社会的に死にたいわけでも、全校生徒から白い目で見られたいとかいう願望があるわけでもないのだが。
あ、もちろん実行したことは一度もない。
そもそもヴォルフに手を取られて歩いているので、転んだ所でさっと抱えられるだけという気もする。
魔法学園は学問の前に男女は平等であると謳っているが、同時に貴族の子女がマナーを学ぶ場である。だからこういう時は当たり前とばかりに女性はエスコートされる。
ちなみにダンスの授業は男女合同だ。
恥ずかしいかというと、けっこう慣れるものである。
私としてはむしろ、『場』に関わらず普段から私の半歩後ろを歩きたがるヴォルフの習性の方が照れるし恥ずかしい。
良妻? ヴォルフは良妻なの?
いや、彼の過保護の一環なのはわかっているのだけれども!
そんな馬鹿なことを考えているうちに私たちは壇上に着いた。
集会は順調に進んだ。
先にヴォルフが『王立魔法学園生徒としての心得』についてほとんど話をしてくれたので、私は同学年の生徒に向けては「残り一年の学園生活を、悔いのないよう大切にすごしましょう」と、下級生に向けては「学園生活を享受できる時間はあっという間です。やるべきことを見極め日々切磋琢磨いたしましょう」といった当たり障りのない挨拶をした。
そして最後に顔をあげた時、私の目は第五学年生の列後方に吸い寄せられた。
そこに、彼女がいた。
『リリィ』だ。
あいさつが終わった後で良かったと思う。
彼女がこの学園にいるのだと頭では分かっているのに、姿を見るたび動揺してしまう。私は何気ない顔をして壇上の席に戻ったが、心は彼女から離れなかった。
ゲームヒロインが学園に現れ、ゲームが始まった。
それはある意味では悲劇の始まりだ。例えるなら、推理小説で探偵が所定の場所に現れるのと同じ事。
ゲームのキャラクターたちは、彼女に恋をすることで病んでしまう。
もちろん素質があるというか、精神的に不安定な部分を抱えているのが理由だろう。でも恋に落ちるからこそ、嫉妬や、独占欲、不安といった負の感情が膨らんで破裂するのだ。言い換えれば、ヒロインが好きすぎておかしくなってしまうということだ。
しかし同時に、彼女の存在は救いでもある。
ゲームの中には、分岐が存在する。つまり良い選択肢を選ぶことで、物語はハッピーエンドへたどり着く。これは彼らの心の闇をヒロインが払う素晴らしい展開だ。周りの人間も死なない。ヒロインも死なない。ヒーローも死なない三つ揃えのハッピーエンド。
状況を見極める必要がある。少なくとも、異常なほどバラエティ豊かなバッドエンドの罠だけは回避しなければならない。誰も死なせるわけにはいかない。
やるべきことを見極める。悔いのないように。奇しくも先ほど私が口にした言葉だ。
どうなるかはヒロインの選択次第。とはいえ、私だって何もせずに手をこまねいてはいられない。
彼女はどんな未来を目指すのだろう。誰に恋をするのだろう。
その相手がヴォルフだったら?
私はどうするのだろう。戦うのだろうか。戦っていいのだろうか?
それは幸せへの道と言えるのか。
正直なところ、私はその可能性をこそ一番恐れているのかもしれない。