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第二話

 寮以外の場所で、かつ女生徒向けの授業を受けている時以外なら、私とヴォルフは一緒にいることが多い。

 シェイドは男女問わず他の人と話をしているところをよく見かけるが(相手の男女比率1:9)、私達を見かけるといつの間にか寄ってくる。

 今日は『仕事』のために、あと三人がここに集まる予定である。


 仕事というのは、寮の役職による職務のことだ。男子寮女子寮共に最高学年である六年から寮監督長略して寮長一人ずつ、五年から寮監督生二人ずつが選ばれる。更にその下、準監督生の数には明確な規定はない。寮長と寮監督生が合議の上、必要と判断した人数指名が可能だ。慣例としてだいたい十数人くらいがその職に就く。


 まあつまるところ、何かと問題を起こしやすい思春期の子供が集まる寮内で、生徒たちを縦割りに自治管理させようという学校側の目論見だ。

 実際、寮長と言っても普段からなにか仕事が課せられるわけではない。せいぜいたまに先生方の使いっ走りと、折りにふれ行事で「この栄えある王立魔法学校の生徒として恥ずかしくない行動をとるように」というお説教をさせられるくらいのものだ。

 どちらかといえば寮長の手伝いをする寮監督生のほうが忙しい。というのも、私も昨年はその任を務めたから分かるのである。

 今日は数少ない寮長の仕事――始業の集会において例のお説教をさせられる日で、ヴォルフと私は壇上に登る予定である。


「シェイドは何かやることはないの?」

 シェイドもまた、今年度寮監督生に就任している。

「もう一人の監督生が真面目ですから」

「だからって仕事を彼一人に押し付けたの?」

「俺と二人でやるより効率がいいですよ。あの方(・・・)と俺が連携なんてとれるはずないでしょう」

 私はヴォルフにちらりと視線をやるが、彼はシェイドの言い様に口をだす気はないらしい。ヴォルフはけっこう下に対して放任主義なところがある。男の上下関係が女のそれとは違うということなのかもしれないけれど。

 シェイドともう一人の寮監督生は、実のところ格別に馬が合わないのである。それほど表に出さないことではあるが、仲良く会話している所は見たことがない。

 そんな二人を一緒の職につけるなと言いたいが、寮監督生の選出は学校側によってなされる。選択にあたって家柄の比重が大きいのはご愛嬌というところだ。

「昨日まで俺が中心になって走り回っていたんですから、今日ぐらいあっちに任せきりでもいいんですよ」

 どうやら男子寮監督生二人は協力してではなく、分担制で仕事をすることに決めているらしい。


 新入学生の入寮は一週間前から始まり、昨日で一応終了している。この一週間はそれこそ様々な問題を押し付けられて目が回るほど忙しかったが、今日から授業開始で少しは負担が減るはずだ。始業してしまえば新入生たちも明確に担当教師の庇護下におかれることになり、寮長や寮監督生は対応を先生方に押し付け――お任せすることが出来るわけである。


 軽やかな足音が聞こえてきた。多少はしたないとしても今は許してあげてほしい。彼女たちは忙しいのだ。

 女子寮の監督生二人。つまり私の下で使いっ走りをさせられている二人が、慌ただしく駆け寄ってきた。

「お姉さま、生徒たちの点呼確認が終わりました!」

「新入生の方も見てきましたが、今のところ体調不良を訴えている子はいません。ヴォルフガング様やお姉さまがお話する間は絶対に静かにするようにと言いつけてきました!」


 誤解する事なかれ。


 私がお姉さまと呼ばれるのは、別にマリア様が見ていらっしゃるからではない。女子寮の寮長をそう呼ぶ慣例があるからである。

 もちろん強制ではないし、この呼び方が恥ずかしいという子は普通にリコリス先輩と呼んでくる。しかしまた、ノリのいい子も多いのである。

 寮監督生の間も後輩の一般生徒にはお姉さまと呼ばれるので、私は昨年のうちにこの羞恥プレイには慣れてしまった。今では引きつっていない笑みで挨拶を返すことが出来る。


「(学園長先生のお話も静かに聞いてあげて欲しいけど)ありがとう。この一週間本当に忙しかったけれど、この式が終われば一段落ね。ご苦労様。とてもよくやってくれていたわ」

 二人は可愛らしいはにかみ笑いで嬉しそうに頷き、私はなんとなくそれをシェイドの視線から隠すように身体を動かした。

 この二人のうちどちらかが来季の寮長になるわけだが、私は今のところどちらに任せても問題なしと考えている。二人とも非常に真面目で、労を厭わない子たちである。

 しかしこの子たち、普段はあまり私の側に寄ってきてくれない。

 今も私に報告を終えたのでもういいわとばかり、少し離れた位置に落ち着いて二人で楽しげに話を始めてしまった。


 言いたくないのだが。

 私、この学園でわりとぼっちなのである。

 いじめられているというわけではない。話しかけて無視されるわけではないし、授業で何かグループを作るときも、私も入れてくれる?と聞いて断られたことはない。

 しかし、普段から常に一緒にいてくれるという友達がいないのだ。

 これは私に大いなる原因がある。


 五年前。この学園に入学した私は、ソレイナ・ブルグマンシアという女生徒に出会った。ブルグマンシアは五公家の一つであり、彼女は当時の寮監督生だった。

 私もかねてから相手の名を知っていたが、彼女の方もそうだったらしい。

 彼女から直接声をかけてもらった私は、それはもう舞い上がった。豊かなピンクブロンドと柔らかい色合いの茶色の瞳、おっとりとした彼女はそれはもう一挙手一投足が上品で、私にはお姫様のように見えた。

 彼女は私の初めて出会う姉のような存在で、しかし付き合ってみるとぼんやりしたところがあって、なんというか、とても放っておけない人だったのである。

 そうして彼女に目をかけてもらって、寮生活にはかなりスムーズに適応していった。特に学期始めは魔法の授業よりも、学年縦割りの作法の授業(後輩は先輩のやり方を見て学ぶ。先輩は後輩の視線を意識し、時に指導する)が多いこともあり、彼女と共にいる時間は多かった。

 男女合同で学年別の授業である魔法学・座学ではヴォルフと合流するのがお決まりだった。

 そうしてしばらくの時間が経って、私は遅まきながら周囲を見渡す余裕ができて、気がついたのである。


 仲良しグループ、もう出来上がってる!!


 私は波に乗り遅れてしまったのだ。

 それだけならまだ、すでに出来上がっているグループに入れてもらうという選択肢があった。私はソレイナ先輩ことお姉さまに事情を話し、しばらくは同年の子たちに溶け込む努力をするので悪しからずと彼女べったりの生活を改めた。

 なのだが。

 彼女、過保護だったのである。彼女は裏で手を回し、私と同学年の女子全てに対して『リコリスちゃんを昼食に誘いなさい』『授業のグループに誘いなさい』と指示を出していたのだ。

 これは流石に私も気がつく。だって、昼食の誘いがローテーションなのだから。

 気がついた時には穴を掘って埋まりたいと願ったものだ。今考えても、正直いじめが発生しなかっただけで御の字という感じである。

 その後はまあ、私の精神を痛めつける上に多方面に迷惑のかかる持ち回りはなしにしてもらい、少しずつマトモな交流をはかったが成果はいまいち。ゲームの中のリコリスも友達らしい友達はいなかったように思うので、これはもうめぐり合わせというべきかもしれない。

 私は反省とけじめの意味でソレイナ先輩のことは『先輩』で通し、でも彼女からお誘いがあれば参上するという形で二年を過ごした。


 ソレイナ先輩は寮長を務めた後に卒業していき、私も学年が上がるにつれ準監督生や寮監督生をつとめることになった。そうすると仕事の関係で同学年の子と話す機会も増え、段々と距離も縮まったように思う。のだが、それも気のおけない関係とはとても言えないあたりで止まってしまったのだ。私自身、手のかかる特定の後輩がいるせいで慌ただしい日々を過ごしている。


 ちなみにヴォルフの方が、私よりまだしも友人らしき相手がいる。なんだかちょっと取り巻きっぽいというか、たまに「それって上司と部下の会話じゃない?」と言いたくなる会話をしているのだが、お互いに軽口も叩ける相手のようだ。うらやましい。

 私達三人の中では、シェイドが格段に社交的だ。基本的に女の子とばかり話しているように見えるが、男の子と馬鹿な話をしている姿も見かける。いや、話の内容が聞こえたわけではないのだけど、馬鹿っぽい雰囲気があるというか。女生徒が近づくとさっとやめてしまう類の話をしているのは確かである。



 ところでそんなソレイナ先輩は、学園卒業間際にとんだ爆弾を残していった。

 それは時限式の爆弾で、その少し後に爆発して私を大いにビビらせた。

 彼女は学園を去り際言ったのである。


『来年から弟がここに入学してくるの。年の離れた末弟で、家族皆で溺愛してしまったから少しわがままな性格で……心配だわ。リコリスちゃん、どうか弟のことを気にかけてやってね』



 そうして翌年度の入学式。

 来たのである。黄色が。



 いや、失礼。来たのはアルタード・ブルグマンシア。

『例のゲーム』の攻略キャラクターの一人、イメージカラー黄色の無邪気バカ系ヤンデレだ。

 彼には『馬鹿』よりも『バカ』がふさわしいと私は思っている。



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